20・蜂蜜を採りに行こう・9
「きゅきゅい」
ヒグマがゆっくりと立ち上がれないでいるユタに寄りそう。
「すっかりなついちゃってるね」
「あ、あんまり動くと傷がひろがるからね」
ユタはちらりとノクスたちを見る。
「父上、彼らにはどのような刑罰を?」
「そうだな。娘をこんな目にあわせた時点で死刑にしたいんだがな」
「旦那さま、冒険者の
ヤーユーに耳打ちされ、ククルは思い出したように、
「あぁ、そっちもあったな」
と、かしわ手を打った。
「オイッ! なんでそんなことするんだよ?」
「そうよっ! 私たちは魔物の素材を集めていただけよ」
抗議するノクスたちだったが、
「ここで密猟をしていた時点でアウトなんだけどなぁ」
ノワールは、やはりノクスたちは阿呆なのだなと肩を落とした。
「言っている意味がわからねぇよクソネコッ!」
「そうよ。たかだか田舎領地の森でしょ? そんなところで狩りをしてなにが悪いってのよ?」
ノワールは、ぎゃぁぎゃぁと喚き散らすノクスたちをすがめるように、
「――いや、だってここ……王からの特命がないかぎり領内で暮らしている人間以外は入ることを許されていない特別領域だからね」
――と、口にした。
「「――えっ?」」
ノクスとルビナの呆然とした声が重なる。
「つまり――キミたちはこの森に入った時点でワンアウト。
許可なく勝手に魔物を狩り、その素材を売りさばいて、ツーアウト。
自分たちの
そこを管理する領主の娘や友人を苦しめたことでフォーアウト。
戦闘していた魔物をそのままにしたことでファイブアウト。
親の
ノワールが淡々と、ノクスたちがしでかしたことを口にしていく。
「これ、場合によっては個人どころか一族を巻き込んだ大犯罪なんだけど?」
愕然と泡をふくように口をひらき、顔面蒼白しているノクスとルビナをケラケラとあざけるように見つめるノワール。
(うわぁ……、たった二人で裏表終わっちゃったよ)
ユタはちいさく心のなかでつぶやいた。
「でも、馬車はオレたちが乗るとして、あいつらは?」
ルストは、戦意どころか、動くことすらままならなくなっているノクスたちを指さしたずねる。
「もしかして、ここでほったらかすとか?」
「それでも構わんがな、さすがに生きている以上は事情聴取もしないといけないから、王都の警備兵に突き出さんといけんのだ」
ククルは懐からひとつの宝石を取り出した。
ちいさな指輪のようなもので、石はどす黒い光をはなっている。
「――なんかすごくイヤな色」
と子供たちは顔をゆがませた。
「その認識で間違いありませんよ。あれは――地獄への片道切符のようなものですから」
ヤーユーにそう説明されたユタは、それが手錠のようなものだと察するや、
「まぁ、自業自得だしね」
と嘆息をついた。
「では、犯罪者ノクスとルビナを王都にある
ククルが宝石をノクスたちにむける。
カッと宝石がひかり、それこそブラックホールのごとく、ノクスとルビナを吸い込みはじめた。
「お、おい? やめろ、やめろおおおっ!」
「や、やめなさいよっ! 私はこのバカにだまされていただけなのよ?」
必死の形相で近くの木にしがみついたり、逃げようとするノクスたちだったが、
「ぐぅおおおおおおおおおおおおおっ!」
ヒグマが立ち上がり、ふたりを
「「ぎゃああああ――あっ?」」
それにおどろいて木から手をはなしたノクスとルビナは、無様にもブラックホールに吸い込まれていった。
「――では帰ろうか」
それこそまるでなにこともなかったようにククルは踵を返す。
「ノ、ノワール……あれってなんなの?」
ユタはククルを見やりながら、ノワールにたずねた。
その瞳は畏怖の念を浮かばせている。
「あれは王族や警備兵隊長、辺境伯とか特別な人しか持っていない、犯罪者を王都の地下牢に強制送還する神具だよ」
「『悪いことをしたら闇に吸い込まれる』と、子供を戒めとして昔から使われていますからな」
カラカラとわらう初老の執事に、ユタは苦笑を浮かべながら――、
「あぁ、だからイヤな感じがしたのか」
と、納得するや、心のなかでひざを打った。
「そういえば、フラワービーの件はどうするの?」
思い出したようにロイエが皆にたずねる。
「おそらくそれも彼らが大元の原因だろうね。冷静になった
「それじゃぁ、ワタシたちに襲いかかっていたヒグマも」
「空腹で食べるものを探しているうちに人が住んでいる圏内に迷い込んでしまった――」
「それじゃぁ、わたしがしたことって」
「あぁ、そこは迷いこんだヒグマが悪いのだから、姫が気にすることじゃないよ」
「きゅきゅい」
ヒグマはちいさく声をあげる。
「彼女もアレが悪いのだから気にするなだって」
「彼女……って、もしかしてメス?」
ユタはノワールとヒグマを交互に見わたす。
「あと、なんか知ってる人――じゃないや、魔物っぽい?」
そうきかれ、ノワールはヒグマを見すえる。ヒグマはこくりとうなずいてみせた。
「といっても家族とか
それを聞いて、ユタはホッと胸を撫で下ろす。
もしこのヒグマにとって大事な魔物だったらと思うと、すこしゾッとしていたからだ。
「それじゃぁ、フラワービーが戻ってこなかったのって――」
「この森に住んでいる魔物たちにとっては摂取するものが減るのは死活問題だからね。だから村の養蜂場から蜜を採りに来ていたフラワービーを捕まえていた」
ユタはちらりとヒグマを一瞥する。
そのヒグマは、それこそ申し訳ないと言わんばかりに頭に手をおいてうつむいている。
「……反省しているみたいだし、原因を知っている以上、彼女たちを責めることはできませんよね?」
ユタはククルを見すえる。
「そうだな。むしろ彼らも苦しめられた被害者だからな」
「そうそう。こっちはこっちでヒグマの肉を食べちゃってるから文句なんて云えないし」
「この子たちも自分たちが人に食べられることをわかっているけど、だからって人を襲うのって」
「あぁ、そういうのは人からちょっかい出された時か、空腹の時かくらいだね。基本的にグマというのはおとなしい性格だし」
それをきいて、ユタやルストたちはそれこそ鳩が豆鉄砲を食ったような表情。
「それじゃぁ、あの時のヒグマは本当に空腹だったのかよ?」
「なんか、後になって本当に悪いことをしたなって思えてきた」
ユタはその時のヒグマの首を貫いた右手を見やる。
「あの子も生きるのに必死だったんだな」
「きゅきゅきゅ~っ」
「空腹状態で気持ちが苛ついていて、しかも人を襲っているのだから、姫がしたことは間違っていないって」
ユタをはげますようなヒグマの言葉を代弁していたノワールは、
「あと、姫に名前つけて欲しいって」
とついでの感覚で口に出した。
「――へっ?」
突然のことで、ユタは素っ頓狂な声をあげる。
「助けてくれたお礼と、原因となったノクスたちを懲らしめてくれたことに対する感謝……それと泣いてくれたことに対する詫びにだってさ」
ユタはそれを聞いて、ククルを見据えた。
「私は反対するつもりはないし、魔物自らがお前に服従する意志をみせているからな」
「きゅい」
「さぁ、はやくッ! ハリーハリーッ!」
「ノワール、それ本当にこの子が云ってる?」
急き立てる仔猫に、ユタはあきれたように言い返した。
しばらく考えてから、
「それじゃぁ、『ウルス』って名前はどうかな?」
と口するや、ユタとヒグマの間合いに、ちいさなひかりがほとばしった。
「えっ? なにこれ……?」
「魔物が名を気に入ったら、それは契約の証明だ」
そのひかりは細長い棒状のものとなって、ヒグマの首もとに巻き付く。
「なんか首輪みたい」
ひかりの首輪はスッとヒグマ――ウルスに溶け込んでいく。
「これでウルスは姫の下僕となった」
それに応えるかたちで、ウルスはちいさく吠えた。
「えっと主人に対するデメリットとかは?」
こういうのもやはり魔法を使うのと同じで、代償があるのだろう。そう思い、ユタは問いかけた。
「命令する時に魔力が持っていかれる」
「……って、わたしほとんどダメじゃないの?」
ユタは魔力がないため、一瞬で契約が破綻するのは目にみえている。
「魔力を持っていかれるのは強制的に従魔の契約をしているからだよ」
ノワールはウルスの頭に跳びのった。
ユタは「アッ」と制止しようとしたが、当のウルスは然程気にしていない様子。
「彼女の場合は自分の意志で姫に服従しているし、なにより魔物は人を見ただけで魔力がわかるんだから」
「えっと、つまりどういうこと?」
理解できていないルストたちは、ウルスをいぶかしげな目で見る。
「姫が自分たちよりも強いって本能で理解してるんだよ。強いものに服従するのは自然界だとあたりまえのことだしね」
困惑しているユタに、ウルスは顔を埋める。五歳児ほどの身長しかないユタに対して、2メートルにも達しようとしているウルスの体躯。
それはもはやのしかかっているようなもので、
「ちょ? ちょま……重た――」
ちいさく悲鳴をあげながら倒れこむユタに、ウルスはさらに抱きつく。
「まぁ、ウルスはまだ子熊のようだからな、甘えたくなるのもしかたがない」
カカカとわらうククルに、
「「「あの
ルストたちはおどろきを禁じえず、ククルにたずねた。
「成獣したヒグマはメスでも4メートルを超えることもあるからな。見たところ、彼女はまだ一歳くらいだな」
「あれでオレたちよりちいさいのかよ……」
「人に換算すると十五歳ですがね」
「――おもいっきり年上だったっ!」
ククルやルストたちの会話を、ウルスの毛皮に埋もれた状態で聞いていたユタは、
「それはわかったけど、だれか……助けて――」
そうこいねがった。
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