第5話

 音がした正体は袋だ。それは、雑貨店で買ったもの。

 喫茶店に入ったあとのやり取りで、すっかり忘れていた。

 これは、児玉に渡すために買ったクリスマスプレゼントだ。

 影木は、顔から手を放して、自分の背もたれとの間にある袋を手に取った。

 買うときにプレゼント用にラッピングしてもらったクリスマスカラーの袋をテーブルの上に置いた。それを見た児玉がおやっという顔をこちらに向けた。


 告白を聞いた直後だったなら、気を持たせそうで、このクリスマスプレゼントは渡さなかっただろう。

 けれど、好きでも苦しくないと言った児玉がどんな反応を示すのか見たくなっていた。半分はこれでも苦しくないと言えるのかという挑戦的な気持ち。もう半分は気を持たせても大丈夫という安心感がそうさせていた。


 それ以外に気になっていたこともある。

 プレゼントとして買った物は雑貨店に入ったとき、児玉が最初に手に取っていた品物だった。


 他のイヤリングやアクセサリー類には目を向けず、それだけを手に取った。いろいろ店を回ったけれどアクセサリーを見ていたのはその一度っきり。

 雑貨や小物はいくらでも物色しているのに。アクセサリーとなると、その一瞬だけ。だから、余計に引っかかった。


 影木は、児玉が手に取っていた雪の結晶の形をしたピアスは、今の児玉によく映えるのにと、買わないで元の場所に返した児玉を残念に思った。

 雪の結晶の白は他人の意見や目線に染まらない、性別を自由にふるまう児玉のようだったから、クリスマスのプレゼントにとその場で購入した。


 渡したら、どんな反応を示すのだろう。

 もし、余計なことだとしたら、児玉は喜ばない。喜んでほしいのに逆効果だ。影木にとっては望んでいない結果。

 それでも贈りたくなったのは、せっかく買ったからではない。

 性別も好きな相手も、他の視線も全部受け入れているように見えたのに、そのアクセサリーだけ、諦めているように感じた。

 理由はわからない。


 好きという感情を無理やりにわかろうとしても苦しいだけ。自然に待っても、これからもわからないかもしれない。その焦りを後押しされたら、苦しくなる。

 児玉にも、苦しさを後押ししてしまったらという一抹の不安はあるけど、後押しされることで変わることもあるはずだ。

 焦りを後押しするのではなく、待つことを後押ししてくれた児玉の前に、手に持っていた袋を差し出した。


「クリスマスプレゼント」

 児玉は、もともと大きい目をさらに大きくしてその袋を受け取った。

 プレゼントの袋と、影木を交互に見る。

「雑貨店で買ってたのって、自分用だと思ってた。ありがと」

 嬉しそうな笑みを見せる児玉に対して、どんな反応が返ってくるのかと、影木の心拍は加速していった。

「開けていい?」

 うなづく。


 袋の中に、また袋。その中の透明な袋の中に、一組のピアスが姿を見せる。

 雪の結晶を象ったピアスを取り出す児玉の表情が固まった。

 一瞬、驚いた顔をした。

 どうなのかと、緊張感でさらに脈が速くなる。


「これ、ぼくの告白の答え、だったりして?」

「んなわけあるか」

「だよね。買ったときは知らなかったもんね。でも、知ったのにどうしてくれたの?ぼくが誤解してもいいって思っていいわけ?」

 問い詰めるわけでもない。やんわりと訊ねられ、顔を逸らしながら、アクセサリーを見ていたのは、それ一点だけだったこと。気になって購入したこと。そして、言うのがなんとなく照れくさく、手で襟足を掻くと、ぼそっと言った。


「似合うと思ったから」

 と付け加えた。

 児玉はふっと鼻から息が抜けるようにクスリと笑った。


「ほんと、かわいいよね。影木はそのかわいさを知るべきだ」


 かわいいと連呼され、もうどうでもよくなっていた影木は、ため息をついた。みんながいるときはこうも緊張しないのに。

「くそ。かわいいって言いすぎなんだよ。ま……、顔がいいより数倍いいけどな。嫌なら返せよ」

「嫌なんて言ってないって」

「でも、買わなかったじゃん。おれだって迷ったんだ。もし、何か気になることがあって買わなかったんじゃないかって。それだったら贈るのもどうかと思ったんだけどさ。……、その格好のせいだ」

 最後の言葉は、買ったことへの言い訳だった。それなのに、児玉は黙った。


 無言を異変と取った影木は、児玉へと目を向けた。

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