14・蜂蜜を採りに行こう・3


 食事をひと通り終え、ナプキンで口を拭いながら、


「そういえば、料理長のアシュクが言っておったがな――ユタ、お前なにか作ってほしいものでも頼んでおったのか?」


 ククルに訊かれ、ユタはけげんな顔でそちらを見る。


「えっと……?」


「なんでも鶏卵と砂糖、小麦粉を混ぜてまるめたものを油で揚げた菓子を食べてみたいと言っていたそうだが」


「あぁ、サーターアンダギー」


「それは美味しいのかい?」


 ひょいと、ユタの肩に乗るノワールが、興味津々にたずねる。


「外はカリカリで中はしっとりしている揚げ菓子。ひとつ食べたらご飯が要らないってくらい腹持ちがいい」


 サーターアンダギーは沖縄の郷土菓子で、作り方も材料を混ぜてまるめたものを油であげるため、油に気をつけてれば子供でも作れる簡単な料理だ。


 しかも日持ちが良いため(物によっては製造から一ヶ月間という場合もある)、一度で大量に作ることが多く、祝いの料理としてももちいられる。味も家庭ごとに調合が異なるため、一つとして同じものがない。


「でも砂糖を使うからあまりわがままは言えないかなって」


「その砂糖なんだが、どうも今年は製糖に必要なサトウキビがままならぬようでな値段が高騰するかもしれんのだ」


「あっと、もしかして税金とか高くなります?」


「いや、王都から離れている以上、自給自足が前提の領地だからな」


 ククルは食後の紅茶をたしなみながら、ルストを見すえた。


「皆が苦しんでいるというのに領主だけ知らぬふりはできまい」


「でもお砂糖ってサトウキビで作られてますよね?」


「そのサトウキビを栽培している南のアグニ地方では、火の精霊――サラマンダーが生まれるとされる不可侵領域セイクリッドの熱帯地方で異常が発生しているようでな、サトウキビの成長がいちじるしくないようだ」


 それを聞いて、ユタは自分が住んでいた沖縄のことを思い出す。


 言わずもがな、沖縄は砂糖の原料となるサトウキビの生産量は高く、沖縄の温暖な気候はサトウキビの栽培に適している。


 その次に気候が適した鹿児島でもサトウキビの栽培をされており、実を言うと日本の製糖会社における必要なサトウキビは100%は国内生産でまかなえている。


 とはいえ、例年発生する台風の通過回数によっては不作の時もあるのが現状だ。


 南の辺境領地で作られている良質なサトウキビも例外ではなく、気温によっては不作もありえた。


「従って、そこの領主から今年の、製糖に必要となるサトウキビの提供が例年の三分の一になるかもしれないと報告があった」


「……それってかなり減っているよね? もしかして他のやつも生産数が減ったとかってないかな?」


「いや、南の領地からすれば砂糖を王都に献上することで、国に収めている税金を免除されているからな」


 それを聞いて、


「もしかして、ここでもそういうことをしているんですか?」


「この領地は回復薬を製造するのに必要な薬草の品質が良いからな。そちらを献上して税を免除してもらっている」


「まぁ、そもそも風の精霊を守護しているラファエルが治療を司っているからね」


 ノワールはおやつとして与えられた白魚の煮干しをたしなみながら、


「その魔素がもっとも濃い魔の森の近くにあるこの領地なら、そこら辺の野原に生えている薬草一束でも上級ポーションが作れるくらい良質だよ」


「とはいえ、あまり多くは献上できんがな」


「どういうこと――ですか?」


 ロイエが首をかしげる。


「税を免除してもらうために王都と交わした契約が、それぞれの領地で採れる特産品における献上が六公四民だからだよ」


 ノワールの説明に、子供たちは目を点にする。


「たとえばリンゴが十個採れたとして、国に献上する数は六個。自分たちの手元には残りの四個って言えばわかるかな?」


「それって場合によってはヤバイんじゃないの?」


 ユタは生前の、歴史の授業でかじった程度ではあったが、作物の上納が五公五民だったとしても余剰分も取られるのが現状であるため、場合によっては暮らしが苦しくなる。


「あぁ姫、そこはさすがにラファエルたちも空気くらいは読むよ」


「えっと……」


「この領地で採れた薬草の生産量が多かったらどうなると思う」


「回復薬の生産量が増える」


 ロイエが挙手し答える。


「うーん、ハズレ」


「作れる量が増えるわけだから――回復薬の値段が安くなる?」


 次にルストが挙手し答える。


「それは上納する薬草の生産量にもよるかな。例年より多く採れても値段は変えないようにしているけど、逆に少ないと高騰するのは砂糖も一緒だから」


「……戦争をさせないため?」


 ビスティが言うと、ルストとロイエは「えっ……」と言葉を失う。


 いくら平和な時代で生きていたユタとて、アメリカの軍施設が近くにある町で暮らしていたこともあり、また魔獣による命のやりとりも経験しているためか、ありえなくもないが人間同士の戦争もなきにあらずで、緊張した表情で息を呑み込んだ。


「ビスティの言うとおりだよ。回復魔法なんて魔力が高くないと使えない方法だからね。通常は回復薬を服用している」


「つまり、回復薬の購買によってはそれを考えている人もいるってこと?」


「冒険者は危険だと判断すれば逃げていいし、相手が魔物でも生態調査として回復薬が受給されることもあるけど、それ以外で回復薬が必要になるのは――」


 ノワールは言葉を止めた。


「話を戻してよいか?」


「さすがに子供たちには刺激が強かったかな」


 自分に視線を向けていたククルの静かな訴えに、触らぬ神に祟りなしと、テーブルの上からユタの膝に降りるや、からだをまるめた。


「それじゃぁユタが言っているそのサタダギーっていうお菓子は食べられないってことか?」


 ユタはルストに名前が違うと言おうと思ったが、


「砂糖の代わりになるものがあればいいんじゃないの?」


「でも砂糖の代わりなんてそんなの……」


 ビスティの言葉に、ロイエが否定するように視線を落とす。


「姫、どうなんだい?」


「父上、たしか村のはずれに養蜂場にと作った場所がありましたよね?」


「うむ、たしかにあるが」


「そこのハチミツを使えないでしょうか?」


 聞いて、ククルは、けげんな目をユタに向けた。


「でもお母さんが言っていたけどあまり量がないって」


 ビスティの母親は、その養蜂場の手伝いを任されている。


「それに食べるとあぶないって」


「危ないものを作らないでしょ?」


「どういうことだよ?」


「ハチミツを使って作るやり方もあるってこと」


 聞いて子供たちは一斉にククルを見すえた。


「――よろしいですよね?」


 精一杯の甘えた声でユタはたずねる。


「いや、それは反対ではないのだがな」


「なにか問題でも?」


「どうも花の蜜を採りに行ったフラワービーが、巣箱に戻ってくることが少なくなってきたという報告があってな。今調査をしているところだ」


「それくらいならいいんじゃないかな?」


 ノワールはククルを見すえる。


「何事も経験だからね。報酬は――姫が言っていたそのお菓子ってことでどうだい?」


「それはつまり娘たちにフラワービーがどうして戻らなくなっているのかを調べさせる……ということか」


 ご明察と、ノワールはからからと笑う。


「しかし、子供たちはまだ魔法が使えるようになったばかりだぞ?」


「フラワービーがどうして戻らなくなったのかの原因を調べるためだし、極力魔物との戦闘は避けるつもりだよ」


「でも子供だけでは危険なんじゃぁ?」


「あれぇ? ルストはみんなを守るために魔法を覚えているんじゃないの?」


 まるで引っ込んでいろといわんばかりのノワールの言葉に、


「んだとぉっ? そんなに言うんだったらやってやろうじゃないか?」


 立ち上がり、赫々とした顔で勢いよく言った。


「オイッ! さすがに子供たちを危険な目に遭わせることは領主として――」


「ククル、道中はボクもついていくからさ。この前みたいな失態はしないし、なにより鉄は熱いうちに打てっていうよ」


「し、しかしだな――」


「それにフラワービーはこっちから手を出さなければ怖くないからね」


「そのフラワービーの生体を知っているから余計に心配しておるのだ」


 はぁ……と、頭をかかえる領主を尻目に、


「それで、どうやって行く? 先に養蜂所のビクじぃのところでフラワービーのことを聞いておく必要があるな」


「出かけるときは動きやすい格好で、刺されても大丈夫なように毒薬は必要かな?」


「フラワービーに毒があるという話は聞いたことないけど、刺された時のためにも用意しておこう」


「戻ってこない原因は父上に報告して、ご褒美にお菓子が作れる量でハチミツをもらう」


「「「異議なし」」」


 子供たちはハチミツが採れなくなった原因を調査するための計画を立てていた。


「あれで止めたら、ユタが口を利いてくれなくなるかもよ」


 クスクスと笑う仔猫に、ククルはなおのこと憂鬱そうに頭を抱えた。


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