10・王国からの使者・4


 月が変わり、田舎屋敷カントリーハウスの中はすこしばかり慌ただしかった。


 その日は王都から使者が派遣されており、広さ80帖の大広間には領地内の、今年五歳を迎える子供たちが集まっており、その中にルストやビスティ、ロイエの姿もあり、ユタは領主のククルの近くで子供たちの様子を窺い見ていた。


 ルストたち以外の子供たちは浮足立った様子で、まわりの子供たちを見わたしている。


 逆にいえば、すでに自分たちの魔力属性を理解し、それを使えるように練習をしていたルストたちはしっかりと、王都から派遣された使者二人を見ていた。


 一人はハゲネズミのようなガリ細った男。


 一人は魔女の帽子をかぶり、マントで身を纏った女。


「よし、次」


 言われ、子供の一人が使者の前に歩み寄る。テーブルの上には水晶玉が置かれており、


「心を静かにして、この水晶玉に手をかざしてください」


 それこそ事務的な言葉使いに、


「あの人、なんか嫌な感じがする」


 と、ユタは不貞腐れたような声で言った。


「たしかにあの男――バスティッシュだったか、あまりいい話は聞かんな」


 ユタの憂いに、ククルは答える。


「それでも仕事なのだからいたしかたないだろう」


 それはユタもわかっているのだが、どうも好きになれるタイプじゃないことはたしかだ。


「――はい、次」


 魔力の反応がなかったようで、今調べた子供を払いのけるように次の子供を歩み寄るようにうながす。


 それが10人ほど続いて、


「――はい、次」


 と、呼ばれたのはルストだった。


「よろしくお願いします」


 元気よく返事をするルストだが、検査官のバスティッシュは傾聴もせず、ルストにも今までの態度で、水晶に手をかざすよう命ずる。


 水晶玉はゆっくりと、赤く、燃えるように輝きを増していく。


「お、おぅ……ッ! こ、この魔力は、なんという輝きだ」


 今までとは打って変わって、バスティッシュは驚きを隠せず、椅子から立ち上がり水晶玉を凝視する。


「これは素晴らしい逸材だ。すぐにでも王都の魔術学校に入隊してほしい」


「検査官どの、それは後ほど親御さんとの話し合いで決めることです」


 興奮するバスティッシュをなだめるようにうしろに控えている女性が止めた。


「そ、そうであった。しかしこれだけ強い魔力をこんなガ……いや素晴らしい子供にあれば、王都は将来安定だ」


 興奮冷めやらぬバスティッシュは、ルストの手を取るや、


「是非とも王都に来てくれ。悪いようにはしない」


 と、王都に来るよううながした。


「考えておきます」


 ルストは軽く頭を下げ、その場から離れる。


 その時、部屋の隅で領主と一緒にいたユタに視線を向け、してやったりな表情でちいさく笑った。


「さぁ……ここからあのバスティッシュの腰を砕かして立てないようにしてやろうか?」


 ユタの肩に乗って様子を見ていたノワールがクスクスとイタズラっぽく笑う。


「――ほどほどにしようね」


 ユタはあきれたように苦笑を浮かべた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ノワールに自分たちの魔力属性を教えてもらったルストたちは、まず自分の魔力がどれだけのものかを調べることを優先した。


「属性がわかっても、魔力がなかったら使えるものも使えない。言ってしまえば魔力はお金と換算すればいい」


「つまり精霊にお金を払って手伝ってもらっているってイメージでいいのかな?」


 ロイエの言葉に、ノワールはうなずく。


「あぁ、たしかに無い袖は振れないよね」


 ビスティがそう言うが、


「それなら魔力検査の日までに強くなればいいんじゃね?」


 ルストがグッと拳を握り、さぁなにを教えてくれると期待に満ちた目でノワールを見すえた。


「たしかに日々魔力は成長とともに使える量も増えるからその考えは間違ってないよ。と言っても、ルストは溶けかけた蝋燭の火、ビスティはちょっとした水たまり、ロイエにいたってはすこし土が硬くなる程度の魔力しかないけどね」


 一蹴するように、ノワールはルストの期待をはねのけた。


「あれ? でもそれって今の状態だったらってことだよね?」


 ユタが首をかしげる。


「そう。今の状態ならね」


 クスクスと笑う仔猫は、ルストたちを見わたして、


「だから検査の日には普通の子供――いや、魔術学校でも優秀な部類に入るくらいには成長させてあげる」


 それを聞いて、ルストたちは「ハイッ!」と声をそろえた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――その結果がコレである。


「おぉおおおっ!」


 ビスティが水晶玉に手をかざし、魔力を高めた。


 すると水晶玉は黒く、檳榔子黒びんろうじくろの濁った陽炎を浮かばせている。


「これは珍しい水の属性を持っていますね。しかも先ほどの少年と同等の魔力を持っている」


 検査官の女性がバスティッシュに耳打ちをする。


「き、君もわが王都に来てくれ」


 手放しに喜ぶバスティッシュに、


「考えておきます」


 ……と、ビスティはちいさく頭を下げ、その場を離れる。


 彼女もルストと同様にユタを一瞥すると、ちいさくピースサインを見せた。


 二人ほどあいだを挟んで、検査官に歩み寄ったのはロイエであった。


「よろしくお願いします」


「では、手を水晶玉に」


 ロイエは水晶玉に手をかざす。


 ゆっくりと水晶玉は黄色の色を浮かばせていく。


「おぉ、この子供も魔力を持っていたか。しかし先の二人に比べたらなぁ」


「いえ、そうでもなさそうですよ」


 言って、女は水晶玉を見すえた。


 水晶玉に浮かび上がる黄色がいつしか金糸雀色カナリアいろへと変化していく。


「あ、あわわわわわ……」


 色が変化したことにおどろいたバスティッシュが、それこそ転げ落ちるように椅子から倒れた。


「こ、ここここんなこと……、こんなこと……あり、ありありあありぃりりり」


「検査官どの、残念ですが現実です」


「こ、こんな辺境の田舎村で強い魔力をもった子供が三人も出てくるわけがないッ! わけがないないない、恋じゃない」


 思考がショートしたのか、バスティッシュは狼狽する。


「し、しかしこれでもう調べる子供はいないな」


 ふぅ……と、バスティッシュは冷静を取り戻し、子供たちを見わたした。


「いえ、あと一人――領主さまのご息女がおられます」


 言って、女はククルと一緒にいたユタを見すえた。


「おう、たしかにご息女も今年で五歳いつつになると聞いておった」


 忘れていたと、バスティッシュは慌てた表情で、ユタの方を一瞥する。


「――父上」


 ユタはククルを見上げたずねた。屋敷の人間はユタが魔力を持っていないことを知っており、魔力検査をさせる気はなかったのだ。


「あの様子だと、調べないと帰らなそうだ」


 答えるようにククルはやれやれと頭に手をやりうなる。


 ククルは、魔力検査をした褒美として、夕食時に子供たちを屋敷に招いてのつづまやかな晩餐会ディナーを開くことにしている。


 その準備もあるため、できれば時間を掛けたくはなかった。


「わかりました」


 ユタはバスティッシュのもとに歩み寄る。


「それではご息女さま、こちらの水晶に手をかざしてください。きっと他の子供たちより強い魔力をお持ちなんでしょう。いやぁ、こんな最後に調べるなんて人が悪いですなぁ」


 先ほどまでの子供たちとの態度とはあきらかに変わっていて、それこそおぺっかを使うような口調。


「――ボクはこういうタイプ嫌いだよ」


 さきほどのククル同様、ノワールもやれやれと頭を悩ませる。


「同感――」


 ユタが水晶玉に手をかざした。もちろん、魔力がないユタが魔力感知ができる水晶玉に手をかざしたところで変化などない。


 子供たちも、ルストやビスティ、ロイエのようにはっきりとした魔力が見えてはいなくても、皆無というわけではない。


 すくなくとも魔力がないのはたしかだが、成長すればそれなりに魔力は養われていく。


 言ってしまえば、幼いころにおこなう魔力検査は将来性を見据えてのものと、悪く言えば早々に魔力の高い子供を、王都が懐に飼い慣らしておくという企てがあった。


 これがククルが治める辺境の村だけでなく、王都を始め他の辺境や王都外の町村などでも行われるのだから、下手をすれば戦争に駆り出されるための人選もなきにあらず。


「う、うーむ……どうやらご息女には魔力がないようですな」


 バスティッシュは苦笑を浮かべる。


「失礼します」


 結果はわかっていたので、ユタはさっさとその場を離れたかった。


 というより、あまりいけ好かない人の近くにはいたくはないというのが本音。


「おい、マナフィ……っ! いくら田舎の辺境とはいえ、その領主のご息女に恥をかかせてしまったぞ? どう責任をとるんだ」


 元から魔力がないことはわかっているユタだったので、それに関してはとかくいうつもりはないが、一緒に来た女――マナフィに詰め寄るバスティッシュの態度はやはり気に入らない。


「そうですね。どうやら私が思った以上の……、いやこれは失礼なことをしました」


 マナフィは深々とユタに頭を下げる。


「あ、別にいいですよ。頭を上げてください」


「なんと、こんな老婆に対してあまりにももったいないお言葉。どうやら彼ら、、貴女あなたさまに力を貸すことを苦と思っていないようですね」


 その言葉に、ユタはけげんな顔を浮かばせる。


 声の感じからして二十代くらいの若々しい声だったため、老婆のようなしわがれたとは思えなかったからだ。


「そこの猫さんも嫌な思いをさせてごめんなさいね」


 マナフィはノワールの首を優しく撫でる。


「ごろにゃ……はっ?」


 気持ちよかったのか、ノワールは自分でもおどろくくらいに猫らしい反応だった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 しばらくして、使者二人が王都に戻るため、ククルとヤーユーはそれを見送り出ていた。


「よろしいのですか? そんな矢継ぎ早にお戻りになって」


「こんな素晴らしい結果は速く王族に報せるのが一番。なに馬車を走らせれば晩にはつくでしょう」


 ヤーユーの言葉を払いのけるように、バスティッシュは馬車に乗りこむ。


「ほら、マナフィも速く乗らぬか」


 うながされたマナフィは、ククルとヤーユーに頭を下げる。


「――ご息女に言伝を願えますでしょうか?」


 言われ、話に応じたのはヤーユーであった。


「えぇ、なにようでしょうか?」


「彼らが我々人間を見限れば、それは世界のバランスもままならぬ……と」


「えぇ、しっかりと」


 その言葉の意味を理解したヤーユーはしっかりと頭を下げる。


「では、道中無事を願っております」


 ククルが歩み寄り、マナフィにちいさく頭を下げた。


「えぇ……、また機会があれば」


 マナフィは馬車に乗ると、そのまま王都の方へと去っていった。


 それを屋敷の自室から見下ろすように聞いていたユタは、


「やっと終わったね」


 安堵の表情を浮かべると、ベッドの上に仰向けで横たわる。


「おつかれさま、姫」


 ノワールはそのおなかの上で丸くなる。いつもより妙におなかにかかる圧力が違うためか、


「ノワール、すこし太った?」


 とたずねた。


「失礼な? こんな愛らしくてかわいい仔猫を目の前にしてよくそんなことが言えるね?」


 心外だと言わんばかりに、ノワールはムッと口をすぼめた。


「どっちかといえばスコティッシュなんだよなぁ」


 ユタは自分のおなかの上で丸くなるノワールを優しく撫でる。


「でも、あのマナフィって女の人、なんか一緒にきてた男の人と違ってたなぁ」


 子供……というよりは毒親を通して大人を悪い方にフィルタリングして見ていたユタだったが、マナフィから感じたのは優しそうな雰囲気。


「あれはたぶん見えてたんだろうね。姫の近くで漂っていた精霊の粒子が」


「ふぇぇっ?」


 ギョッとした悲鳴を上げるように起き上がったユタは、その反動で自分のおなかから転げ落ちたノワールを見すえる。


「精霊って見えるものなの?」


「よほど高い魔力がある人はね。特に精霊の力を使うという意味を理解している人は極稀にだけど精霊がぼんやりと見えるようになる」


 つまり、マナフィは精霊たちがユタのまわりで子供たちの魔力検査を見ていたことに気付いて、あえて魔力検査をするようにとユタをうながしていたということになる。


「といっても、魔力がない姫だと水晶玉は反応なんてしないけどね」


 それに関しては特に気にはしないが、興味はそれよりも、


「ユタにも精霊が見えるようになるかな?」


 目を爛々とか輝かせるユタに、ノワールは苦笑を浮かばせた。


「まぁ、姫の場合は精霊が姿を見せない以上は――ね」


 なんとも含みのある言葉ではあったが、それはさておいて、ユタはこの後に行われる子供たちへの晩餐会ディナーのほうが気になっていた。


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