9・王国からの使者・3


 ユタ、ルスト、ビスティ、ロイエの四人は、ノワールを先頭に、村からすこし離れた野原へとやってくる。


「よし、それじゃまずはみんなの魔力がどの属性かを調べておこう」


 言って、ノワールは雑草の葉っぱを一枚口に咥えるように摘むと、スッと緑色だった葉っぱの色が消えていくように白に染まっていく。


 それを見て、子供たちは驚きを禁じえず、おぅ……と声を上げた。


「今、この葉っぱは光合成で得た風や土、水などの魔素がなくなった状態だ」


 それを四枚用意し、子供たちに渡していく。


「これをどうするの?」


 ビスティがそうたずねるや、


「ただ意識を無にして、葉っぱに自分の魔力を込めるんだ。そうすれば葉っぱは四元素に属する魔力に応じて色を変える」


 ノワールの言葉に従う形で、ユタたちは手のひらに葉っぱを乗せ、目を瞑った。


「ゆっくりと眠るように、意識は深い深い闇の中に沈んでいく」


 それこそ、催眠術師の口頭のように、ノワールは子供たちの意識を現実から夢の中へと沈ませていく。


「――はい、もういいよ」


 言われ、子供たちはゆっくりと目を開いていく。


「うぉおおおおっ?」


 最初に声を出したのはルストだった。


「すげぇ、ちょっとだけど赤くなってる」


 ルストが手に持っていた葉っぱには朱色の斑点模様が転々と浮かび上がっている。


「どうやら、ルストの魔力は火に適しているみたいだね」


「ってことは、火の玉とか出せるってことか――、くぅう、かっけぇーっ!」


 喜びのあまり、ちいさくガッツポーズを取るルスト。


「ノワール、ワタシのは黒いのが出てるよ」


 ビスティの手にのせられた葉っぱには、黒い斑点模様が浮かび上がっている。


「黒は水の属性だからビスティはそれに属した魔力を持っていることになる。水は癒やしの力もあるんだ」


 それを聞いて、


「それじゃぁ誰かがケガをしたら回復させることもできるってこと?」


 ビスティは確認するようにたずねる。


「ただしくは悪い気を浄化させて自己治癒力をうながすと言ったほうがいいね。ケガや病気というのはそのからだに悪い気が入り込んでしまうから」


 ノワールの説明を聞きながら、ビスティはふぅと息をととのえる。


「ワタシのおばあちゃん、引退するまでは王都で救護班をしていたって、いつかそういう人の助けになることをしてみたいって思ってたから――ちょっと嬉しい」


「魔力はその人の気持ちも反映している。ルストみたいに強くなりたいという気持ちなら攻撃に適した火の魔力が優先されるし、ビスティのように人の病気を治したいという気持ちなら癒やしに適した水の魔力が優先される」


 優先――という言葉に、


「それじゃぁその魔法しか使えないってことじゃないんだね」


 ロイエは自分の手のひらに乗せられた葉っぱを見据え、ノワールに聞いた。


 彼の葉っぱには黄色の斑点模様が浮かび上がっている。


「どうやら、ロイエは土の属性魔力が優先されているみたいだ。この色は極めれば土を自由自在に操ることができるし、守りを固めることにすぐれている」


 さらには土の状態や材質なども調べることができることから地表を知る術にも長けていると、ノワールは言葉を続ける。


「えっと、それって守るだけで攻めるには適してない――ッてぇ?」


 ルイエが首をかしげ、土属性の魔力を貶そうとしたところを、ノワールが額に猫パンチをして黙らせた。


「属性に強い弱いはないよ。土属性は火属性に比べて攻撃に適さないかもしれないけど、逆に防御に関しては他の属性よりはるかに上だ」


「どういうこと?」


「土を操るということはなにもないところに土壁を作ることができる。もっと言えば崖やダンジョン以外の洞窟の形を自由に変化させることもできるんだ」


「なんだよそれ? ヘタすると最強じゃん?」


「でもなんでダンジョンだとできないの?」


「ダンジョンはコアによって形成された云わばイキモノだからね。ダンジョンコアを破壊して普通の洞窟にするか、そのコアの魔力をもってしても変化させられないほどの強い魔力を持った人じゃないと形は変えられない」


 つまりは不可能ではないが、可能とも言えないということだ。


 ここまでユタ以外の子供たち三人はバラけたように属性が違う結果となっている。


「あとはユタだけ……なんだけど」


 自分たちはすぐに変化したのに、ユタの葉っぱだけは微かな変化もなく真っ白なままだ。


「もしかして、ユタってワタシたちより魔力がないのかな?」


 不安そうにユタを見るビスティに、


「姫は魔力が少ないんじゃなくて、元からないんだよ」


 と、ノワールは口にする。


「姫、なにか感じない?」


「えっと、手のひらにちいさい水みたいなのが泡みたいに浮かんでいて、それを回転させるみたいに風が吹いてる。あ、あとちょっと暖かい」


 ユタはけげんな顔でノワールを見下ろした。


「えっ? なんだよそれ? オレの時はなにも――いや、ちょっと暖かったけど」


「ワタシの時は葉っぱが湿ってる感じだった」


「僕の時は、葉っぱがちょっと硬かった」


 ルスト、ビスティ、ロイエと自分たちの手のひらにのせていた葉っぱの変化を各々答えていく。


「色が変わるということは性質も変わるということ。ルストの魔力は火に属しているから葉っぱが暖かくなった。ビスティは水だから湿っぽくなって、ロイエは土に対して葉っぱが硬くなったということになる」


 それでも、ユタの場合はどうなのだろうか――、


「じゃぁ、ユタの葉っぱはどうして変化してないのに、いろんなことが起きているの?」


「それは単純に、姫に使えない属性がないからだよ。地水火風ちすいかふう、四つの精霊が姫に力をかそうとしている。まぁもうすこし練習すればそれより先の属性も使えるかもね」


 それを聞いて、困惑するルストたちだったが、


「――あれ? すごく今更な気がするけど、わたしって魔の森の入り口で稽古しててそれ以外で疲れた事がない気が」


 と、ユタは別のことで首をかしげていた。


「底の抜けた水瓶をひっくり返したところで水は出てこないでしょ?」


 ノワールがなにを今更と言わんばかりにため息をつく。


「魔力がないからダンジョンもそれをとることができないからね。姫の場合は普通に体力の減少による疲れ」


「なんかユタが特別だってのはわかったけど、逆に言えばオレたちも負けられないってことだよな?」


 ルストの言葉に、


「やる気は充分みたいだね」


 ノワールが含み笑いを浮かべた。


「あぁ、早く自分の魔法が使ってみたい」


「ならイメージしてごらん。手のひらで火の属性であるサラマンダーが丸くなって火をまとうように、水の精霊ウンディーネが水の波動を浮かばせるように、土の精霊ノームが土を錬成するように」


 ノワールはそれぞれのイメージを子供たちに伝えていき、


「姫は――風の精霊シルフが空を舞うように」


 そうアドバイスをしようとユタを一瞥した時だった。


 ユタの手のひらに乗せていた葉っぱは、それこそ風に乗ってゆらりゆらりと躍るように舞っている。


「姫、その状態で風が強く吹くイメージで指を動かしてみて」


「えっと……こう?」


 言うや、ユタは人差し指を上へと強く上げた。


 ブワッ……と、風が強く吹き荒れ、それこそまわりの草花が地面から離れないように必死の顔で揺れ動く。


「おわぁつ?」「うわっ?」「きゃぁっ?」


 ルスト、ロイエ、ビスティは、あまりの強風におどろきその場で尻餅をつく。


「姫、さすがにやりすぎ」


「指を軽く上にあげただけなんだけど?」


 ユタも困惑する。


「それよりどうやったら止まるの?」


「風の精霊はイタズラ好きだからね。落ち着かせるイメージで手を動かしてごらん」


「えっと……こうかな」


 ユタはゆっくりと手のひらを下にし、落ち着かせるように下げていく。


 すると風もそれに反応したようにゆっくりといきおいを殺していった。


「そうだっ! ユタ、疲れが出たとかそんなのはないの?」


 ビスティがそうたずねたが、


「大丈夫、ちょっと驚いたけどなんともない」


 ユタは苦笑いを浮かべるように答えた。


「でも魔法を使うと魔力が――」


「そうか、ユタは魔力がないから魔力切れになることがない」


「なんだよそれ。マジでズルくね?」


 ルストはそう言うが「でも逆に言えばそれが使えなかったらヤバイってことだよな?」


「それはそうだね。魔力がある人間ならその魔力を対価に精霊の力を借りることができる」


 これに対しては以前話してるため割愛するが、とかくユタは魔力がなく無限に魔法が使えるのだが、逆に言えば精霊が力を貸さなければすこし強いだけの幼子だ。


「それじゃぁ、来月の魔力検査に王都の人が来るらしいからそれまでに魔法がすこしでも使えるようにしてあげる」


「よっしゃ、それじゃあみんなで練習だな」


 ルストが意気揚々と立ち上がるが、


「待って、魔力がなくても魔法が使えるのって――それってすごいけど、あぶないんじゃ」


 ビスティがうーんと首をかしげる。


「なんでだよ? そりゃぁ精霊が力を貸さなかったら意味ないけど、魔力が減らないっていう」


「そうじゃなくて、魔力がある子供は王都の魔術学校に通うよう命が下されるってお母さんが言ってた。ユタは魔力がないからそれに当たらないけど」


「なら別に大丈夫――じゃねぇっ? むしろめちゃくちゃほしがるな」


 ルストが、虚をつかれたように目を見開く。


「魔力疲れがないってのは無限に魔法が使えるってことだよね?」


 ロイエはちらりとノワールを見すえる。


「理論上は可能だけど、それはあくまで精霊たちが姫に力を貸し続けていたらの話だ。そもそも精霊は道具ではないんだよ」


 ノワールは、それこそ言い聞かせるように、


「精霊が力を貸すのはあくまで利害の一致だ。人間が魔力をもって精霊の力で魔法を使ったとしても、それは暮らしが豊かになれば精霊たちもそれが嬉しく思い、また力をかそうとする。魔物を倒すことだって精霊たちにとっても魔物は危険な存在だからね」


 ゆっくりと視線は子供たちを見わたしていく。


「だからこそ幼い君たちは肝に免じておくといいよ。さっきの姫が思った以上に風を強くしてしまったのも、姫がそれを命じたことをシルフがイタズラに強くしただけのこと」


「それって、もしワタシたちが精霊の力を見誤れば――」


「君たちなんてすぐに死ぬだろうね」


 その冷たい言葉がルストたちの、魔法が使えるという無意識の興奮を凍りつかせる。


 だがそれは、自分たちが危険なものを使っていることに対しての警告でもあった。


「だからこそ精霊は道具ではないし、君たち人間を助けるための存在でもない。もっと言えば魔力があろうがなかろうが力を貸すことに抵抗はなくても、貸さないという選択肢がないと自惚れるのは人間の傲慢だよ」


 ふぅ……と、ノワールは一息つき、ユタの肩に乗るや、


「それじゃぁ、君たちに魔法の使い方を教えるよ。大丈夫、魔力検査の時には初級魔法くらいは使えるようにしてあげるから」


 クスクスと笑い、ルストたちを見わたした。


「あぁっと、とりあえずユタのことはオレたちだけの秘密にしとこうぜ」


 ルストがロイエやビスティにそううながすと、二人はうなずいてみせる。


「最悪、戦争の道具にされかねないしね」


 ルストたちがジッと自分を見て言ったのが腑に落ちなかったのか、


「怖いこと言わないでよっ!」


 と、少々キレ気味にツッコむユタなのだった。


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