第2話

 クリスマス・イブ。

 待ち合わせの最寄り駅で降りると、流れてくるのはクリスマスソング。

 メインストリートに立ち並ぶ店のディスプレイも、クリスマス仕様だ。

 鼻歌でリズムを取りながら、赤と緑のクリスマスカラーの通りを歩く。

 児玉がメッセージで送ってきた待ち合わせ場所は、広場の中心に飾りつけてある、大きなツリーの下だ。


 ツリーは木々と同じかそれ以上に高い。昼間であっても、ライトアップされたように光って見えるのは、オーナメントが反射で光っているせいだろうか。ツリーの一番高いところには、星が。赤や青、緑や金色のボールに赤いリボンがツリーを覆いつくすように散りばめられ、所々に天使のモチーフが飾られていた。


 少し待っていると、「待った?」という声がした。

 待っている間の暇つぶしにプレイしていたスマホゲームから目を離すと、隣に立っていた男が片手を上げたのが目の端に入った。

「大丈夫。どこいく?」

 その男が言い、見るからにおしゃれしてきた女性をスマートにエスコートしながら、雑踏の中へと消えていった。

 しばらくすると、反対側に待つ女の人も、待ち人が来て去ってく。


 自分の待ち人はと、スマホの時刻を見た。

 約束の時間をいくぶんか過ぎていた。去年の今頃は、仲間のうちの誰かが来ていて、しゃべりながら待っていたから、時間は気にならなかった。

 今は、一人。手持ち無沙汰にゲームを始めようと画面をタップすると同時に、


「影木、ごめん!」と雑踏の中から児玉の声がした。


 顔を上げると、姿は見当たらない。代わりに、こっちを目指して人をよけながら走ってくる人がいた。

 その見慣れない人物が手を挙げ「影木」と呼んだ。


「待った。ご、ごめん」

 声が児玉だった。

 息を軽く切らせている。左右に分かれている髪の毛は、パーマを当てているのか、ふんわりとしている。下は茶系のスラックスをはき、首にはボアの白いロングコートをだぼっと着ている。軽く化粧をしているのか、目鼻立ちも学校の時よりも垢抜け『かわいい』よりも『美人』という言葉がよく似合う。


 目の前に立った人物をとっくり見て、やっと児玉だとわかった。



「どう? やっぱ、変?」


 児玉にしては、おどおどした物言いに、惚けてみていることにはっと気づいた。

「かわいい?」

「……、ああ」


 まだ、戸惑う影木に軽く笑った。

 これまでのふんわりと柔らかい中性的な雰囲気とがらりと違い、大人な雰囲気を纏う児玉に、どう接し、どんな言葉をかければいいのかわからなかった。というよりも、全身がオーバーヒートしてしまったポンコツの電化製品のようだった。


 変ではない。むしろ似合い過ぎるほどだ。もう少し背が高ければ、ファッションモデルとしても活躍できそうなほど。

 心臓の音がうるさい。

 その音を無視して、動かない体を「行こうぜ」と無理やり動かした。


 最初こそ緊張していたけれど、中身は変わらなかったようで、

「ね、ここの店入っていい?」

「これどう?」

「次、あっち」

 興味が次々と移り変わり、かわいいものに目がないのか、きらきらした目で愛でていた。外見は変わっていても、こちらを振り回す様やしゃべり口調はいつもの児玉だった。いつの間にか最初の戸惑いは消えていった。


 雑貨店に入った時のこと。

「男五人では、場違いなところだな」

カップルや女子ばかりの店内にいて、ふと思ったことが口をついて出た。

児玉は、サンタのスノーボールや小さなサンタクロースを手に取って見ているところだった。その顔を影木に向けた。

「いいの、いいの。今日『付き合って』って言ったらOKしてくれたじゃん」

「付き合うって、遊びじゃなくて買い物かよ」

「……」

 一歩引いて見てくる児玉の様子に、会話のかみ合わなささを感じた。

「違った?」

 影木が発した問いは、児玉のため息によって吹き飛ばされた。

 

 

 児玉がレジに並んでいる間は、暇だ。ぷらっと陳列されている商品の棚の間を歩く。

 クリスマスシーズンらしく、サンタやトナカイの置物やオルゴールが所狭しと並び、小さなウッドハウスには明かりが灯っている。赤や緑、白色があふれる店内を見渡して物色していると気になるものを見つけ、そして、買った。


 雑貨店を出ると、影木が持っている袋を見て、児玉が意外な顔をしていた。

「買ったんだ」

「いいだろ。プレゼントぐらいおれだって買うよ」

 と言うと、一瞬、眉を寄せたあと「喉乾かない?」と、近くのカフェ店を指差した。


 実際、喉がカラカラで近くのカフェ店に入ったときには、心底、ホッとした。

 戸を開けるとカランとベルが鳴るおしゃれな店内にも、クリスマスツリーや小物がが飾られている。木造りの店内は静かなジャズが流れ、人の話し声がざわめきとなって聞こえてきた。コーヒーのにおい。焼けるにおい。それに交じって、木の香りもする。見渡すと入って奥まった二人掛けの席が、一つだけ空いていた。


「いらっしゃいませ」と、席に着いた影木たちのいるテーブルにお冷が運ばれてきた。

「お決まりですか?」と問う男性店員に、影木は「決まってるか?」と児玉に聞いた。

「ぼくはまだだから、影木が決まってたら先に注文して」

 児玉が上着を脱ぎながら言った。

 ボアの白いコートの下は、ほっそりとした白のニットセーターだ。華奢とはいえ女性とは違う肩幅。薄い胸板。ボディラインがよくわかる。

 お冷を置き、注文を受けようとした店員が、思わずと言った様子で固まっている。女性だと思っていたのに違っていたからだろう――が、その後、チラチラと児玉を見る店員の視線に、イラつきを覚えた。

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