13・蜂蜜を採りに行こう・2


 座学を終えると、そのまま屋敷内での昼食となった。


 今日のメニューは、先日、ユタを襲ったヒグマのヒレ肉をソースにしみこませたものを焼き、それをパンではさみ、衣をまとわせて焼き揚げたホットサンド。


 副菜は村で採れた新鮮な野菜のサラダ、一汁は玉ねぎと馬鈴薯ジャガイモのポタージュである。


「いただきます」


 子供たちはそれをナイフとフォークを使って気品よく……ということもなく、ホットサンドを持つと、そのちいさな口を大きくひろげてかじりついた。


「うんみゃい」


 かじった途端、カリカリに揚がったパンの膜を破り、中のウスターソースがしみこんだヒレ肉の、淡白ながらもさっぱりとした舌触り。


 野菜のサラダにはケチャップとマヨネーズに含めてウスターソースを混ぜたオーロラソースが掛けられており、野菜のシャキシャキ感、オーロラソースの酸味と甘味がきれいに混ざっており、冷製ポタージュものどこしが良く飲みやすい。


「こんな美味しいパンの料理食べたことない」


「一枚……いや、もう一枚」


 興奮するルストたちの食欲を見て、


「おかわりもありますよ」


「「「ください」」」


 ルストたちは一斉に給仕をしていたユイに視線とお皿を差し出した。


「はい。ただいまご用意いたしますね」


 そんなルストたちに、ユタとはまた違う歳相応の子供らしさに笑みをこぼすや、ユイは頭を下げ、カートのトレイに大皿で盛られたホットサンドを、それぞれのお皿に盛っていく。


「美味しく食べるのはいいがな、食べすぎるでないぞ」


 珍しく昼食を共にしているククルが注意をうながす。


「そういうククルはもう四枚目じゃないか」


「こんな美味しい料理を前にそんなことが言えるか」


 と、ノワールの嫌味を気にもとめず、ホットサンドにかじりついた。


 もともと子供たちの昼食に用意されていたもので、サイズも7.5センチ角とさほど大きくはない。


 大人であるククルにとっては、四枚で一枚半といったところ。


「肉なんて焼いて食べるだけと思っていたが、ユタが生まれてからは味の革命が起こりすぎて、王都の料理が不味く感じる時がある」


 それを聞いて、ノワールはユタを一瞥する。


「そういえば、姫はなにか作ってほしい料理とかってあるの?」


 ノワールは、ユタが別の世界の人間であることは知っているため、この世界の料理に口が合わず、食べず嫌いがあるのではと思ったのだ。


 とはいえ、普段から文句を言わないのでその心配はないのだろう。


「今でも充分美味しいけど?」


 今のところ屋敷で食べる料理に不満はない。――のだが、


「父上、それほどまで王都での食事はお粗末なのでしょうか?」


 とたずねた。食べたことがないので味の想像でしかできないが、さすがにそれはないだろう。


 ユタの舌はほとんどが義兄であるシンジが作ったものなのだが、あの毒親のもとで育てられたせいもあってか、シンジの料理の腕は人が満足して食べられるレベルのものである。


「この前呼ばれたさいに会食した時なんてな、ぱっさぱさに冷めた硬いステーキを出されたり、品質の悪い野菜をドロドロになるまで煮詰めて作ったスープとか出されてなぁ」


 聞いて、ドン引きするユタやルストたちは、


「そんなに?」


 と耳を疑った。


 実際、ヴィクトリア朝時代の貴族ですら、料理はさほど重宝されておらず、ほとんどの屋敷では地下に調理場が設けられている。


 その場で作った料理だというのに、冷えないようにするという工夫がされておらず、階段を隔てた一階の食堂に運ばれていたため、ほとんどが冷えた状態での提供であったとされる。


「一個人として言わしてもらうとだな? まず食事のバランスがおかしいんだよ。肉しか食べないの野菜食べないんだよあいつら。副菜なんて一切口にしないし、なんなら作ったやつを捨てたりするんだぞ? そりゃぁ料理人コックの腕とかあるだろうけど、さすがにバランスが悪いんだよ。貴族なら質素とか言ってんじゃねぇよ。こちとら冒険者をしていた時は魔獣の肉を捕って卸問屋で買い取ってもらったりして生計立ててたり、自分たちで調理するくらいのスキル持ってんのによ?」


 貴族に対して鬱憤が溜まっていたのか、ククルは忙しなく文句を垂れる。


 そもそもククルは冒険者として生計を立てており、その都度、王様に気に入られ、冒険者家業を引退した後は、王様から辺境伯という爵位任命を承り現在にいたる。


「それに比べてうちの領地はどうよ? 自分たちで作った野菜を食べ、男衆が捕まえた魔物の肉を食べ、ましてや料理はこんなに温かく美味しいものが食べられる。こんなに幸せなことはないじゃないか」


 この田舎屋敷カントリーハウスも地下に調理場を設けているが、料理が冷えないようにと、


「クローシュ」という丸い鉄のフタをかぶせて熱気が逃げないようにし、二階の食堂まで運ばれているため、冷めた料理は提供されていない。


 ユタは興奮するククルを見ながら、


「それが普通じゃないの?」


 と、ノワールに問いかけた。


「むしろ姫がいた世界が異常なんだよ」


 あきれたような口調でノワールは苦言を呈する。


 もちろん料理にこだわる人間ならば味の改革はあったかもしれないが、食うか食われるかの世界であるため、先立つモノがなければ自分でどうにかしないといけない。


 それをするにも料理を覚えるよりも焼いて煮るという単純作業は楽であり、調理が疎かになってしまう。


 温かくて美味しい料理を食べることが当たり前だったユタにとって、生まれてはじめて食べた離乳食が、ドロドロに溶けるまで煮込んだ豆だったため、あまりの不味さに吐いてしまったほどだ。


「姫が言葉の意思疎通ができるようになってから、まず最初にやったのが料理の改善だったしね。そんなに不味かったの?」


「この世のものとは思えないくらい不味かった。普段から料理とかしないくせにレシピとか見ないでいっちょ前に作ってダメにした料理とか、水加減失敗した挙句腐ったご飯を無理矢理食べさせるクソババァの料理に比べたら、――まだそれくらいの食文化なんだなって納得はできるけど」


 ノワールは凄むユタの表情から、こっちの世界の料理はよほど不味かったんだなと察した。

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