8・王国からの使者・2


「おかえりなさいませ、お嬢さま」


 稽古を終え、日が昇らぬうちにと切り上げて田舎屋敷カントリーハウスに戻ると、門構えのところでユイが待ち構えており、手にはちいさなバスケットが持たされている。


「ただいま」


「お風呂の準備はすでに整えております」


 ユイはスッとバスケットをユタに差し出す。中身はサンドイッチだった。


 パンの耳を落とし、薄くスライスしたパンに具材を挟んだもの。幼子のユタが食べやすいようにとちいさな四角形に切り分けられている。


「いただきます」


 それを手に取ると、ユタはちいさな口に運ぶ。


「中身は玉子とレタスにマヨネーズ」


 ぴりりとした感じがしたのでマスタードも混ぜているようだ。


 疲れと空腹があり、また朝食前ということもあってか軽めの、一枚を半分にした量であったため、すぐにバスケットの中は空になった。


「それじゃぁ、お風呂行ってくるね」


「はい。かしこまりました」


 ユタは屋敷の玄関の戸を開ける。そのうしろをユイが続けて入ろうとしたところで、


「ユイ、こちらに来て手伝ってくれぬか?」


 ヤーユーに呼び止められ、そちらへと足を向けた。


 座学を終え、昼食を終えた頃。領内の村にやってきたユタは、


「どうかしたの?」


 とけげんそうにルストを見据えていた。


 そのルストは右手にその辺で拾ってきたおそまつな木の枝、左手にはおなべのフタというみょうちくりんな格好である。


「ノワール、おれに稽古をつけてくれ」


「なんでいきなりそうなるのさ?」


 ユタの肩にのっていたノワールが、ツッコミを入れた。


「どうしてもなにも、この前はなんの役にも立たなかったからだ!」


「ほら、この前襲われた時にユタとノワールだけを残して私たちだけで逃げちゃったでしょ? それでルストが――」


「なにかとおもえばそんなことか」


 ノワールがため息をこぼす。


「そんなことってなんだよ? おれは――」


「あの状況で子供たちだけでなにができたと思う?」


 詰め寄ろうとしたルストをはねのけるようにノワールは聞き返す。


「ただでさえロイエが回復していたとはいえ危険な状態だった。もしボクと姫がヒグマを食い止めていなかったら、たまたま襲われたのが村の近くだったからすぐに屋敷に連絡ができた――でもそのひとつでも欠けていたら全員死んでいたんだよ?」


 ノワールの言葉に、ルストはもちろんのこと、ビスティ、ロイエもぐぅの音も出ない。


「ルスト、君の父親は王都でも名の知れた名誉ある冒険者だ。そこは領主の使い魔として断言しよう。」


 そう言われ、ルストは自分のように誇らしそうに朗らかな笑みを浮かべる。


「――だけど、冒険者だったからこそ、今回君たち子供だけに行かせたのは誤った。いくらボクがいたとしてもね」


「で、でもオレたちだって来月には――」


「魔力検査があるだろうね。だけど君たちはまだ子供だ。子供だからこそ危険なことをするという覚悟がないといけない」


「……覚悟」


 その言葉を自分に言い聞かせるように、ルストは口ごもる。


「死ぬ覚悟がない人間に冒険者を名乗る権利はない。どうしてか分かるかい?」


 ノワールはユタ以外の子供たち三人に問いただす。あえてユタに言わなかったのは、すでにその覚悟をヒグマと対峙した時に決めているからだ。


「魔物も生きるために抵抗しているから」


 ビスティがそう答える。


「でもさ、それだったら普通は死なないって思うんじゃないの?」


 ロイエの言葉に、ルストもそうだと同意する。


「それも間違ってはいない。だけど人間にとってもましてや魔物にとってもお互いに殺し合う対象なんだよ」


「それは……ちょっと嫌かな」


 ビスティが困惑した声で言う。


「ほらたまに原っぱで角が生えたウサギが出てきたりするでしょ? かわいいなって思うけどやっぱりあれも魔物だから倒さないといけないんだよね?」


「それは別に君たちの判断にゆだねるよ」


「ノワール、言ってることがめちゃくちゃ」


 あきれをとおりこしてなんとやらと、ユタは肩を落とした。


「だから別に魔物全部を倒せとか言わないよ。むしろそんなことしたら世界のバランス自体が崩れかねないしね」


 ノワールはユタの肩からパッと飛び降りるや、スッと音もなく消えた。


「――きえ……」


 ルストはアッと声を上げたが、自分の首元に大きな鎌をかけられる。


「ほら、ボクだから攻撃してこないと油断した結果がこれだ。今ので一回君は――死んだ」


 ツッ……と、ルストの額に脂汗が流れる。


「強くなるならない以前に、殺されるという覚悟がないやつに冒険者になる必要はない」


 ノワールはスッと木の枝に爪を立てるや、たった一振りで木の枝はバラバラと地面にこぼれ落ちていく。


「そんな安っぽい木の枝でボクから教えを請おうなんてしないで、もっといい武器を拵えてもらいなよ」


 ノワールはカラカラと笑いながら言う。それこそあっけにとられたルストは――、


「お、教えてくれるのか? オレに稽古をつけてくれると?」


 そうたずねるや、ノワールはけげんそうな顔を浮かべた。


「ボクは一言も教えないとは言っていないし、ルストだけじゃなくビスティやロイエにも教えるつもりだ……」


 それを聞いて、ビスティとロイエもあ然とする。


「よし、それじゃぁ来月の魔力検査までに力つけようぜ」


「別に魔力を計るだけだから強くならなくても」


「でも、善は急げっていうじゃない。今度は足手まといにならないようにしないと」


 ルストたちの話を聞きながら、ユタは自分の肩を陣取ったノワールに、


「意地悪なことするね」と苦笑を浮かべた。


「子供は危険な事を平気でするからね。冒険者の命なんて常に風前の灯火だってことを知っておいたほうがいいんだよ。ちょっとした失敗で自分の命どころかまわりの命も落としかねない。たとえ生き残ったとしても待っているのは誹謗中傷を受けることになるのさ」


 ノワールはあふぅとあくびをこぼした。


 口では突き放してはいても、内心は心配のあまりに出る言葉なのだと、ユタはノワールに教えを請うルストの考えは間違っていないと思った。


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