第3話


 店員を一睨みして、店前にメニューボードを見たときから気になっていたピザトーストとアイスカフェオレ、それと児玉がいつも好んで飲んでいるクリームメロンソーダーを頼んだ。


「はい」

 復唱ながら頼んだメニューを端末に入力していく。

 児玉を気にしていた店員の意識がこちらを向いた。

 イラつきを飲み下したところで、メニュー表を見ながら児玉が店員に追加の注文をした。


「あっ、このチキンサンドもお願いします」


 逸らしたはずの店員の意識は、またもや児玉に戻ってしまった。

 不躾な視線に傷ついてほしくなくて、注意を逸らしたのに、意味がなくなっった。


「これ、入口の看板に写真が貼ってありましたよね。美味しいですか?」

 児玉に尋ねられた店員は、

「あ、うまい……、あ、いえ。美味しい、です。……当店の今月の看板メニューとなっております」

 どもりからか、児玉の人を引き寄せる笑みのせいなのか、影木には判断がつかなかったけれど、顔を赤くした店員は、ぎこちない一礼をしたあと、カウンターへと戻っていった。


「新人かな。かわいい、ね」

 顔を傾げながら言うと、柔らかな前髪が一筋、鼻にかかる。

 くすぐったそうに、人差し指で耳にかけた。


「児玉。その『かわいいね』て誰にでも言ってんじゃないの?」

 不躾に見てくる相手であっても、その対象である容姿で丸め込んでしまった。


(おれのイラっと感を返せ)

 あきれて、ため息がもれた。


 そして、さっきの児玉の言葉と『ね』という仕草で影木は思い出した。

「児玉、教えてくれるって言ってただろ。『かわいい』って言った固まった理由」

「なんだ、覚えてたの?」

「……」

 言う気がなかったのかと、前に座る相手に、目をすがめた。


「忘れてくれてもよかったのに」

「気になるじゃん」

 膨れて言うと、クスリと笑う。


「ぼくより、やっぱり影木の方がかわいいよね」


 膨れた表情を言われていることを悟り、ますます膨れた。

「悪かったな。すぐ拗ねる子どもで。そこはもう『かわいい』でいいから、早く教えろって」

「やっぱり、かわいい。拗ねるところも、心の中にため込まないのも。実直なところも。ぼくを気遣ってくれるところも好き。そんな影木に『かわいい』なんて言われたから『固まった』ってわけ」

 照れもなく、真っすぐ目を細めて、子犬でも見るような愛おし気に見られて、影木の方が、顔が熱くなる。


「え、あ……つまり……どういうこと?」

「つまり、ぼくが好きな相手から『かわいい』って言われて嬉しかったってこと」

「ああ、好きなね……ん? 児玉?」


 余裕のある笑顔の児玉に対して、影木はてんぱって余裕がなくなる。

「ほ、本気か?」

「ぼくが冗談言うと思う? だから今日はデートっぽく見えるような服にしてきたのに」

「いやいやいや。おれが否定的なこと言うと思わなかったのか?」

「全然」

「おれが、拒否るとも?」

「だって、先に可愛いって言ってくれてたから。大丈夫かなって」

「……そ、それに、好きって言って気まずくなるとかあるだろ?」


 平然と変わらない児玉に対して、影木の心臓はバクバクしている。

 鼓動を黙らせたいけれど、心臓を掴むわけにもいかない。


 水を飲みたいのに、空っぽだ。


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