第4話
「ぼくだって、だれかれ構わず、こんな格好で好きなんて言わないよ。影木だけ」
「めっさ特別感満載だな、おい」
「影木だから」
それほどまでに特別視する何かがあったのだろうか。
首をひねっていると、
「別に影木が顔がいいからとかじゃない。それに、付き合いたいとかじゃないから」
「それって、おれって安全パイとかそういうの?恋人アウトオブ眼中とか?」
何それと笑う児玉が、違う違うと軽く手を左右に振る。
「そうじゃないって。影木にその気がないでしょ」
見透かされているのように見られて目を逸らした。
「なんでわかんだよ」
「見てるから」
「そんなにおれのこと好きなの?」
「そう」
「両想いになれなくても」
「そう」
「苦しくない?」
「そうでもないよ」
児玉より、おれの方がなんか、損してるみたいだ。
「好きってどんな感じ?」
「ぼくに聞くのそれ」
苦笑気味に言う。
「誰に聞くんだよ。児玉しか今いないし」
「ま、そうか。好きな人見てたら、幸せで、手に入れたくて、胸が苦しくなる感じ?人によって違うからわかんないけど。あと、影木が他の人に取られるのはいやだなって思う。不動の位置にいる人物ができないようにって願っちゃう。駄目って思うけど、やっぱ独り占めしたくなる」
「じゃあ、今は?」
「独り占め状態。うん、いい」
「幸せそうでなによりだ」
「それでも、影木が幸せそうにしてないと、ぼくも幸せじゃないから」
「好きになることって、当たり前だろ。自然とそうなるみたいな。そんな思いしたことなくて、どうなったら好きっていえる?」
幸せが好きとセットなら影木は幸せではない。そんなことはない。けれど、彼女ができてうれしそうな玉木を見ていると、特別で羨ましくなる。
感情がわいてこない自分に焦りを覚える。これからもずっと、その感情を知ることはなかったらとも恐怖する。
恐怖や焦りを手放すには、まだ、早すぎる気もして、枝分けれしているどの道に進めば、好きという感情が手に入るのだろうか。
「好きって感情や本能みたいなものだから、理性とか考えてても手にはいらないんじゃない?」
「ん?」
「だから、好きになろうとしてもならないってこと」
「それは、諦めろってこと?」
「来るのを待てってこと」
「来なかったら?」
「来なかったら、むしろ、そのままでいてほしい。ぼくだけの影木って感じで」
柔らかく笑む目に見つめられ、顔が熱くなる。好きという感情がわからなくても、相手の好意は伝わるものだ。面と向かって直接伝えられるそれは、むず痒い。
「顔を見るなって」
手で顔を隠し、児玉の目を遮った。
「やっぱ、かわいいよね」
「からかってるだろ?」
指の間から見る児玉は口元を緩ませている。
からかわれているとしても悪い気はしない。気持ちを知っても明日から気まずい感じもしない。それはなぜか。
よく告白して振られたら、元の関係には戻れないと聞く。それが、児玉にはないのは、きっと、児玉が影木に対して何も求めていないからだろう。
好きになることは、これからもないかもしれない、というひけめはある。それも甘受して、わからないならわからないでいい。今もこれからも気持ちは変わらないと言っている児玉が、自分よりもずっと大人に感じた。
受け入れる器が自分より大きいことに、安心してはいけないのだろうけれど、我を張ったり、答えを早く出さないければという焦燥感はずいぶんと減っていた。
背もたれにもたれると、カサリと音がした。
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