12・蜂蜜を採りに行こう・1


 魔力検査の翌日。日課の朝稽古を終えたユタは朝食を終えたのち、屋敷内の書庫で座学に励んでいた。


 と、ここまではいつもと変わらないのだが、今日からはすこし違っていた。


 部屋にはユタと、家庭教師のマーレファの他に、ルスト、ロイエ、ビスティの姿があり、子供たちは並ぶようにしてテーブルに座っている。


「お館さまやヤーユーさま、ならびに親御さまからの要求で、ユタさま同様、ルストさんたちにも座学を教えるようにとの下命を承りましたので、ご友人方様が出立される前日までの間ですがよろしくお願いします」


「「「よろしくお願いします」」」


 ルストたちは、子供らしく朗らかな声で挨拶する。


「で、初日はどうするんだい?」


「そうですね。魔力や魔法の使い方に関してはノワールさまがほとんど教えられましたので、それ以外でこの国の史学ということにいたしましょう」


「ボクの場合は実戦も兼ねているからね。歴史はあんまり興味がないし、そっち方面は君にまかせるよ」


 言うや、ノワールはあふぅ……とあくびを浮かべ、テーブルの隅っこで体をまるめた。


 それに苦笑を浮かべながらも、マーレファは黒板の中央に「王都」とチョークで書き、その四方それぞれに地名を書いていく。


「王都を中央に位置した場合、東に位置する「バイカ」地方はククル辺境伯が領地されているここ「ヒスイ村」があり、隣接する魔の森は、王都が定めたダンジョンの攻略難度レベルSに値する不可侵領域セイクリッドとされています」


「せんせー、ダンジョンのレベルってどう決まるんですか?」


 ルストが挙手し、たずねる。


「クリアする頻度によりますね。基本的には最下層まで到達した時間や危険度を考慮して、最低値の『E』ランクから『A』ランクまで上がっていき、それ以上の、王都が騎士団や魔術教団をもってしても攻略が困難となるのが最高値の『S』ランクとなります」


「でも、魔の森って言う割にそんなに……あっ、でも入り口に近づくとちょっと気分が悪くなってくるから、その近くで魔法の練習をしていたけど」


 ビスティがけげんそうにマーレファを見る。


「ダンジョンと言っても大きく分けて三種類あってね。


 ひとつは山や海の洞窟の入口からダンジョンになっているタイプ。


 ひとつは人が居なくなって廃れた町村に魔物が住み着いたことで魔力が高まってダンジョンコアが形成されて作られたタイプ。


 ひとつは森や渓谷といった洞窟以外の自然によって作られた場所に自然の魔素が集まって作られたタイプ。


 ――この三種類がおおまかなダンジョンになる」


 マーレファの代わりに、ノワールが教授する。


 魔の森は、そのうちの自然によって作られたダンジョンということになる。


「で、自然に造られた場所はダンジョンの魔力が放出される範囲はバラバラで、実際に行かないと把握できないくらい定まっていないんだよ。一応野営ができるくらい魔力が弱かったり安定している場所もあったりするんだけど、それはどういう場所かわかるかい?」


 ノワールは視線をルストに向ける。


「はい、ルスト答えてみて」


「えっと、ダンジョンから離れた場所?」


「その考えで間違いないけど、集団で行動する場合においてはただしいとはいえない」


「あっ……、人によってダンジョンから取られる魔力の量が違うってこと?」


「それもあるけど、やっぱりただしくはないね」


「えーっ、じゃぁなにが正解なの?」


 しびれを切らしたビスティが、不貞腐れたような声を上げる。


「正解は、ダンジョンが吸い取る魔力値が同じでも、人によっては数秒もしないうちに致死量に達してしまうから、それを危惧して出来る限り安全な場所」


 ノワールの言葉に、ルストたちはゾワッと背筋に悪寒を感じ、背筋を伸ばした。


「あれ? でもそれってロイエが言っていたことが正解なんじゃ?」


「ロイエの場合はダンジョンが吸い取る魔力は同じって考えだろうから、半分は間違ってるってこと。山の頂に行くって言われても、低い山を登るのと高い山を登るのとでは体力の減り方は違ってくるでしょ?」


 ノワールは子供たちを見すえる。何人かは理解したともしていないともとれる複雑なもの。


「姫の場合だとそっちのほうがわかりやすいかな」


 言われ、ユタはすこし考えてから、


「――なるほど」と得心した。


 基本的に魔力がないユタは、精霊の力で魔法を駆使するために魔力の代償というものがない代わりに、精霊が力を貸さなければなにもできないのは周知の事実ではある。


「つまり、魔力の量が人によって違うから、弱い魔力の人が誤って魔の森に入ると最悪……ってことか」


 ルストはうーむと困惑した顔を浮かべる。


「まぁ基本的に不可侵領域セイクリッドは王都からの攻略依頼がないと奥までは入れないし、そんなことしたら世界が崩壊するかもしれないから、よほどのバカじゃないかぎり攻略しようなんて思わないだろうね」


 ノワールは説明を終えると、マーレファに話の続きをと説明をうながした。


 「んっっんん」と、一、二度ほど咳くと、コツコツと指し棒の先で黒板を叩き、子供たちを自分の方へと意識を向けさせた。


「魔の森のような不可侵領域セイクリッドが四方の辺境地にそれぞれひとつずつ存在しており、その地を任された辺境伯によって管理されています。そしてなにより古代より不可侵領域セイクリッドは神域とも呼称されているんですよ」


「あっと、世界のバランスが崩れるっていうのは」


「そこを攻略すると他のところにも影響が出ちゃうってこと?」


「ううん、不可侵領域セイクリッドを攻略しちゃうと、周囲で漂っている魔素の均衡が狂って、そこで生まれる『地水火風』それぞれの精霊が生まれなくなるばかりか、その恩恵で育っている草木や作物は育たないし、大地は枯れ、天の恵みはほどこされず、気温は上昇、大気は狂って生き物は住めない世界になるね」


 カラカラと笑いながら説明するノワールに、


「笑いことじゃないッ!」


 と、ルストたちはツッコミを入れた。


「だからこその不可侵領域セイクリッドなんだよ」


「とはいえ、そのような場所を攻略するのもよほどの力を持った人しか出来ませんから今は気にしなくてもいいのですよ」


 マーレファはそう言うが、


「よしいつか攻略できるようになろうぜ」


 逆にルストには刺激を与えてしまう結果となってしまった。


(そんなことが言えるのは子供のうちだけだし、まぁ成長して自分の力量がわかればあまり危険なことはいわないようになる……のかな?)


 ユタは興奮するルストを見ながら苦笑すると、ちらりとノワールを一瞥した。


「言うだけタダだけど、夢のまた夢……かな」


 子供の戯れ言だと、気にもとめていない様子だった。


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