第9話

スカートを履いた男の娘が女子トイレでえずく、第三者から見れば情報量の暴力に耐えきれないであろう。

実際には何も出ないがショックがあまりにも強くトイレから離れることができない。

何件かコウからの連絡がきたもの通知を見ただけで気分がさらに暗くなり耐えきれず通知を無効にし再び便器を見つめる



「そ、その…大丈夫?」

見覚えのないセーラー服を着た女の子に声をかけられる。

「うぅ…ごえぇ…」

「死…ぬど」

「大丈夫そうじゃないみたい?」

「背中…さすって…」

「はいはい…」

「ほら…落ち着いて、まだ何も出てないみたいだけど…気持ち悪いの?」

「うん…ありがとう…本当にありがとう…」

彼女の暖かい手のおかげで気持ちがすごく落ち着いてくる。

もう誰にも愛されない、認めてもらえないそういった思考がぐるぐる頭を駆け巡っていたアサヒにとってどんな薬よりも効果があった。


「心配してくれてありがとう、何とか落ち着いてきたよ…」

「それは良かった!大丈夫なの?何かあった?」

「…うん」

「それが…大好きだった彼氏にフラれちゃって…」

「いままでこんな私を好きでいてくれた人なんて彼しかいなかったのに…そんな彼を失っちゃって…私これからどうしたらいいんだろうって」

「うっ…考えたら…また少し気持ち悪くなって…」

「大変だねぇ…無責任に感じるかもしれないけど、またすぐにいい人が見つかるって、キミそんなにかわいいんだからさ」

「でも…でも…」

「私も、最近フラれちゃってさー」

背中までかかる長い黒髪を耳にかける彼女は若いながらもどこか気品があり寂しげだ。

「いやー…私みたいなやつにはなかなかもう恋人なんて作るのは難しいんだけどさ、キミならすーーぐ新しい男とイチャイチャできるよ、大丈夫」

「こんな私をそう易々と受け入れてくれる人なんて現れないに決まってる…それに」

「あなたもきれいなんだから彼氏も直ぐにできるよ」

「いやいや…彼氏じゃなくて彼女なんだよねー…私女の子が好きでさー」

「え?」

「ホントだよ?ハハッ…こんな話あってすぐの人にされても困るよね…でもなんだかキミを見てると話したくなってね」

「実は…私も本当は男なんだ…」

「…ええ!?それ…本当!?え?!え!?」

「うん…男なのに…こんな恰好したり…彼氏にフラれて自暴自棄になっちゃったりして…変だよね」

よく知らない彼女が固唾を飲み込む。

「女の子には…興味ないの?」

「興味ないってわけじゃないんだけど…気持ちは女の子だから…ちょっと変な気持ちかな…」

「女の子が女の子を好きなってもいいじゃない?ダメ?」

「私は…キミに会った時から…なんだか変な感じなんだけど…女の子として好きっていうか…正直恋愛対象としてみてたというか…」

「…」

「ねえ…私じゃあ…ダメ?」

「え…?」

「その…キミ名前は…」

「あ、アサヒです…そういえば名乗ってなかったね」

「アサヒちゃんだね?私は和泉だよ!」

「和泉…ちゃん…って呼んでいいのかな?」

「うん!和泉ちゃんって呼んで!」

「それより…私じゃダメかな…彼氏じゃないとダメ?アサヒちゃんの彼女になったらダメ?」

「…ダメってわけじゃ…」

「私…初めて男の子を好きになったの…」

「その恰好、女の子の恰好でいてくれていいから…私と付き合ってくれない?」

「こ、こんなに私にとって相性のいい人に出会えるなんて奇跡みたいなものなの!お願い…私にはあなたしかいない…」

「私しか…いない…」

今まで私はコウ君にそうやって思ってた…コウ君しかいないと思ってた…でもコウ君はそうじゃなかった…

和泉ちゃんには私しかいない…私しか…

私も…コウ君に向けてた思いを…和泉ちゃんに充てたら…

…コウ君もそれを望むんだろうな…コウ君は…私をあんなに嫌がっていたんだから…

「ちょっと…考えさせて…」

「まあ、そうだよね…私待ってるから!はい、これ私の連絡先!アサヒちゃんの連絡先もくれない?」

「うん…ちょっといろんな人に相談してみるね…コウ君…元彼のことも少し気になっちゃってるから…」

「あー…まだそっちが解決してないんだね?それなのに…こんなことを言うのはすこし気が利かなかったね…ごめん」

「ううん…和泉ちゃんのおかげで気持ちがすっごい落ち着いたよ、本当にありがとう、あのまま帰ってたら朝刊に乗るかこの病院に救急車に乗って逆戻りするところだったからさ」

「アサヒちゃんの気分がよくなったならよかった!それじゃあ落ち着いたらまた私に連絡してね!」


アサヒ…帰っちゃたな、何かあったのか?心配だ。

それとも…怒ってるのかなーまあそうだろうなー…

アサヒの顔が見れて…すっげえうれしかったけど、アサヒは俺に会いたくないくらい怒ってるんだろうな…

でも本当に怒っていたのなら病院まで授業を抜け出してくるか…?

なにか…あったのか?

あー…頭がこんがらがってきた…お腹もすいたし弁当でも食うか…

「ん?これ俺の弁当箱じゃないぞ?…」

そういえば…今日アサヒの家で目を覚まして…アサヒに作ってもらったんだっけ…

そー言えば今日はずいぶんと濃い一日だったなー

泥酔してアサヒの家に運ばれて、アサヒのザーメンモーニング食わされて、制服ザーメンまみれにされて、アサヒの金玉ぶって、窓から飛び降りて緊急搬送されて…

今日アサヒばっかりだな…


なれない片腕で慎重に蓋を開けると自分の好きなものばかり入った弁当の中身をみて驚く。


「うわ~…これはまた…うまそうな…」

味は…?文句のつけようがないくらいうまい…

アサヒは俺のことを知り尽くしてるな…次に会った時にはお礼を言わないとな…

っていうよりも先に謝るべきか…あいつの視点になってみたら俺はアサヒを拒絶して窓から飛び降りたってことになってるはずだし…先に誤解を解かないと…

やるべきことが多いな…はぁ…

「お弁当おいしい…」

利き腕が折れたから飯を食うのも一苦労だ…ナースコールしてフォークでも用意してもらおうかな…

弁当の味はこんなにおいしいのに…なんか味気ないな…

そういえば一人きりで飯を食うなんていつぶりだ?基本的にアサヒがどこからともなく現れては…あの手この手でザーメンを混ぜようとしてきたけど、それも楽しかったな。

「さみしい…アサヒに会いたい…」

ずっと既読が付かないけど、もう一回アサヒに連絡してみるか…


久しぶりの孤独を味わいながらいつもの倍以上時間をかけて昼飯を病院のベットの上で済ませた。


「早くアサヒに会いたいな…」



うつむきながら自宅の扉を開ける。

「ただいま…」

「え?お帰り?学校はどうしたの?こんな早い時間に帰ってきて…」

「おかーさん…私コウ君に…コウ君にフラれちゃったぁ…ひぐっ…ひぐっ…」

「…あたたかい飲みもの入れてあげるから待っててね…」

「ううぅ…ぐすっ…」

「おとーさん!アサヒちゃんが、彼氏にフラれたって!」

「どうしよう!私が慰めたほうがいいのかな…!でもうまくできるかわかんないよーー!!!」

「・・・」

「もう!!朝からたった30回シただけなんだから早くしっかりしてよ!私たちの娘(息子)が酷く傷ついてるんだよ?」

「・・・」

「あー!!!もう!!!もうもうもうもう!!」


「お待たせーほら…ミルクティーだよー」

「ありが…とう…」

コップまで熱かったのかセーターの袖を伸ばしてコップを持つ。

「それで…何があったか話せる?」

「うん…今日…保健室で二人きりになることがあって…」

「それで…その時に嫌がるコウ君に無理やり…好きにしようとしたら…」

「コウ君がいきなり三階の保健室の窓を突き破って飛び降りて…」

「ん?」

「それから救急車に病院まで運ばれていったんだけど」

「みんなが私のことを心配して病室までお見舞いしに行ったら…」

「コウ君に別れてくれっていわれたの…別れてくれって…ううぅぅぅ…コウ君…」

「きっと私にもう耐えられなくなったんだよ…私がこんなんだから…」

「…なんだか状況がよくわかんなかったけど…コウ君はそのあと何か言ってたの?…例えば何が嫌だったとか、どうして別れたくなったとか…」

「そういえば…何か言ってたような気がしたけど…何も覚えてない…いや…何も耳に入ってこなかった…」

「うーん…別れてくれって言われたにしてもひとまずコウ君と話してみたら?じゃないと何があったのかもわからないんだから…」

「もし何か誤解してるようなら…」

「勘違いでコウ君を殺しちゃうかもよー?」

「そう…かも」

「もしも…コウ君に好きな子ができて…だから別れたかったのなら…私のものにならないくらいなら殺さなくちゃいけないからね…」

「そうでしょ?だからひとまずコウ君と話さなきゃ!」

「うん…そうするよ!すこし怖いけど…事実を知らなくちゃいけないよね…」

「そうね、怖いかもしれないけど行動しなくちゃいけない時もあるんだから!がんばって!」

「それじゃあ、ひとまずコウ君に連絡をしてみるよ!」

「また何かあったらお母さんに相談しなさいね?お母さんも…おとーさんもアサヒちゃんの味方だからね!!」

「うん!ありがとう!」



「さてっと…あれ?コウ君の連絡先が…ない?」

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