16・蜂蜜を採りに行こう・5
小太りの小鬼――ホブを先頭に、ユタたちはフラワービーたちが蜜を集めているクローバーの群生地へと進んでいた。
「ホブさんに案内されてると心強いね」
ビスティが覗きこむようにホブを見上げる。
「おで、そんなに強くない」
照れくさそうに笑うホブに、
「力だけならこの中でホブが一番強いよ」
ひょいと、ホブの頭の上に乗ったノワールが言う。
「あで? でもユタさま強い?」
ユタは、ちらりと自分を見るホブを一瞥しながら、
「なんで疑問形なの?」
と、いぶかしげな目でツッコミを入れた。
「だってユタさまが一緒にいるとまわり涼しくなるし、なんか危険教えてくれてる」
「どういうこと?」
「……あぁ、たぶん姫がシルフの力が使えるようになって、まわりに精霊の粒子が集まりやすくなったからだね」
「ってことは、オレたちにも?」
ルストが、ノワールにたずねる。
「精霊っていうのは常に周囲にいるから魔法が使えるんだけどね」
「水辺だったらウンディーネ。暖炉とかキッチンとかだとサラマンダーの粒子が集まりやすい――ってこと?」
ロイエは、すこしばかり考えてからたずねる。
「今はその認識で大丈夫だよ」
「ユタさまの近くにいるシルフの粒子、他のに比べて大きい」
「――見えるの?」
「見えるものもなにも、小鬼は妖精の一種だから精霊の粒子が見えるのは当たり前なんだけどね」
ノワールは、ホブの頭から地面に飛び降りる。
そして索敵するようにまわりを見わたした。
「――どうしたの?」
「妙なんだよね」
「なにが?」
ルストたちもまわりを見わたすが、道は一本道で両脇には木々が連なっている。
「普段なら、そろそろいっかくウサギの一匹くらい出てきてもいいんだけど」
ノワールはちらりとビスティを見上げる。
「出てきて――ない」
ビスティは不安げな表情をうかべながら、木々の間を覗き見た。
「姫、耳に風を当てる感じすましてごらん」
いわれ、ユタは耳に神経を集中させ――「きゅい」
ウサギのような鳴き声が聞こえ、ユタは視線を、
「みんなァッ! うしろに避けてッ!」
ユタが悲鳴をあげる。
「――えっ?」
その声におどろいたルストたちが、ユタを見た瞬間、なにかが落ちてきた。
ユタたちの中心に落ちたのは、ピクピクと動く頭のない死体。
「な、なんでこんなのが?」
目の前に突然動物の死体が落ちてきたことで、ルストは慄き、
「きゃぁああああああああっ!」
ビスティは悲鳴をあげるや、その場で尻餅をついた。
「待ってッ! いくらなんでもこんなこと」
ロイエはまわりを見わたす。自分たちがいる場所は一本道であり、開けた場所はまだ先だ。
「ホブさん、そのウサギの首のところどうなってる?」
ユタに言われ、ホブはゆっくりとウサギと思わしき赤黒く血に染まった死体に手をかけようとした時だった。
「待ったッ! それに触れないほうがいいよ」
「どうして?」
「どう考えても近くになにかいるのは確定だ。だけど魔物っていうのは食事のために狩る獲物を自分の手が届かなくなる場所までいたぶり殺すかな?」
「のら猫がネズミを見つけたら捕まえて食べたりするけど……」
「そうか、それを考えたら」
「姫、ほかになにか音は聞こえない?」
ユタは神経を聴覚に集中させる。
『おい、へんなところに飛ばすなよ。せっかくウサギの毛皮とか肉が手に入ると思ったのによぉ』
風に乗って運ばれてきた声は、聞き覚えのない人間の声だった。
感じからして二十代くらいの若い男性の音。
『るっさいわね。そろそろココらへんに出るっていうクマの毛皮を獲らないと明日の飯もままならないわよ』
もうひとつはヒステリックに叫ぶ女性の声。
(――クマの毛皮?)
ユタは視線をノワールに向けた。
「どうやら先客がいたようだ」
「先客?」
ビスティがピクッと肩を震わせる。
「あぁ。二通り考えられるけど」
「わたしたちが住んでいる村以外の町村での
ユタがルストたちを見すえるように人差し指を出した。
「もうひとつは――?」
「この森の動物を無断で狩っている身の程知らずがいる」
ノワールの言葉に、ルストたちは緊張した面影で喉を鳴らした。
「でも、ワタシたちだってこの森に出る魔獣のお肉を食べてるよ」
「それはきちんと王都から許可をもらっているし、自然の生態バランスを壊さないためでもある――ルスト、出荷量がすくない素材を使用したアイテムの市場バランスがどうなるか覚えてる?」
「っと、たしか高くなる」
「でも――あっ、それって動物にも同じことが言える?」
ユタがノワールを見すえる。
「姫には前に話してるけど、動物っていうのはおなかがいっぱいになったらそれ以上は食べないし、場合によっては一日一食で満足するのもいるんだ」
「それじゃぁ、ぼくたちのお父さんたちが狩るのはそれ以上の、生態全体のバランスを維持させるため?」
ロイエの答えに、ノワールはうなずいてみせた。
「
「おで、わるいことしてない」
ノワールの言葉に傷つき、しょんぼりとするホブに、
「君たちホブゴブリンはもともと人の手伝いをするのが好きでちょっとイタズラがすぎるだけの小鬼だろ? 冒険者だってそこはわきまえてると思うよ」
さすがに今ので傷つくかなぁと、ノワールは苦笑する。
「ってことは、父さんたちはそのあふれたやつを狩っているってことか」
ルストはうむと納得する。
「魔物から得られる栄養も云わば自然からの恵みだからね。魔物たちはそれに従ってるだけだし、人間はそのおこぼれをもらっているにすぎないんだよ」
ノワールは、冒険者を目指しているユタたちに言い聞かせるように話す。
それは精霊の力を以って魔法を使うことを意味し、精霊は自然そのものの生態バランスを維持している存在だからである。
「でも、今わかっているのは――それを犯している人たちがこの森の中にいる」
「しかも話を聞くかぎり、今回がはじめてってわけでもなさそうだね」
それを聞くや、
「それじゃぁワタシたちを襲ってきたヒグマも――?」
「まだ確信があるわけじゃないけど、本来ならこの森の草木の実だけでも一日をこせるし、他の魔物を捕って食べる前におなかが満足してたら襲わないで巣穴に戻るんだよ」
「それじゃぁその原因も――」
「彼らが……ってところかな?」
ノワールは空をあおぐや鼻をひくつかせた。
「なにか……」
「さっきの二人がこっちに近付いている」
ノワールは視線を道の先に向けた。
「でも、オデたちの向かうところ、あっちの方」
ホブは、ルストたちを見すえる。
「でも、原因がわかったかもしれないし、このまま戻ってククルさまに報せるってのも手だよな」
ルストがユタたちに意見を求める。
「一人で決めないのは及第点かな」
「――その心は?」
ユタがけげんな視線をノワールに向けた時だった。
「判断が遅い――」
ノワールの、白眼銀睛の瞳が光るや、ユタたちとホブはその風に圧されるかたちで路端の木に優しくぶつけられた。
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