第10話
「それじゃあ今日からお隣に患者様が入られますがお願いしますね?」
「あーはい…」
「どーも、よろしく」
腕に管がつながった姿の似合わない,がっしりとした体の男性が隣のベットに横たわる。
「それじゃあ何かお変わりありましたら気兼ねなくお呼びくださいね」
「あ、それなら連絡先でも交換してくださいよ、今はともかく体が元気になったらお姉さんとデートしたいからさ」
「…既婚男性の分際で口説かないでくださいねー、次また口説いてきたらあなたの奥さんに告げ口しますよー」
いままで一人部屋だったのに…このおっさんが入ってきたせいで自由じゃなくなるな、アサヒが来ても誰もいないからイチャイチャできると思ってたのに、
アサヒが来ても…いいように…
くそっ…ダメになった俺の頭はくそったれたことしか考えねぇな…
気分転換におしゃべりでもすっか
「おっさんはどーして入院を?」
「あー…病名は脱水と栄養失調と極度の疲労…になるんじゃなかったか?」
「いや地下労働でもさせられてたんですか?」
「まだそっちの方がマシだったかもな」
あんまり聞かないほうがよさそうだな…
「坊主は?右腕のギプスは何をやったんだ?二股しようとしたら本命に折られたか?俺も若いころにやられたもんだよ、いやー…メンヘラってのは嫌になるね」
「どんな人生送ってたらそんなことになるんですか…僕のケツを狙ってくるカマホモから逃げるために学校の三階の窓から飛び降りたんですよ。」
「どんな人生送ってたらそんなことになるんだよ…」
「おっさんは指輪をされてるってことは既婚者ですか?まさかその腕を折ってきた方と?」
「ああ、そうだ人生何があるかわからないもんだぞ」
「家庭内でも暴力を?栄養失調…脱水…疲労…まさか…」
「おっと、べつに家庭がうまくいってないってことじゃないぞ、今はもう俺の女も丸くなったもんだからな」
「でも…これはホントに奥さんにやられたぞ」
「じゃあやっぱり家庭内暴力を受けてられるみたいで、警察に相談されたらどうですか?」
「ああ、考えておかないとな、愛ゆえに殺されるってな」
「おっさんは…数々の修羅場をくぐってこられたみたいですね…」
「まあー…キミくらいの頃にはその奥さんと付き合ってたからな、それからずーっと殺されそうになってるぞ」
「それじゃあ経験豊富なおっさんに相談してもいいですか?」
「勝手にしろ、坊主が何か抱えてるってのはわかってたからな」
「それじゃあお言葉に甘えて…」
病院で抱えていたもやもやをコウは話した。
隣のベットのくたびれた男は途中なにかを察したように「フン」と鼻で笑った以外に相槌も返事もなく寝ているのか不安になるくらい静かに、ただ聞いていた。
コウも最初はこんなであったばかりの男に話すなんて馬鹿げていると思っていたが徐々に熱が入り自らの心情を吐露した。
そうやって相談しているときにふとアサヒの顔がよぎるとたまらなく寂しくなった。
「それで…一番気になるのがなんで学校を休んでまでお見舞いに来たのに気が付いたらいなくなっていたのか…なんですけど…」
「それからというもの連絡もつかない、だろ?」
「はい…これはもう、許さないからなということなのかなって」
「なるほどな、まあ直接聞いてみるしかないだろ」
「それでテメ―の女に会った時に今言ったことを包み隠さずに言え、たぶんテメ―の女は何か誤解が根底にあるはずだ…おっと電話だ、少し離席するぞ」
「ああ、はいどうぞ…」
「んあ、もしもし?…っ!やかましいな…落ち着いて要点だけ言え…」
連絡のしようがないんだからほんとに会うしかできないよな…でもどのツラ下げて会えばいいんだ…なんて謝ろう…
おっさんの言う通りに思ったことを正直に言うしかないな、あー…クソ…会いたいのに…こんなことばっかり考えてると会うのが怖ぇ…
あー…アサヒの笑顔が見たい…あの綺麗な笑顔が…
「…」
笑顔が見たい…ねぇ…
アサヒの笑顔を見れなくしたのは…アサヒの笑顔を奪ったのは…いったい誰だって話だわな…
はぁ…身勝手な野郎だな…まったく…
「待たせたな、だが電話してるときに坊主にとって何がベストな選択なのか、思いついたぞ」
「俺はナースコールをしてさっきの看護師を口説きまくる」
「・・・」
「もう好きにしてください…僕はもう考えるのに疲れたので寝ます…カーテン閉めてください…」
「あと、なるべく静かにしてくださいよ?寝るんだから」
「はいはい、寝ろ寝ろクソガキそれもまたいい選択だ」
「はぁ…」
なんで一瞬でもこんなロクでなしを信じて相談しちまったのか…何もかもうまくいかねぇな…
アサヒ…俺を励ましてくれよ…俺の悩みを聞いて慰めてくれよ…
あいたいな…
古風で落ち着いた喫茶店に制服姿の女学生二人が話し合う。
「本当に病院ではお世話になっちゃったね…」
「あー、大丈夫大丈夫!それよりアサヒちゃんの方は大丈夫なの?」
「うん…何とか落ち着いてきたよ、それで…告白の返事なんだけど…」
「まだ結論は出てない感じかな?」
「その…元彼にもう一度会って話をしなくちゃいけないなって思って…」
「フラれたときに何か言われてたんだけど…まったく聞いてなくて―」
「なにか事情があったんじゃないのかなって思うの…」
「正直なんでフラれたのかも聞いてないし…」
「…」
「…でも私がきっと悪いんだよ」
「だって…コウ君が…彼が入院した原因は…私が無理やり彼に迫ったから飛び降りたんだし…」
「え?」
「ふふ…そうだよね、わけわかんないよね」
「どんな付き合い方してたの…?」
「ってそんなことより、わざわざ元彼なんかに会いに行くの?」
「彼なんか…?」
「そうだよ!アサヒちゃんをそんなに傷つけて、すべてを受け入れるみたいなスタンスだったのにアサヒちゃんを拒絶して飛び降りたんでしょ!?」
「そんな男のもとに行ってもロクでもないいちゃもん付けられてただアサヒちゃんに攻撃するだけだよ!!」
「私のアサヒちゃんにそんなことさせないんだから!それにもうアサヒちゃんはそんな男に渡したくないもん!」
「アサヒちゃんはそんな男のもとに行く必要なんてないんだからね!」
「そんな男よりさー…やっぱり私と付き合ってよ!」
「私ならアサヒちゃんを絶対捨てたりなんかしないよ!何をするにもアサヒちゃんと一緒だからね!」
「和泉ちゃん…」
「アサヒちゃん!もう一度言うよ!」
「アサヒちゃんが好き!私のものになって!私だけを見て!絶対に離れないって言って!」
「…私」
「ちょっと病院に行ってくる!」
「え?!アサヒちゃん!なんで!?」
和泉ちゃんも魅力的だけど…なんだかおかしい
さっきから話を聞いてたら和泉ちゃんの欲望ばかり一方的に言われて…私の気持ちだったり私のことをちゃんとおもってない…
なんだか自分さえよければいい独りよがり…みたいな
独りよがり?自分さえよければ?
病院へ急ぐアサヒの足が止まり今までの自分と照らし合わせ顧みる。
今思い返してみたら…私もそうだった?
『直接会って、謝らないと!コウ君のためにならないと!私が嫌われちゃう!コウ君に嫌われちゃう!それだけは嫌だ!!』
『どうしたらコウ君がそんな私を必要としてくれる?私がこんなにコウ君を必要としていることをどう伝える?もしもコウ君がいなくなっちゃったら…私はどうしたらいいの?』
私も…すっごく自分のことしか考えてなかった?
そうだよ…だってコウ君が飛び降りてから…一度も…コウ君の身体の心配してない…
ずっと…私がこの一件で嫌われないかだけを考えてた…
どうしたらコウ君に許してもらえるかを考えてた…
元は私のせいなのに心配してたのは自分のことだけ…
あやまろう・・・
フラれたって仕方ないようなことばかりしてたんだ…
それに気付かずにコウ君のやさしさに付け込んでやりたい放題して…
でもこんな私を…今まで愛してくれてた…
嫌がることはあっても私のことを咎めることも見捨てることもしなかった…
ああ…なんで…どうして…
私…どうして今までわからなかったんだろう…
コウ君は…優しい人だ…
せめて…きちんと直接会って今までのお礼を言おう、彼がいないこの先も彼に会うのも怖い…でも彼の…コウ君のためにも決着をつけよう。
それにしても…
『ってそんなことより、わざわざ元彼なんかに会いに行くの?』
『彼なんか…?』
なんかって言われた時…すごい嫌な気持ちになったなぁ…
はぁ…やっぱり私…
コウ君のこと好きだなぁー
「・・・」
「別れたくない…」
口惜しさとかなしさをかみつぶすようにしかめた顔から
アスファルトに2~3粒の水滴が落ち、乾く。
カーテンを閉め微睡んでいるところに来客が現れる。
「ほら~こんなかわいい奥さんがお見舞いに来たよーって、ありゃ寝てるのかー」
「あっ、お隣さんの奥さんですか?」
「いえーい!そうでーす!長い付き合いだけどまだまだ仲良しなんですよー!」
「…なんだか僕が想像してたお隣さんの奥さん像とかけ離れてるみたいですね、もっと恐ろしい方かと」
「えー!この人そんなこと言ってたのー?」
「入院したのは奥さんのせいだとか…若い時に腕を折られたとか…てっきりDVな奥さんかなと」
「もー!そんなこと言ってたんですかー?だってこの人が女遊びをやめてくれなくてー私以外の女を見るからーまあ当然だよねー!」
「…そうですか」
「まあお見舞いに来られたのならナースさん呼びますね、ちょっとカーテン開けてくれませんか?手が届かなくて」
「はーい!よいしょ!」
シャー!
「ん?アサヒの母さん?」
「…コウ君?」
アサヒの母の目からにじみ出た殺気は彼女の動きについていけずに光の跡となった。
旦那へのお見舞い品として持参したのであろうフルーツのかごの中から果物ナイフを取り出しコウの首に突き立てる。
コウも何が何だかわかっていないが動物としての本能が彼の残った左腕を動かした。
本気で迫るナイフはなんの躊躇いもなくコウの眼の前に降ろされ既の所でせめぎ合う。
利き腕が負傷した状態だとしても明らかに女性の、特にあんなにおっとりとしたアサヒのお母さんの見た目からは想像できない力が伝わる。
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