第12話

なんで…どうなってるの?

どうして…


「どうしておかーさんはおとーさんの腕に包丁をさしてるの?」

「おう、アサヒ来るのが遅かったな」

「あなた…そんな…ごめんなさい…私…私」

「アサヒ…この坊主、コウ君…だっけか?」

「コウ君を離すなよ?そのめんどくさい誤解を解いたら手放すな、俺が二人の関係を認める」

「おとー…さん?」

「俺は少しこいつを試してみようと思ってただけなんだ、まあ心が通じ合わずにこんな結果になっちまったが」

「コウ君は最後の最期に呪いを残さないように、アサヒのこれからの人生に支障がないように、アサヒに祝福を願って自分の死が最善であると思い覚悟を潔く固めていた」

「俺は何度も人間の死期を見てきたが坊主のような自分が愛したものを守るような奴はいなかった」

「こんないい物件そうそうお目にかかれない、絶対に逃すなよ?」

自分の掌を貫かれつつも何もないかのように飄々と一方的に話す血の滴る彼を当事者たちは後ろで一刻を争う事態に対しての治療の準備をする職員に目もくれず見つめる。

「まあ、後は若いやつらでやっててくれよ、積もる話もあるだろうしな」

「坊主!そのクソめんどくさい俺のガキを頼んだぞ!俺は今から超めんどくさいことをした女の収集つけるからさ!っておいおい、担架なんていらないって、自分で歩くからさ」

「奥様も、一緒に来てください」

真っ青な顔で手についた夫の血を舐める母も夫の残った右腕に引きずられるように医師団と共に病室を去っていった。


嵐のような家族会議に巻き込まれたコウは沈黙を破りかねていた。


クソ…あんなに、あんなに会いたいって思ってたアサヒにようやく会えたってのに…話したくて仕方なかったってのに…

冷静に整理してみよう…アサヒの母さんが俺がアサヒを振ったって言ってたな…

まあ確かにアサヒのことを拒絶して窓から飛び降りたのが最後の別れなわけだ。

でもそんな明確に振ったとは言えないんじゃないのか?

なにか俺の発言を誤解した…?でもそもそも会ってもないし…

クソ!考えてもわからねえ!なんでこうなったかは分かんねえ、それよりも大事なのはアサヒの視点だと俺はどんな奴になってるかだ

そのためには…やっぱり俺から聞くしかないか…この気まずい沈黙を破るしか…


コウの横たわるベットの隣で丸椅子に腰かけもじもじと沈黙を貫いているアサヒに視線を送る。

アサヒの母の目を腫らしているという発言の通りにアサヒの宝石のような目に陰りと憂いを見た。

罪悪感とアサヒが自分を許していないだろうという気遣いから謝ることすらできない自分に不甲斐なさを感じる。

どうしても自分から沈黙を破れない。自分を許せない。こんなに悲しませているというのにそれを謝る勇気が出ない。

もはやアサヒとの会話よりも自己嫌悪に集中していた。


数時間に感じる数分がたったころ、アサヒがようやく口を開き沈黙を破る。


「ごめん」


コウは大きく目を見開き激しく怒りを覚えた。


は?なんで謝らせた?

謝るのは俺の方だろ!

俺がいつまでももじもじくだらないことばかり気にかけているもんだからアサヒに謝らせてしまったじゃねえか!!!

ふざけるな!テメェ!自分がやったことだろうが!!!自分の行動に責任もって謝るのがスジだろうが!!!

本当に何やってんだよ!テメェの愛した人一人にナニ怖がってんだ!

何怖がった結果こんな目に会わせてんだ!男なら怖がっても何があっても愛したものを守るもんだろ!

クソ!!ひとまず俺もアサヒの何倍も謝らねえと!!!


しかし、一度ため込んだものが噴き出すと止まらなかった。


「私…ずっとコウ君のやさしさに付け込んでた…」

「酷いことしても、コウ君の気持ちにならずに私が捨てられたらどうしようって考えてた…」

「コウ君がどれだけ嫌がっても、どれだけ私のせいで傷ついても…自分の事しか考えてなくって」

「最…低だ…よねこんな私」


大きな瞳に見合うだけ大きな粒の涙をボロボロとこぼし始めた。

「こんな…こと今更言っても仕方ないのはわかってるの…でも…せめてコウ君に謝っておきたくて…」

「コウ君に会うことがいけなくても、コウ君に会う資格なんてなくても、これからのコウ君のために…」

「本当に…謝りたくて…」

「コウ君!…いままで本当に…ごめ」

「やめてくれ!!!!」


一瞬で病室が水を打ったように静かになる

件の刃傷沙汰のせいでずいぶんと時間がたち差し込めた夕日がコウの涙ぐんだ目を照らす

花瓶の桔梗は部屋の空気に気圧されころんと首を堕とす。


「ひぐっ…ひぐっ…そう…だよね…迷惑だよね…嫌いになるよね…でもいいの…これが私の責任なの…」

「やめろ…やめてくれ」

「なんで…なんで…だよ…」

「謝んなきゃいけないのは俺の方だろ!!」

「俺は好きな娘になんて言われるのかとビビり倒して!守ることができずにこんなに傷つけたってのに謝れなくて!」

「自分が許せなかったってのに…なんでだよ!」

「どうしてアサヒが謝ることがあるんだよ!!」

「俺はアサヒに責められるべきなんだ!守るどころかこんなにも傷つけたんだ!許されるわけがないんだ!!」

「それなのに…俺ときたら…何時までも謝れずに…こともあろうかアサヒに謝らせるなんて…」

「最低のカス野郎だ!最低なのは俺だ!!!こんなに最低なのに!!最低なのに!!!」

「自分を許せないのに!!!まだアサヒが大好きで諦められないんだ!!!」

「だから…もう…俺に構わず自分のやりたいように―—んぐ!!!?」



アサヒはコウの胸倉を片手でつかみキスをする。

先ほどまで愁いを帯びた頼りなく泣きじゃくっていたアサヒの目は、男らしくコウの目を強い視線で見ていた。


そういえば…初めてだね。

今までえっちの時とかにフレンチなキスは何回もしてきたけど…

ベロチューはこれが初めてだね。


感情をむき出して涙目になり独白していたと思えばいきなり唇をふさがれ事態を呑み込めないがキスをされたということはわかった

だがいつもと何かが違う。

唇をアサヒが舐めてくる。

口のノックに応えるように唇を軽く開くと無理やり口の中に舌が入って自分の舌を掻き出そうとしてくる。

今までキスくらいなら何度だってしてきた、だが何もかもがちがう。アサヒの口紅かなにかの化粧っぽい味とアサヒの唾液の味が口に広がりよくわからないがたぶん甘い

アサヒの舌と絡み合い擦り合うたびにバチバチと脳が幸せを感じる。

アサヒに見つめられているが見つめ返すことができない。いくら気力を振り絞っても気持ちよすぎて白目をむいてしまう。

口の中がすべてアサヒに書き換えられたところでようやくアサヒが満足したのか離れてくれる。

あまりの気持ちよさに蕩けてしまい気を確かに保つことがむずかしい。


「コウ君…私も大すき…!」

コウの手を取りにっこり笑いながら大粒の涙を流す。

「私の事…あきらめないで…」

「これが私の…やりたいことなの…」

「そして…絶対コウ君のことを悪く言わないで…!お願い」

「あ…さひ…」

「なに?コウ君?」

横になった彼の上で抱き着き耳元でささやく

「俺の事…嫌いじゃないの…か?」

「当たり前だよ…コウ君は…?」

「…やっぱり大好き…本当に愛してる」

「…むほほ、よかった…」

力いっぱいにコウの身体を抱きしめるアサヒに応え、アサヒの身体がへし折れんばかりに抱き返した。

華奢で頼りない細い体だが一本太く柱が通っていた、それについ甘えてしまう。

「うぅ…ぐすっ…」

「あぁぁぁ…うぅぅ…」

お互いの胸で泣き合う彼らの涙は先ほどと違い透き通っている。

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