第6話

 瞬きなくこちらを見ている。

 手が止まっている。

 笑みも浮かべていない。


「え、いや。その恰好が悪いって言ってないからな。絶対にない。そうじゃなくて、似合い過ぎて、もっときれいになるかなって……おれ、何言ってんだろ」

 どんどん墓穴を掘っている気がして、熱い顔を隠したくて頭を抱えた。

 すると、軽く下げた頭の上に手が乗った。


「影木、ありがと」

 つぶやくようにささやく児玉の声が聞こえた。

「ごめん。プレゼントが嫌なわけじゃないよ。ただ、見られていたことにビックリしたんだ。影木がまさかぼくを気にしてくれていたことに驚いただけだから」

 顔を上げると普段の笑みを浮かべた児玉だった。

「なんだよ。おれがそんなに関心ないように見えるって言うんだな」

 口をとがらせて言う。


 児玉からみた影木はきっと、友人でそれ以上でもそれ以下でもないのだろう。影木自身そうだと思っていたのだから、児玉からそう思われていても当然だった。

 けれど、そうでもないと気付いたのはどの時点だろう。目がつい児玉を追っている。

 学校でも、今も。


 これが玉木だったら、何を見ていようと、何を買っていようと影木は自分の見たいものを見て買っていただろう。

 そう言うと、児玉はなんと言うだろう。好きとはまた違う。親愛のような近しい感じが影木が児玉に対する気持ちだった。


 ふてくされる影木を見て児玉が笑う。横髪を耳にかけている今は、耳があらわになっている。影木は、ふと気になったことを聞いた。

「一つ教えてほしい。ピアスの穴、両耳に開けてるのに、いつも透明ピアスなのはなんで?開けてるからにはアクセサリー類が嫌いってわけじゃないんだろ?手に取ってたのっだって、そのピアスだけだったし」


 友達としてつるむようになってから気になっていた。一年以上一緒にいて、女性らしい恰好をみるのも初めてだけれど、イヤリングもだがピアスをつけているところを見たことがなかった。

 児玉は、テーブルの上に置いた両手を合わせると、一度ぎゅっと握った。そして、何か決意をしたように目を閉じ口を開いた。


「化粧ってさ、仮面なんだよ。よく見せてくれる仮面。自分を隠してくれる隠れ蓑。ぼくは、この格好は半分人の反応がたのしくてしてるところがある。もちろんぼくが好きだからしてるんだけど。けれど、ピアスは違う。言い訳ができない。ぼくは女性だ、男性だ、ってまだ言い切れない部分があって、影木の『好きがわからない』と似てる。ぼくはどっちなんだろうって思うけど、考えても答えはでない。ほんと、どっちでもいいんだ」

 そこで言葉を切ったあと、影木、知ってる?と続けた。

「ピアスって、つける個数と場所によって性別を主張してるってこと」

「いや」

 児玉は簡単に位置の説明をしてくれた。右が女性。左が男性。逆だと、ゲイやレズビアンを示すという。両耳ではファッションという意味とバイという意味も含まれるだそうだ。


 影木はそんなのは関係ないと伝えると、

「見る人によっては、こういう人なんだって見られる。化粧とはまた違っていて、アイデンティティというか、自分という個を自分から示すことができなかった。ぼくの性別はどっちだと思う?」

 薄く笑いながら聞く児玉は、寂しそうでもあった。


 児玉は、思い悩む姿を見たことがない。学校でだって、女みたいだと言われることもある。それでも、気にするそぶりもなく、女みたいだと言ってきた人物を味方につけてしまうような奴だ。それでも、理解されない、他とは違うものを抱えて、感じてきたのかもしれない。

 それは、影木が自分の好きがわからないで、周りと自分の違いを突き付けられるような、世間からはじかれている孤独感と同じなのではないか。

 そんな影木に児玉は『待てばいい』と言ってくれた。


「どっちでもない。児玉は児玉でいい。おれに決めないでいいとい言ったのは誰だよ」

「うん、ぼくだ」

「わかるまで待てと言ったのは誰だよ」

「ぼくだ」

「あれは児玉自身にも言った言葉だったんだな」

「そう……だね」

「おれは、さっきの店員に児玉が対応したように、相手を弄ぶぐらいの余裕のある児玉がすげぇなって思う。その雪の結晶、白は今の児玉に似合ってる。ファッションでいいじゃん。つけてよ」

 下を向き、こちらを見ない児玉は、何も言わずにうなずいた。

 どんな顔をしているのだろう。

 どう思っているのか見ることができないのでわからない。

 わからいというのはもどかしいものだ。

 けれど、これこそ『待て』ではないだろうか。


 クリスマスイブということで、お客が多いのか、注文が多いのか、口をお互いにつぐんだところで、先ほどの店員によって運ばれてきた。



 そのあとは、当たり障りのない話をして、小腹を満たして店を出た。

 外の喧騒は変わらず、空だけが夕暮れが迫ることを告げていた。

 もうすぐすれば、帳が下りはじめ、街路樹やツリーに施されたライトが点灯するのだろう。

 隣を歩く児玉の耳に揺れる雪の結晶のピアスは、十円玉ほどの大きさだ。

 ほほのラインで切り添えられたウエーブを描く髪を耳にかけると、見えるそれは、早々とつく街中のライトの光を帯びて、淡く光っている。


「やっぱ、おれの見立てはあってる。きれいだ児玉」

 児玉は、驚き目を一瞬だけ目を見開いた。

 そして、心に残るような満面の笑みを見せた。


「影木。来年もぼくにプレゼント贈って」

「そうだな」

 きっと、贈ることになる。好きな感情は知りたい。けれど、焦りや恐怖は前ほど感じなくなっていた。

 それは、児玉がいるから。わからない感情を肯定してくれたからだろうか。


 影木を見る愛おし気な目に、胸が痛い。

「ぼく、今女性に見えるんだよね」

「ま、まあ」

 なぜそんなことを聞くのかと訝しんでいると、影木の腕がぐんと重くなった。

「どうせ周りカップルだらけじゃん。ぼくらが腕を組んでたって、誰も気にしないって」

 そう言って、ぐっと腕を引っ張ると、チュッと軽いキスの音と

「影木。やっぱり、ずっとこのままでいて。誰も好きにならないで」

 耳元で優しく切なさを乗せた声がした。

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クリスマスに 立樹 @llias

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