第17話

楽しいアサヒとの食事も終わり横になる。


なんだか…料理も用意してもらったのに何もせず洗い物をさせておいて自分はケータイ触ってるなんて…居心地わるいな、気ぃ使っちまう。


もうあと少しで雨もやむだろうという天気に変わったかと思えばケータイから

『キンコーン』と通知音の調整が必要な大きさで連絡が入ったことを告げられる。


おー…田中か…なんだ?


『今日で2日連続のアサヒの欠席だが何かあったか?心配でしかたねえよ、もちろん俺だけじゃなくクラスの全員だな、アサヒのために学校来てるようなもんだし』

『っけ俺には心配はないってか?アサヒは俺の家でメシ作ってくれてるさ』

クラスの、いや学校のマドンナが自分のために食事の方付けをしてくれているのを自慢をするために彼らの見たことのない軽く後ろで髪を結んだエプロン姿のアサヒの写真を送る。

まるで♪マークが見えるかのようにご機嫌な様子は写真の中でも健在みたいだ。


「コウ君だれから~?」

「あー?女だよ女、看病させてくれってなデケェ乳で御奉仕ってな」


マルチタスクってやつは苦手だ、並列して文章を考えるなんて器用な芸当は到底できやしない。軽くあしらったがまあこれで今アサヒと話す気分じゃないってことは伝わっただろ。


『正面からの写真もPLZ』

『例の割引券頼むぞ?』

『もちろんだ、アサヒちゃんオフショットはプライスレスだからな』


そういえば水の音止まったな洗い物済んだのかな、ならもうアサヒの家に行く準備するか…あれ?アサヒどこ行った?

「コウ君」

「!!!!」

蟀谷の毛先に吐息があたりふっと揺れる、彼女の殺気を敏感に感知している。

耳元でささやかれたその言葉は重量を持って鼓膜を重々と震わす。

完全に背後を取られてしまったコウは必死に頭を働かせる。

「あ、アサヒ…どうした?」

「コウ君、それ、ホント?」

「ふぇ!?」

「女の子とそーいうこと話してたの、ホント?」

「い、いやいやいやいや!!じょ…じょじょじょっじょじょじょじょ冗談だって!ほらトーク見てみろって!男だろ?」

「へー…」

「私そういう冗談嫌いなんだよね…ねぇ、コウ君」

「っく…いだだだだ…痛い!」

可動域を考慮しギプスを施さなかった包帯で捲かれただけの彼の腕をアサヒは殺意を込めてぐりぐりと親指をめり込ませる。

「痛い?」

「痛いって!!やめ…」

「んん?」

「やめて…ください…」

「へぇー…」

「私はもっと痛かったよ」

「ごめんな…さい…」

「コウ君がそんなひどいこと言うとは思わなかったなぁ…ねぇ!」

アサヒの親指と人差し指はギロチンのようにコウの腕を挟み込む。

「ぐっ…がああああ…!!!!」

「なんでそんな私をわざわざ不安にさせるような嘘をつくの?ねえねえ」

「ご…ごめんなさい!!」

いつものかわいい顔に血管がいくつも浮き出している。

こういう時にコウは改めてアサヒの本来の性別を思い出す。

「本当に悪いと思ってる?」

「お、思ってます…」

「そ…じゃあキスしてあげるから口開けて、ベロ出して、目瞑って」

「へ?」

「はやく!!」

「は、はい!!!」

はぁぁぁぁ…めっちゃキレてるぅ…怖い…歯を食いしばって血管を額に浮き上がらせているぅ…迂闊だったなぁ…こんなに怒るなんて思ってもなかったなぁ…

多分アサヒは女の子って認識になってから時間がたってないから不安なんだろうな…まだ自分に自信が持ててないんだろうな…だからさっきからやたらと『かわいい』って褒めさせようとしてたんだな…でもそんなアサヒを捨てるわけないのに…

あ、そうか。今まではギリ男の娘だったから女の子は敵じゃなかったのか、アサヒがもう女の子になっちゃったから俺に近づく女の子は敵として認定されちゃってんのか…しんど…

ってキス?ん?今回はお咎めなし?まあ腕グリグリってされたけど…なんか怒り様にしては罪と罰が軽いような…


「ザクっ!!」

「いっっっっっっっっっっっっっってぇええええええええええええええ!!!!!!!!!!」

「え?なに!何をした!!!」

「コウ君は喋りながらキスするの?早く黙って?」

「ンンー…!!!」

「おかーさんがおとーさんにやってるのを見たんだ、だからコウくんも問題ないでしょ?2人の血を口の中で混ぜるの、いいでしょ?」

んべっ、と取り出した長い舌にコウの血の付いた包丁を向ける。

すると先程まで口を抑えて悶絶していたコウがそれを制止する。

「俺を傷つける分にはまだいいがアサヒを傷つけるな!クソ!俺のだぞ!!」

怒りと力のこもった手で彼女のそれを阻止する。

「コウ君…」

「もー…わがままだなぁー!」

「でも、いいよ、コウ君のお願い聞いて上げる。よくできたね、私の気持ちを変えるなんて」

「クソ!クソ!クソ!しゃべりにくい!」

「ほら、コウ君の気概を認めて血が止まるまで私が舐めて上げる…んんっ…」

ぺちゃぺちゃと動物が水を飲むような音が響き渡る。

(コウ君、さっきは本当に腹が立ったけどおしおきはおしまいにしてあげる、なんだかんだ言っても私のこと思ってくれてるのが伝わったよ。大好き!)

(俺ホントにこいつに付き添ってやれるのか?アサヒの父さんはもっと悲惨だっただろうけど俺は耐えれるのか…まあいいや…キス気持ちぃし)

2〜3分抱き合っただろうかようやく2人は剥がれると先程の日常に戻る。


「それじゃコウ君行こっか!おてて繋いでね〜」

「これ転んだら手を付けられないし頭から地面に行かないか?」

「そうだとしても私は手を繋ぎたいの!」

「あー…クソ、ワガママなやつ…」

「そういうコウ君は?」

「手を繋ぐだけじゃなくもっと色々したい、こんな可愛い娘と手を繋いでたら緊張するしな」

「むほほ〜そーだよねぇー?私可愛いからねぇー?」

こいつが可愛いすぎるせいで最近女の子で勃たなくなってきてるかもしれん、まあ、だから試すわけだが。

二人で抜けた改札にはいつか見た駅員がいた。

二人で腰掛けた優先席はいつかのように痴漢はいなかった。

いつも二人で入っていたトイレはアサヒとコウで別の色のピクトグラムを選んだ。

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