11・やくそく


 魔力検査のために使用された大広間は、夕食時にはそれこそパーティー会場と化していた。


 壁には細かい魔石が埋め込まれたガラス球が色を輝かせ、部屋を明るく演出している。


 そして転々と設けられた丸テーブルにはこの日のために用意された料理がこれでもかと並べられている。


「すっげぇーーーっ!」


 ルストを始めとした男の子たちはその別世界に胸を躍らせ、


「きれい……ッ!」


 ビスティたち女の子たちは呆然とその景色にうっとりしている。


「ははは、子供たちにはつまらない魔力検査によく耐えてくれたことをねぎらい、君たちのご両親と一緒にこのような場を設けさせてもらった。今宵はワタシを含めこの村の男衆によって仕留めた魔獣の肉や村の野菜で作った料理を堪能し、各々楽しんでもらいたい」


「あなたさま、そのような堅苦しい挨拶は子供たちにとって馬耳東風。子供たちはみなとの会食を愉しめばよいではありませんか?」


 妻――アンナは食事を始めるのを今か今かと待ちわびている子供たちを見すえる。


「それに、あなたもあまり好きではないでしょ?」


「うむ、だがなぁ形だけでも領主として振る舞わないと」


「何言ってるんですか? 領主さま。いつもは自分から魔物を捉えようとしてるくせに」


「そうそう、ほらさっさと始めっちまいやしょうぜ? さっきからおなかと背中がくっつきそうでしかたがねぇ」


 ガイストをはじめとした村の男衆たちがそううながす。


「お前たち、もうすこし人を立てるということをだな?」


 苦笑いを浮かべるククルに、それこそ男衆はカラカラと笑い返す。


外面そとずらはしっかりしますけどねぇ、やっぱ気心しれた身内どうしがそんなこと言ってたら村の発展なんぞできませんよ。『あざむくことなかれ。しかしてこれを犯せ』って言いますぜ」


 ククルはそれに対して苦笑を見せる。


 君主に従うものは精神善意を以って貫くこと。そして君主があやまちや間違いを犯そうものなら身を挺してそれを止めることを意味する。


 つまり、それは村を始め、辺境の地を領地として束ねるククルとて同じこと。


 自分が間違いを犯せば、待っているのは自分を含め、自分を領主としている村の人間たちを不幸にしてしまうということ。


「――ならば今日は思う存分、みな思う存分楽しんでいってくれ。――乾杯」


 ククルが手に持ったワイングラスを掲げる。


「――乾杯ッ!」


 その場にいた子供や大人たちの声が広場に響き渡った。


「うんめぇ……やべぇよこれ、すげぇ柔らかい」


 ルストはフライドチキンを口に頬張るや、あまりの美味しさに歓声をあげる。


「ねぇ、この丸いやつ美味しい。もちもちしてる」


 ビスティが、近くにいた女の子に自分が食べているものを勧める。


「ほんとだすごく美味しい」


 口にしたのはニョッキと呼ばれるイタリアのジャガイモを使ったパスタ料理だ。


 パスタに絡まったトマトソースがよい酸味となっている。


「このラザニアも美味しいし、グラタンもチーズがとろとろだよ」


 ロイエも皿に盛った二種を口にしてはうまいうまいと舌鼓を叩く。


「ユタってこんな美味しいのいつも食べてるのかよ」


「いつもはないよ。今日は特別。ほんと今日は特別だから」


 子供たちに詰め寄られるユタは、苦笑を浮かべながら答えた。


「みんな、姫が提案した料理に絶賛だね」


「ユイたちも落ち着いたら食事していいってことになってるから感想聞いてみたいな」


 ちらりと大人たちを見る。大人たちにはそれなりに大人向けの料理を作らせている。


「このツマミうめぇっすよぉぅ! 王都で食べた酒の肴なんてザコにしか思えなくなっちまいやしたぜ」


「おめぇ、それは魚に失礼ってもんだ。ってこの蒸し料理うますぎなんだよ。なんだよ玉ねぎと一緒にかかってるこのソースがまたいいんだよ」


 男衆の若い男と、中年くらいの男が二人して盛り上がっているのは、アルミホイルで蒸した白身魚のホイル焼きであった。


 とはいえ、この世界にアルミホイルが存在しないため、その代用として厚めの、空気を通さない紙を用意(もといノワールが食べてみたいと言って、紙に風を遮断する魔法を付与させた)し、それを使用したもの。


 ソースとなっているマヨネーズも、言わずもがなユタの生前覚えた作り方を参考にして作った。


「やっぱりケチャップがあったらマヨネーズもほしいよね」


 それが屋敷に住み込みで働いている料理長コック……アシュクの感銘と研究心に火をつけてしまうきっかけとなってしたのだが。


「さすがにわたしのはニーニーが作っていたのを見て覚えていたから、ほとんど見よう見まねだけどね」


「すくなくとも姫のアイディアで王都より料理文化は発達してると思うよ」


 ノワールは、ユタの肩から降りると、


「ククル、ボクにもお魚ちょうだーい」


 と、猫なで声で歩み寄った。


「ノワールどの、熱いのでお気をつけて」


 男衆の一人が中腰になって、白身魚を一切れノワールに与える。


「おぉ、マヨネーズの酸味が白身魚に絡まって、あぁなんか味の革命が起きてる」


 興奮するノワールはさておいて、ユタは自分もそろそろ次の料理を取りに行こうかとまわりを見わたしたときだった。


「おーい、ユタ。ちょっとこっち来いよ」


 ルストに声を掛けられ、そちらを見ると、ビスティやロイエも一緒だった。


「どうかした?」


 ユタがそちらにやってくると、ルストはビスティとロイエを見わたす。二人はうなずくように、


「実はさ、オレたち、王都で魔術を習わないかって話をしていたんだ」


「やっぱりそうなる……よね」


 すこしばかり、この村にとどまるかと期待はしていたが、そんなことはすぐに打ち砕かれる。


「ほら、ちゃんと説明しないから、ユタすごく寂しそうじゃない」


 ビスティがムッとした顔で、ルストに詰め寄る。


「あっとこっちだってユタと離れるのは寂しいけどさ、別にずっとってわけでもないだろ?」


 ルストが苦い表情でいう。


「で、父さんたちに魔術学校を卒業した後のことを聞いたんだけどさ、通例なら十五歳で卒業したあと、各々の能力に応じたところに配属されるんだ」


「つまり、最低でも十五歳の時には配属されるとはいえ逆に言えば自由になれるってこと」


「パパから聞いた話だとその配属を断って冒険者になるって人も少なくないんだって」


「冒険者……」


「で、話はここからで、もしさ……ユタが良かったら十年後。オレたちがお互いに十五歳を迎えて、自由に冒険ができる立場になったら――その時はこの四人で世界を回らないか?」


 ルストはそう言うや、ユタに手を差し伸べる。


「もし、ユタがそれを願ってくれるなら、この手を取ってくれ。もちろん無理にとは言わない。ユタの未来はユタが決めることだからな」


「子供のくせに大人みたいなことを言うね」


 ひょいと、ユタの肩に乗るノワールがカカカと笑う。


「でもさぁいいのかい? 子供の約束なんてすぐに忘れちゃうもんだよ」


「忘れないよ、絶対。ワタシたちユタの足手まといになんてなりたくないもの」


 ビスティの言葉に、ユタは首をかしげた。


「ビスティ、それってどういうこと?」


「だって、十年なんてワタシたちが必死になって強くならないと、ユタは今よりも強くなって先を行っているかもしれない。ワタシはユタが強くなるのは嬉しいけど、一緒に横に立っていたい」


「そんなのオレもだぜ、ビスティ。むしろオレが前に立ってみんなを守ってやる」


「ま、守るって意味なら、ぼくだって負けたくないよ。だって土魔法はそれを得意とした属性なんでしょ?」


 ルストやロイエも自分がと言わんばかりに言っている。


「で、でも……」


「良いではないか?」


 言いよどむユタの肩を、ククルが優しく叩く。


「十年なんてあっという間だ。私が十歳の頃には家を飛び出して冒険者になったくらいだからな」


「そう。そして気付いたら辺境伯なんて肩書までもらい、私というおまけまでできちゃいましたからね」


 その隣にいたアンナもクスクスと笑う。


「さすがにおまけはないだろ」


 そんな妻にククルは苦笑を浮かべる。


「父上……、母上……」


 ユタは両親を見すえる。むしろ反対などせず冒険者になるようにうながしている。


 二人の態度を、ユタは中身が自分の娘ではないと気づいて、冷たく突き放そうとしているのではないか。そう思うと不安心が全身を駆け巡った。


「姫、二人はそんなこと思ってないよ」


 ノワールはユタの頬を舌でなめる。


「君の本心はどうなんだい?」


 ユタはこの世界に転生したが、世界が広いことは知っている。


 だからこそ、この辺境だけではなく、いろんな所を見て回りたい。


 今はまだ両親の過保護のもとにいるが、いつか外に出ていろんな景色を見て回りたいことも夢見ていた。


 だからこそ、ルストたちの自分を誘う言葉は、ククルとアンナの背中を押す言葉は、ユタにとって温かい。


『アイリスも見たいよね。いろんな世界――いろんなものを』


 自分の体の持ち主であったアイリスに問いかける。そのうつわは何も答えない。


 それでもユタは、彼女が見てみたいと答えているように思えた。


「――だったら、わたしがみんなを迎えに行く」


 ユタはゆっくりと頭を振るうと、ルストたちを見すえた。


「もしみんなの気持ちが変わらないで、一緒にわたしと冒険者になってくれることを願ってくれているのなら――、だからその時までみんなも強くなって、一緒に世界を見よう」


「あぁ、そのつもりだ」


「気持ちは変わるかもしれないけど、決意は変わらないと思うよ」


「その時をすごく楽しみにしているよ」


 ルストは手の甲を上にして、子供たち四人の中心に差し出す。


 それに重ねる形で、ビスティ、ロイエと手を差し出し重ねていく。


 その一番上に、ユタは自分の手を重ねた。


「十年後、わたしはこの辺境の地を後にし、かならずみんなのところに迎えにいく。だから三人は誰にも負けないくらい強くなって、わたしが来るのを楽しみに待っていて」


 コレは子供の世迷い言。だからいずれ忘れてしまうかもしれない陽炎のようなもの。


 十年ははやく、そしておそい。人のきもちを変えるのに充分といえるほどの期間。


 それでも期待したかった。人を信じられなかったユタがはじめてそう思ったからだ。


 決意はあっても、やはり不安は隠しきれていなかったユタを見てか、


「「「われらが姫君ロードの仰せのままに」」」


 ルスト、ビスティ、ロイエは声を合わせ言葉を返した。


 それを聞いて、一番おどろいたのはほかでもないユタであり、


「なんでわたしがリーダーになってるの?」


 と、けげんな顔で首をかしげた。


 リーダーという意味ならみんなをいつも引っ張り回すルストでもいいのではと思ったからだ。


「だって立場的にもワタシたちの中じゃユタが一番偉いでしょ?」


 キョトンとした顔で首をかしげるビスティの言葉や、それに同調するようにうなずいてみせるルストやルイエを見るや、


「あ、はい……そうですね」


 あまりにも正論だったため、ユタはなにも言い返せなかった。

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