23・魔法の条件


 「喪に服す」という言葉があろうがながろうが、春に王都の魔法学園に入学するため、今よりも強くなろうと決心したルスト、ビスティ、ロイエの三人は、村から離れた野原でノワールから稽古を受けていた。


「てぇやぁああああぁっ!」


「はぁああぁッ!」


「いっけぇーっ!」


 ルストは手のひらから火の玉を放ち、ビスティは指先から水の波動を起こし、ルストは握った土を硬くする魔法で、目の前の黒猫へと投擲する。


「ほっ――と」


 ルストが放った火の玉を風の魔法で相殺し、


「よっ」


 ビスティが放った水の波動は前足で掻き消し、


「よいしょっと」


 ロイエが投擲した石礫は尻尾で打ち返すと、石礫はピュンと音を立ててロイエの頬をかすめた。


「ほらほら、どんどん魔法を使って攻撃してごらん」


 カカカと挑発をするノワールに、


「くっそぉおおおっ!」


 と、ルストが怒りに任せたかたちで魔力を込めていく。


 直径でいえば硬式野球ボールと同じくらいの火の玉がつくりだされていくと、


「くらえぇええっ!」


 ノワールに向かって放出した。


 ――が、「よいしょっと」と、ノワールは火の玉を前足の爪でその言葉どおり『割った』。


「そんなのありかぁよぉ? おっ? おとととっ?」


 自分が放った渾身の一撃を、ものの見事に割ってみせたノワールにツッコミを入れようとしたルストは、その場でぐらんぐらんと頭をふるいながらしりもちをついた。


「だ、だいじょうぶ?」


 駆け寄るビスティとロイエがルストを看る。


「あぁっと、なんかすごい頭がくらってきて」


 頭を抱えながら立ち上がろうとするルストに、


「あぁ、まだムリしないほうがいいよ。多分魔力切れだから」


 ノワールはゆっくりとルストに歩み寄り、左目の白眼金睛をかがやかせた。


 ひかりの膜がルストの全身を包み込む。


「はい。とりあえず動けるくらいまでにはしたけど、今日は魔法を使わないほうがいいかな」


「――ちくしょう……、っていうか今の反則じゃね?」


 と、ルストは口をとがらせた。


「ノワール、今のってどうやったの?」


「あぁ、水の精霊の粒子を刃状にしたものを爪先にまとわせて、それで切り裂いただけ」


 ビスティからの質問に、ノワールは前足を伸ばして説明する。


「そ、そんなことできるの?」


「できるもなにも、さっきルストが火をボール状にして投げてきたでしょ? やろうと思えば誰でもできるよ」


 理屈ならばそうなのだろうが、それが瞬時にできるかどうかは結局力量である。


「まぁこういうのは想像力も必要になるからね」


「想像力――」


 ルストたちがうーんとうなるが、


「といっても、ボクが教えてることは魔法学園だと絶対教えない。というか教える気すらないことだけどね」


 と嘆息を吐いた。


「……どういうこと?」


 いぶかしげな視線を向けるルストたちに、


「学校で魔法を教えるとしても、優秀すぎて自分たちの手に負えないような危険因子をおきたいとは思わないだろ?」


 と、ノワールはちいさく笑った。


「たしかに……」


「あれ? それじゃぁぼくたちってノワールに教えてもらってるけど」


 ロイエが首をかしげる。


「うん、そもそもキミたちの歳で魔法が意図的に出せてる事自体優秀だからね。大半の子供はまず自分の属性すら知らないし、知ったとしてもそれしか練習しなくなる」


 ノワールはビスティに視線を向け、


「手のひらに水を出してごらん」


「えっ?」


 ビスティは言われるがまま手のひらに魔力を集中させると、その手のひらの上に水たまりができあがった。


「それじゃぁ、今度はそれを壊さないように浮かばせてごらん」


「……っと?」


 ビスティが魔力をこめるが、水がたまるだけで浮かぶ気配がない。


「できないよ?」


 駄々をこねたような声で愚痴を言うビスティに、ノワールはすがめるような視線で、


「それは水が落ちるものって先入観を持っているからだよ」


「えっと、水は落ちるんじゃないの?」


「じゃぁ、火の玉が浮かんでいるのは?」


「それは火の玉が浮かんでいるものって――あっ!」


 ロイエは足元にあった雑草の中から二枚につながった葉っぱをちぎり取るや、それを手のひらにのせた。


「ふぅ……」


 一呼吸すると手のひらに魔力を集中させる。


 手のひらの葉っぱはゆっくりと浮かび上がっていく。


 それこそパタパタとはばたく小鳥のように。


「すげぇ……」


 それを呆然と見すえるルストとビスティは視線をノワールに向けた。


「ロイエ、今のはどんなことを考えてやってみた?」


「えっと、葉っぱが羽根みたいだなと思って、それが鳥みたいに飛んだら面白いかなって」


「ちょ、ちょっとやってみる」


 ロイエの説明を聞くや、ビスティはてのひらに水たまりを作り、それが浮かびあがるイメージで魔力をこめていく。


 手のひらの水たまりはゆっくりと浮かび上がっていく。


「できたぁっ!」


 よろこぶビスティに、「それじゃぁそれが渦を巻いているようにしてごらん」


 ノワールからのさらなる注文を聞くや、ビスティはギョッとした。


「でも、それって風の魔法の――」


「さっきロイエがやったことって、ほとんど風の魔法の範囲内だよ?」


「――えっ? あっ!」


 ビスティは、いや子供たちは根本的な勘違いをしていたのである。


 自分たちがその属性の魔法が得意なだけで、他の魔法が使えないわけではないのだ。


「渦を巻くイメージ。渦を巻くイメージ」


 目を瞑り、頭のなかで水が宙で渦を巻いていることを想像したビスティは、それが形つくったのと同時に手のひらの水たまりはゆっくりとではあるがすこし浮いた状態で渦を巻き始めた。


「できたぁっ!」


「うん。ビスティは水の魔法が得意だから、風の魔法を重ねればより強力な『水の波動アクアウェーブ』が使えるようになる」


「それじゃぁぼくが得意な土の魔法と風の魔法を合わせれば」


「相手の視界をさえぎる『砂の幕デザートベール』を広範囲にひろげられるようになるし、風の魔法の威力を石礫にのせることもできる」


 ロイエはゆっくりと手を前に差し出し、目の前にカーテンがたなびいているイメージを浮かべる。


 足元の砂がゆっくりと浮かび上がり、ちいさな幕を作り上げいく――が、


「ふふぇぇ?」


 ペタンとその場に座り込んでしまった。


 それと同時にできていた砂の幕は元の砂に戻り地面へとかえった。


「はい。ロイエも魔力切れしたみたいだね」


 ノワールはロイエに動ける程度の魔力を注ぐ。


「うーん、せっかくできてたのになぁ」


 くやしそうに愚痴をこぼすロイエ。


「こっちもだめ」


 ペタンと座り込むビスティ。もちろん彼女にも動ける程度の魔力を注いであげるノワールなのである。


「なぁノワール? これって他の魔法でもできるのか?」


「できるかできないとかじゃなくて、できてしまうから魔法なんだよ」


 ノワールは、ルストからの質問を一言で片付けた。


「そもそも精霊同士相性が悪いなんてことはないんだよ」


 言うや、ノワールはふぅと一度息を吐いてから、


「まずは水の魔法を出してっと」


 目の前に大きな水の玉を浮かばせていく。


「で、これに火の精霊の粒子を混ぜてみる」


「でも、そうすると火の魔法が消えるんじゃ?」


 ビスティがおどろいた声で口を開いたが、水玉は消えるどころかぐつぐつと沸騰し、湯気を立てていく。


「なんかお風呂みたい――じゃなくて、水の魔法でつくった水の玉の温度を、火の精霊の粒子で上げているってこと?」


「正解。それじゃぁその逆は?」


「えっと、逆だから火の魔法に水の精霊の粒子を混ぜるんだよね?」


「普通なら火に水をかけると火が消えるけど――」


 うーんと考えこむルストたちに、「それじゃぁ、火を水で消した時になにがでてくる?」と、助言を出すノワール。


「えっ? そりゃぁ水蒸気――」


「もしかして組み合わせれば煙幕も作れるってこと?」


 ビスティの答えに、ルストとロイエも得心する。


「たしかに水蒸気って前が見えなくなるから」


「敵を撹乱したり、当たれば熱いからたまったもんじゃないな」


 ルストたちはワイワイと魔法でできることを想像していく。


「そういえば、ユタはこれも最初からできてたってこと?」


 そうきかれ、ノワールはすこしばかり考えてから、


「いや、姫の場合は多分ほとんど無意識じゃないかな?」


「む、無意識って?」


 聞いておいて逆におどろくルストたち。


「いやだって、そもそも姫は普段から体力つくりで魔の森で朝稽古してたし、魔力がないけど魔法が使えるのはキミたちも知ってるよね?」


「そ、それはそうだけど」


 どこか納得のいっていないルストだったが、


「でもその魔法を使うにはその属性の精霊粒子がないとダメなんだよな?」


「へ? それじゃぁキミたちは水中で風の精霊の粒子もなしに息ができるのかい?」


「あ、なんとなくだけど、ユタがどうして魔法を使えるのか理解できた」


 肩を落とすルストたちであった。


 要は意識して魔法を使っているのではなく、相手に攻撃を与えるのなら風や火の精霊の粒子を使っており、防御する時は土の精霊の粒子で守備力を高める。


 自分がすることに対して魔法を使うのだから、それは無意識に息をしているようなもの。


「まぁ、多分だけど無意識にってことは無詠唱以上に厄介だけどね」


 ノワールは心ならずも冷や汗をかく。


 そもそも風と水の精霊を複合して――『氷の精霊フラウ』を呼びだすとは思わなかったのだ。


(そりゃぁ水に冷たい風を当てれば氷ができるのは理にかなってるけどさ)


 属性の違う魔法を混ぜて使うことはユタたちの年齢ではできるはずもないのに、それを迷いなく思いついた瞬間にやってのけたのだから、本当にユタという少女に飽きが来ないと、ノワールはほくそ笑んだ。

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