第8話


「アサヒ…なんか大変なことになっちゃってたみたいだな…」

「アサヒちゃんひとりで行かせずに私たちの誰かでもついて行ってたらよかったかな…」

「わ、私が…コウ君に責めすぎたからこうなったんだ…私が…」

「いやいやそんなことはないだろ…コウの頭がおかしかっただけだ、普通どんな馬鹿でも三階の窓を突き破って脱出は考えない、そんなことをしたとしてもよっぽどの非常時にしか常識があればしないさ」

「そうよ!コウ君に常識がなかったからこうなっただけでアサヒちゃんに非なんてあるわけないじゃん!」

「うううう…ちがうの…嫌がるコウ君をよそに私があんなに無理やり迫ったからこうなったの…みんなの言うよっぽどの非常時になったんだ…」

「もう!何言ってるの!アサヒちゃんが悪いわけないじゃない!」

「ったく…こんないい子をあいつはこんなに泣かせやがって!そもそもこんな大事になってるから被害者みたいになってるが元をたどればあいつがアサヒにあんなことしなけりゃこうもなってなかったんだ!」

「そうだよ!何もかもコウ君が招いたことだよ!アサヒちゃんは悪くないって!」

「でも…でも…私が…コウ君を…大好きなコウ君が…」

「…見てられないな」

「アサヒ、今日はもうコウのお見舞いに行ったらどうだ?」

「というかそこまで重症じゃないんだろ?先生がさっき言ってたじゃないか、面会なんていくらでもできるだろ」

「あっ、それはいいね!ほら!そんなに気になるんならさ、私たちで先生が職員会議から帰ってきたら説明しておいてあげるからさ!早く行きなよ!」

「ぐすっ…わかった…そうだね…私がしたことなんだから私の責任を果たさなくちゃね…ありがとう!みんな!それじゃあ行ってくるね!」

「ったく…コウの野郎…あんなにいい子をこんなに泣かせやがって…」

「でも…アサヒちゃんも…なんというか少し独善的じゃない?」

「…言ってやるなよ、アサヒの中ではコウにとってもいい選択なんだよ、俺たちよりもはるかに一緒にいるんだから俺らが言っても仕方ない話だ」



コウ君!待ってて…コウ君に謝らないと!

コウ君!コウ君!コウ君!コウ君!コウ君!コウ君!

直接会って、謝らないと!コウ君のためにならないと!私が嫌われちゃう!コウ君に嫌われちゃう!それだけは嫌だ!!

コウのことしか考えることができず混乱しているアサヒの髪の結び目を電車が揺らす。


あんな風に無理やり私が迫った挙句に私を拒絶して窓から飛び立つことを選んだんだ、コウ君がどれだけ優しいといっても簡単に許してくれるはずがない!

どうしよう…どうしたらコウ君は許してくれるんだろう…もしコウ君に拒絶でもされたら?考えるだけで胸が閉まる。

彼に許してもらうにはどうしたらいいの…?考えろ考えろ考えろ…そうだ!コウ君が好きなようにえっちなことをしてあげれば…ってそれどころじゃないか

他のことが何も思い浮かばない…どうしたらコウ君がそんな私を必要としてくれる?私がこんなにコウ君を必要としていることをどう伝える?

もしもコウ君がいなくなっちゃったら…

・・・


もしコウ君がいなくなったら…私は男と女どっちとして生きるんだろう…

私は女の子として生きていきたいけど…コウ君以外の人が私のことをちゃんと認めてくれるのかな…


無理…だろうな…いままでと同じように…誰にも認めてもらえないんだ…うぅ…




「更衣室を女の方に入れてほしい?なーにふざけたことをいっているんだ、アサヒ!」

「そんなもん認められるわけないだろうが、何を言い出すかと思えば…」

「せんせー、俺も女の子たちと着替えたいでーす」

「ったく!アサヒ!お前は真面目な生徒だと思っていたものの…なんつーエロガキだっ!」

「アサヒもそーゆーの好きなんだなー!そういや女の子とばっかり話してたもんな!」

「ってなにそんなに恥ずかしがってるんだよ!男どうし裸の付き合いだろ?着替えてるときになんて隠すなって!」

「そんなに隠されたら逆に気になるだろ?」

「おーい誰かアサヒを抑えててくれよ!そーんな抵抗するからだぞー?」


忌々しい記憶が矢継ぎ早に想起される。




「ね、ねぇアサヒ君!」

「アサヒ君って好きな女の子とかっているの?」

「そう…なんだ!私はねー!いるよ!好きな男の子!」

「誰って…もう…やっぱりにぶいなー!」

「好きでもない男の子とこうやって毎日わざわざ帰ってると思う?えへへへ~!」

「それで~お返事を聞いてもいいかなー?」

「えっ?女の子相手じゃ…」


この社会に爪弾きにされ続けた過去が






「いやーエロ本買うにも一苦労だなー、ったくヤな時代になったもんだぜ」

「ってあれアサヒじゃね?」

「ホントだ!おい、アサヒ何の本見てんだ?」

「メイク…?おいおいまじかよ…」

「あっひゃひゃひゃ!こいつ女の本読んでやんのー!」

「まあそう笑ってやるなって、どうせ姉妹に頼まれてたとかのオチだろ」

「普通そうだって、運の悪い瞬間を見ただけさ」

「そりゃ普通そうだなー、アサヒ兄妹いたんだなー」


ハンディキャップを抱えた故の過去が






「あーーーー…もう我慢できねぇ…こんな時間にあんたみたいな上物がひとりでぶらぶらしちまうから行けないんだぜ?」

「こんな美女が犯されないとでもおもってたのかァー?」

「そんなひらひらのかわいい服も脱がしてやるよォ!」

「まあまあすぐ終わるからよ、好きな男のことでも考えてなって…」

「は?」

「こいつ…男?」

「女装した男か…?」

「あああーーーー!!!!クソ!!!!キモチワリィ!!!」

「すっかり萎えちまったじゃねえかよ!気持ち悪いなァ!テメ―みたいな変態は外出てんじゃねえぞ!!!」


普通に生まれたのなら、女に生まれていたのなら抱えずにすんだトラウマがよみがえる。





「ハァー…ハァー…ハァー…ううううううぅぅぅぅ…」

フラッシュバックに耐えきれずに電車の中だということを構わず泣きじゃくる。

「おねーさん♪どうしたのー?そんなに泣いちゃってー、かわいい顔が台無しだよー?なんか嫌なことでもあった?話聞こうかー?」

「…どう思う?」

「ん?」

声をかけてきたナンパ野郎の胸倉をつかみ、結んでいた髪を振りほどいて問いかける。

「僕は男だ!!それを聞いてどう思った!言え!!!」

「はぁ?…なんだよそりゃ…女装してんのかよ…」

「キモチワリィな…」

「女装してめそめそしやがって…誰かに心配してほしかったのか?腐った性根だな」

「う…うぅぅ…」

大きな瞳からボタボタと涙をこぼす、化粧などで作り上げた美しい仮面よりも美しい人間らしさがあふれ出している。

何かを憎むように合点をつける


「コウ君だ!!」

「コウ君ならこんなトラウマも認めてくれる!」

「どんな姿の僕でも認めてくれる!」

「僕に気持ち悪いなんて思わないでくれる!」

「コウ君さえ手に入れれば…僕はどうだっていい!!」

「他のに何もいらない!誰だっていらない!コウ君さえいてくれればそれでいい!!!」

「どいつもこいつも僕を認めない!!!普通に分類してくれない!!!」

「でも!!!!!」

「コウ君だけが僕のことを認めてくれる!!」

「コウ君コウ君コウ君コウ君!!!!!!!!!!」


加速する他責思考。

増悪する彼への完全依存。

裏付ける不条理。

変化への恐怖。

切望する現状維持。


「あー、彼のお友達?彼の病室なら三階の奥だよ」

「ありがとう…ございます…」

「彼…飛び降りたんでしょ?なんだか思い詰めていたみたいだし…話を聞いてあげてね」

「…はい」

「…そう…ですね」


病院に来るまでに気持ちが少し整理できたのか張り詰めた心がいくらかはマシになっていた。

だが、所詮は仮初の冷静だ、周りの人への配慮ほどの程度だ、コウに会えばまた取り乱すであろうことはうつむいてエレベーターのボタンを執拗に連打している姿から容易に想像できた。

ツカツカと踵で靴を急かすように奏でる。



流石に…いくらなんでもバカすぎたな…

その場のノリで窓から飛び降りちまったけど…映画とかでみたように無傷ってのはまあ無理…だわな…

「アサヒに顔向けできないな…」

ギプスで固定された右腕をかばい窓の外を見通す。今頃アサヒたちは学校で授業をうけているのかなーとか俺の話題でしばらくはトレンドをかっさらうことになるんだろうなーとか

他にすることもないのでぼんやりと考え事をしていた。

アサヒのやつ…怒ってるかな…

まあ俺なら激怒だろうな…こんなに迷惑かけちまって…

しかも原因はアサヒのことを嫌がって…と来たもんだからな…

アサヒを嫌がって…

アサヒを…

あんまり…気にしてないといいんだけどな…って都合がよすぎるか…

俺はアサヒの期待に応えるくらいならと身を投げたって…事実だけを見たらなるんだもんな…

それを気にしてないといいけどなんて…なんつー身勝手さなんだよな…

落ちてるときにも…思ったけど…俺は本当にあいつの彼氏として…恋人として生きてていいんだろうか…

あいつの人生にこれからも深く干渉してきてもいいんだろうか…

ダメ…だろうなぁ…

やっぱり別れた方がアサヒのためになるんだろうなー…


306…306…あった!コウ君の名前は…ある!こ、ここだ!!」

ガラッ!!!

「コウ君!!!私…あんなことしてゴメン!!その…体は大丈夫?」

まあ俺から別れた方がアサヒに

「こんな関係を続けることはできない、別れてくれ」って…言われちまうよりゃダメージないな。まあよっぽどあいつはそんなこと言わないだろうけど。

鼓膜の奥からキーンとした音しか聞こえなくなる。

この病院に来るまでに何度か想像してしまっていた粗末な杞憂が現実になってしまった。

別れる?別れる?自分にはあなたしかないというのに?

なぜ?なぜ?

なぜ私だけがこんなにつらい思いを?

何も聞こえない。何か喋っているみたいだが何も聞こえない。

気持ちわるい、吐きそうだ。

気が付くと走り出していた。



「おお!アサヒ!お見舞いに来てくれたのか!?ありがとう!」

「ってそれどころじゃない…か」

「本当にすまなかったな…その…到底許されないことだっていうのはわかってるんだが…その…」

「…?アサヒ?どこ行った?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る