15・蜂蜜を採りに行こう・4
領地内の村のはずれに農園地帯があり、その近くには休憩所として設けられた東屋がある。
「ビクじぃ」
ルストたちは、その東屋の中にあるベンチでお茶をたしなんでいる、白いボロシャツに黒のオーバーオールを着た背丈の低い白髪の老人に声をかけた。
「ふぉっふぉふぉふぉ……これはガイストの倅じゃないか? っと、ビスティとロイエ――お嬢ちゃんもいるようじゃの」
ビクじぃ――と子供たちから呼ばれている老人は、ゆっくりとユタたちを見すえる。
「ビクじぃに聞きたいんだけどさ、最近ハチミツが採れないって」
「たしかにお前さんの言う通り、ハチミツを採りに行った数匹が戻ってこないことが多くなってきたな」
ユタはちらりと野菜畑を見る。
「さすがに人が居るところで採らせはせんよ」
ビクじぃはカカカと笑う。
「そんなに笑わなくても」
「いくら風の精霊の加護があると云ってもな、触らぬ神に祟りなしというじゃろ?」
「それでさ、領主さまからの下名で、オレたちでその原因を調べることになったんだけど」
ビクじぃは目を見開き、
「ほう、さすが魔力がある子供たちじゃな」
とユタ以外の子供たちを、それこそ品定めするように見すえた。
「親方ぁ、作業終わりやしたぁっ!」
声が聞こえ、ユタはそちらを見やる。
そこには黄緑色の頭巾をかぶり、鍬や鎌を持った上半身裸の
「ユタさま、珍しいイモがあったんですが、わかりますかね?」
一匹の、こぢんまりとした小鬼が、背負った籠の中からラグビーボールのような形をした赤褐色の野菜を取り出した。
それを見て、ユタは目を見開く。
「――なんでサツマイモが採れるの?」
いくらなんでも種芋がなければ作れないし、なによりある事自体聞いたことがない。
「ビクじぃ……、なにかしたのかい?」
そのイモが、ユタのいた世界のものではないかと察したノワールは、ちらりとビクじぃを見すえる。
老人は「ふぉふぉふぉ」と笑うように長い白ひげを撫でるだけ。
「で、この野菜は食べられるので?」
「蒸したり、焼いたり、揚げたり、ホロホロとしてて甜いんだよ」
ユタは想像しただけでも口の中で分泌される唾をのみこむ。
なにせサツマイモはユタの故郷である沖縄――琉球国が今の日本ならば最初の伝来場所だからだ。栽培される種類は紅イモが多く、サツマイモとは多少なりとも違いはあるが、甘みが少なくあっさりとしているのが特徴。
「ユタ、すごい顔が緩んでる」
ビスティが注意をうながすが、甘いモノが好きなユタにとって、サツマイモは野菜というカテゴリーの中でも一二を争うほどに好きな類に入る。
「ゴブくん、そのおイモ、どれくらい採れた?」
「あっと、見ますかい?」
ゴブくん……と呼ばれたサツマイモを見せた小鬼は、ユタの興奮についていけず、おずおずと籠の中が見えるように地面においた。
籠の中は、それこそサツマイモの海と云っていいほどに満たされていた。
「リッキーくん、父上に新しいイモ小屋作ってほしいってわたしがお願いしているって伝えてきて」
リッキーくんと呼ばれた背丈の高い(といっても160もないが)小鬼はキョトンとした顔でユタを見る。
「姫、興奮してるところ悪いんだけど、みんなドン引きしてるよ」
「――えっ?」
ユタはハッとした様子で皆を見わたした。
「そんなに美味しいのかよ?」
「美味しいんだろうね。普段はおとなしいユタが興奮してるんだし」
ルストとロイエは肩をすくめ、ビスティはどうしたものかと困惑した様子。
「あっと……、ビクじぃ」
「なんじゃ、食いしん坊」
優しい眼差しで自分を見る老人に助けを乞おうとしたが、取り付く島がない。
「ハチミツなんだけどさ、フラワービーが戻ってこないってことはなにがあったと思うのが普通じゃない?」
いたたまれない気持ちになりながらも、ユタは本来聞くべきことをたずねた。
「うむ、たしかにそうじゃな」
「それっていつ頃から?」
訊かれ、ビクじぃはすこし考えてから、
「おおよそひと月前……あぁいや、正確には一月半くらいじゃったかな」
「えっ……」
ユタはノワールを見すえる。ハチミツが採れなくなっている原因のひとつに心当たりがあったからだ。
「姫、もしかして――」
「か、勘違いなんてことはないの?」
苦笑いを浮かべ、ノワールに肯定してほしいと願う。
が、そんなユタの願いは一蹴するように、
「あのヒグマが出て来たのもたしかそれくらいの時だったよね?」
ノワールは嘆息をついた。
「まさか、あのヒグマが?」
喫驚するように、ビスティは青ざめた表情を見せる。
「でも、そのヒグマってノワールやヤーユーさんが倒したって」
「オレたちは直接見てないからあの後なにがあったのかは知らないけど」
「たしかにあの時のヒグマは倒して、今日のホットサンドの材料になったけど……一匹だけとは限らない」
「しかし、この周囲の魔物は他のところと比べれば比較的おとなしいのが多いんじゃがな」
ビクじぃは、うむとノワールを見すえた。
「誰かがなにかした――」
「その調査も先月やってるけど、結果は生態に影響はなかった」
ユタは猫と老人の会話を聞きながら、
「まぁ、フラワービーがどうして戻ってこないのかその原因もわかるんじゃない?」
「姫、もしかしたら思った以上に危険な――」
「冒険者になるって決めた以上、危険なのは百も承知だよ」
ノワールはユタやルスト、ビスティ、ロイエを見る。
四人の子供たちは、すこし厚めの服装で、腰にナイフを携え、バッグには回復薬と毒消し薬が入っている。すくなくとも遊びに行く格好ではなかった。
「それに領主から調べるようにって下命もあるんだし、しっかりとした
ロイエはユタたちを見すえる。自分たちで用意し、自分たちで決める。
「ノワールは本当に危険だって思った時だけ」
「まぁ君たちのしたいようにすればいいよ。冒険者は本来そういうものだかね」
「ありがとう」
ユタはノワールの首元を撫でた。
「それじゃぁ、フラワービーが蜜を採りに行っている花がある場所だけど」
「たぶん、森の中にあるクローバーが群生しているところだと思う」
三匹の小鬼の中で、一番目立つ小太りの小鬼――ホブがそう説明した。
「クローバー……かぁ」
ユタはハチミツの種類でポピュラーなレンゲやアカシアのハチミツを想像していたが、クローバーのハチミツははじめてだ。
「そこなら父さんと一緒に森の中に入った時に見てるから」
いきこむルストに対して、
「道順は知ってる?」
「あっ……」
ノワールの言葉に、ルストは口を開くや固まってしまった。
大人の手に引かれて歩くのと、自分で歩くのとでは見える景色は違う。
「ホブくん、道案内お願いできないかな?」
「オデで良かったら喜んで」
「はぁぁ? ホブだけズルくね? オレだってユタさまたちの案内してぇよ」
喜ぶ小太りの小鬼にたいして、チビ子鬼が文句をたれる。
「それならオラだって」
「リッキーくんはさっき言ったことを領主さまに言いに行かないといけないよね?」
ユタがちいさく笑みを浮かべる。
「そ、そりゃぁそうですがね」
「ただ言いに行くだけなのに、そんなことも出来ないの?」
「で、出来ますよ。これはユタさまからお願いされたことですからね」
フンスと、息巻くリッキーは
「よし、一人脱落」
シャーッ! とガッツポーズを取るゴブに、
「あぁ、ゴブくんはサツマイモに虫食いがないか調べてくれない? いくら美味しく実ってても食べられてたら意味ないよね?」
中身を見ないことには判別しにくいが、ユタの故郷である沖縄で収穫されるサツマイモは、アリモドキゾウムシというイモの中を食い荒らす害虫が寄生している場合があり、沖縄以外では発見されていないため、原則生での持ち出しは法律で禁止されている。
そのため、沖縄で生産された紅芋を含めたサツマイモは、焼き芋、紅芋タルトなどの加工品か、各家庭で消費されることがほとんどだ。
が、そんなことは知らないゴブは、幼女に泣き崩れながら、
「そんな殺生な、オレだってユタ様の護衛したい」
と、懇願した。
「いや、普通考えてただでさえ弱いコブリンなんだから、ここは一番強いホブくんに案内してもらったほうがいいでしょ?」
「あぁ、たしかにホブのほうが頼りになるわ」
「ワタシも……一緒にならホブさんのほうがいいかな?」
「いつも重たい肥料袋持って運んでたりするしね」
ルストたちからも容赦なくホブを褒める言葉に、
「いいっすよ。オレはちまちまイモに虫食いがないか調べる仕事をするっすよ」
すっかりいじけるゴブなのだった。
「ま、まぁ美味しいサツマイモのお菓子を食べさせてあげるから」
さすがになにもないのはかわいそうだと、ユタはそう提案する。
「マジッスか? いつッス? ユタさまたちが戻ってきてからッスか?」
「――あっと、サツマイモを寝かせないといけないから」
サツマイモを寝かせ、日光によって水分を飛ばすことで中のデンプンが糖にかわり、サツマイモの甘みが増す。
「それはいったい、どれくらいかかるッスか?」
「――あっと、イモの出来具合にもよるけど、たぶん速くて二週間、遅くて二ヶ月くらい……かなぁ」
さすがにこの世界ではじめて見るサツマイモであるため、コレばかりは実際調べてみないとわからないが、
「……マジッスか?」
あまりにも長い待ち時間を想像しておらず、ゴブは青天を食らったかのように仰向けになって倒れた。
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