4・辺境の田舎屋敷・4
昼食を終えたユタは、とにかく外に出て動き回りたかった。
「行ってきます」
明るく声を上げ、玄関から飛び出す。
「遅くなってはいけませんよ」
ユイにそう言われ、ユタは「わかった」と手を大きくふって領内の村まで駆けていく。
「姫、今日はなにする?」
肩に乗ったノワールがそうたずねる。
「えっと……ついてから考える」
人もまばらであるが賑わいを見せており、その場で働く人や狩りの準備をするもの。
子供たちのはしゃいだ声も響き渡っている。
「あ、ユタッ!」
三人の子供たちの中のひとりが、ユタが来たことに気づくや両手を大きくひろげ声を上げる。
「勉強終わった?」
「終わった。なにして遊ぶ?」
ユタはその少女――ビスティに視線を向ける。
ビスティはユタと同い年の齢四歳で赤毛のミディアムヘア。背丈もさほど変わらない。
「今日はみんなで薬草探しだ」
そのビスティの隣りにいた男の子が声を上げる。
「薬草って……それって家の手伝いだよね? ルスト」
黒髪の野生児を、ユタはけげんそうにすがめる。
その少年――ルストはジッとするのが苦手なのが目に見えるようで、今にも行きたそうに体を震わせている。
そんなルストの性格を知っているためか、ユタはビスティが自分がくるまで待っていたのだと空気でわかった。
「ここ最近うちの領内で採れる薬草の品質がいいって父ちゃんが言っててさ」
「でも、子供だけで行くのは危険じゃないかな?」
すこしこじんまりとした声をあげるように、もう一人の子供が言う。
見た目は、それこそどこそのおぼっちゃんと言われても文句が言えないほどのマッシュルームヘアー。背丈はこの中ではルストの次に大きいが、言葉の印象でユタたちよりもおさなく見える。
「なんだよ、まだ昼のうちだぜ? それに薬草が見つかるのは森より離れた場所だ」
ルストは、怯えた表情の少年――ロイエに向かってからかうような口調で言った。
「それに大丈夫だって、いざとなったらノワールがいるっての」
そう言うや、ルストはユタの肩に乗っている仔猫に視線を向けた。
「頼られても困るんだけどなぁ」
ノワールはため息をつくが、まんざらでもないのだろうとユタは苦笑を見せた。
魔の森からすこし離れた野原には雑草が蔓延っており、その中から目当ての薬草を見つけなければいけない。
「いいか? 薬草は優しく
「それを言うなら、
ルストの説明に、ロイエはツッコミを入れる。
「とにかくみんな薬草は知っているからその若葉を摘むんだよ」
恥ずかしそうに声を荒げるルストは、外方を向くように先頭を進んでいく。
「ねぇ、ノワール? なんで最近の薬草の品質が良くなってるの?」
「近くに魔の森があるよね? ふたりともそっちを見てごらん」
ユタとビスティは魔の森の方へと視線を向けた。
昼間だというのにそこだけなぜか薄暗く影が濃い。
そこに森があるのかすらわからない不思議な空間だけが浮かび上がっている。
「魔の森は言ってしまえばダンジョンみたいなもので、そこには魔物を生み出す魔力が常に巡回しているんだ」
「――巡回?」
ビスティが首をかしげる。
「まずダンジョンの中にはかならず魔物が出現する。それを倒すと魔物は消滅して素材となるドロップアイテムを出すんだ。冒険者はそれを目当てにダンジョンを攻略している――ここまではわかるね?」
言われ、ユタとビスティはうなずく。
「で、消滅した魔物をまた出現させるためにはコアとよばれる心臓部があって、ダンジョンにはかならずひとつある。その魔力の量に応じて出現する魔物のレベルが違ってくるんだ」
「えっと……つまり、強い魔力が巡回しているところは強い魔物が出て、逆に弱い魔力が巡回しているところはそれに比例して弱い魔物が出るってことだね」
ユタの言葉に、ノワールは「そういうこと」とこたえた。
「でもなんでそれが薬草の品質が良くなるのと関係するの?」
本題はそこなんだけどと、ユタはけげんな顔をノワールに見せた。
「たとえばダンジョンをコップとたとえて、ダンジョンコアから放出される魔力が注ぎ込む水だとするよ。さて問題、コップに対して水の量が多かったらどうなると思う?」
ユタとビスティはお互いの顔を窺うや、
「「――魔力がダンジョンの中に入り切らなくなって外に出ている?」」
口をそろえるように言った。
「正解。まぁダンジョンからこぼれた魔力事態は外に出るとすぐに霧散するんだけど、魔の森みたいに強い魔力が放出されていると、その分霧散する経過も変わってくる。その魔力が光合成している草の中に混ざることがあるんだ。それが薬草の品質が高くなっていることにつながる」
「あれ? ということはそれを食べた魔物は――?」
ビスティが不安そうに顔を暗くさせる。
「通常よりすこし強くなっているけど、さすがに月の女神もそこまで意地悪じゃないよ。人が勝てない魔物は作っていないと思う――思えればいいなぁ」
ノワールは視線をそらす。
(なんか不安なこと言ってる気がするけど)
ユタはそう思いながら、ルストとロイエを見据えた。
そのふたりはすでに草が生い茂った場所におり、右往左往しながら薬草を探している。
「ワタシたちも探そう」
ビスティに手を取られ、ユタは皆の元へと駆けていった。
「よし。今日はこれくらいにしようぜ」
日をすっかり落ちかけたあたりで、ルストが皆の作業を止める。
「けっこう採れたね」
ビスティの言う通り、用意していた麻袋がぎゅうぎゅう……にはならず、薬草は袋の半分位の量が詰め込まれている。
「もうちょっとだけ採っていけばいいんじゃ?」
「バーカ、そんなことして持って帰れなかったらどうするんだよ?」
ルストはロイエのデコを人差し指で突っつく。
たしかに子供四人とは言え皆五歳にも満たない。四人で運んだとしても薬草を摘んでいた疲れもあり運び込むのも一苦労だ。
「ルストはちゃんとみんなを見てるね」
ノワールが歓心したように言う。
「そうだね」
ユタもそれには同意だった。
「それじゃぁ早く帰ろう。もう日が落ち駆けてる」
「それじゃ……」
ユタが声をあげた刹那――なにかが切り裂かれた。
――えっ?
それはまるで川の中で大きな毛深い獣がゆうゆうと泳ぐ魚を取るかのように、鋭い爪は丈夫な麻袋を切り裂く。
「がぁ……はぁ?」
その近くにいたロイエの乾いた悲鳴が子供たちの耳に遅れて届いた。
ユタはその大きな影を見すえると、全長は3メートルを超えた大柄なヒグマが二本足で立ち上がっていた。
口はよだれが禍々しく垂れ落ち、爪には赤いものが付着している。
それが、ロイエのおなかを切り裂いた爪なのだと、子供たちは瞬時に理解すると同時に恐怖が全身を駆け出す。
「おいっ! ロイエッ!」
ルストが前のめりで倒れるロストを見下ろすと、地面にはじわりと赤い海が広がり始めていた。
「い、いやぁぁっ!」
ビスティはそれを見て、大きな悲鳴とともにひざまずく。
「――くっ?」
ノワールはパッとユタの肩から飛び降り、
「ロイエ……ッ!」
左の、白眼金睛の瞳が淡く光るや、ロイエのまわりを暖かい光が包み込んだ。
ゆっくりと光はロイエの体に入り込み、おなかを切り裂いた傷がふさがっていく。
「おいっ!
ノワールの低い声に、ルストとビスティがそちらへと目を向ける。
「今すぐロイエを連れて村の方に逃げろ」
「で、でもそんな事したらユタが――」
「心配するな――姫を
いつもと違うするどく冷たい声を発するノワールにビスティはちいさくうなずく。
「ルスト……村に戻ったら――わかっているな」
そう告げられ、ルストはうなずいてみせるや、
「くっそ……」
気を失っているロイエをおぶさるようにして立ち上がり、うしろを気にしながらゆっくりと歩き始めた。
「ぐぅおおおッ」
ヒグマはそれを逃すまいと四肢で地面を蹴り、ルストたちに飛びかかった。
「――【
ノワールの右目――白眼銀睛の瞳が輝くや、風の刃がヒグマの体を切り裂く。
「ぐぅおおぉっ!」
体が刻まれながらも、ヒグマは狙いを逃げる子供たちからノワールに向けていく。
「はっ? 時期的に冬眠するタイミングを見誤って腹ぺこになって起きてきたってところか? しかも魔の森に入らないといい餌が採れないからこんな辺境にまでやってこれないわけね」
挑発するようにからかうノワールを見ながら、
「おなかが空くと誰でも気が立つと思うよ」
ユタは呆れたように言った。
「たしかにね」
ノワールも余裕を見せるように同調する。
「ぐぅおおっ!」
言葉の意味がわからずともバカにされていることはわかったのか、ヒグマは大きく体を立ち上がらせ、鋭い爪を振りおろした。
それはノワールにではなく、ユタに対してだ。
――ザシュ……と、切り裂かれる音が夕闇に消えた。
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