クリスマスに
立樹
第1話
人を好きになるってどんな感じなんだろう。
それは、十二月に入ったころのこと。来年は大学受験に真っただ中。高校二年生の冬はまだ、心に余裕がある。
この時期、恋人と一緒にクリスマスを過ごそうと、ここぞとばかりに告白しているようだ。ここ最近、カップルが目立っていた。
影木の友人たちでさえ、目に見えて浮ついている。
イベントごとの前は、いつもそうだ。けれど、今回は少し状況が違った。
それは……。
「なあ、影木、ちょっと」
中学からの友人であり、彼女いない歴、年の数の
耳を寄せると、「彼女、できた」と、つぶやくような声で言った。
照れくさそうな、はにかむような、言いたくないような顔で。
これまで見たことのない顔に、影木は目を瞬いた。
「だれだよ?」
思わず聞いていた。
「言うなって言われてるんだ」
「言うなって言われたのに、なんで言ってんだよ」
玉置は、こちらを見て、それから、戸口の方を見て、戻した顔はにやけていた。
顔を向けた先に目を向けると、幾人かの女子が、こちらを見てひそひそ話をしては、キャーと声を上げているのが見えた。その中心にいる女生徒がやめてよというように、手を左右に振っている。けれど、どことなく嬉しげだ。
(内緒じゃないのかよ)
突っ込むように、自分の顔が冷ややかになるのがわかった。
ともかく、欲しい、欲しいと言い続けていた玉置に彼女ができたのだ。
「おめっとさん」
祝いの言葉を贈った。
「嫌そうなお祝いの言葉だな。なんだよ、先に彼女ができたのが悔しいのか」
優越感のあふれる顔に、ますます顔がゆがみ「ちがう」と否定した。
「お前も、顔はいいんだし早く彼女作れよ」
「うっせ」
渋面で答えると、じゃあなと、玉置は席を立った。
顔はいい。子どものころから言われていた言葉だ。顔はいいといわれるたびに、それ以外にとりえはないと、暗に言われているようで、気に食わなかった。
告白を受けたことがないわけではない。
付き合わなかっただけだ。
自分の中で、好きという感情がわからない。
友人と恋人の違いは、どこだろう。
どうなったら、好きになるのだろう。
影木は、彼女を作るより、友人たちと戯れ、じゃれている方が心地よかった。
部活も一緒、帰る道も一緒。気心が知れている玉置に彼女ができた。
遊ぶにしても、帰るにしても彼女優先になることは間違いないだろう。
去年のクリスマスは、街に繰り出してカップルを冷やかし見ていたのに、それもないのだと思うと、彼女に玉置を取られた気がする。そんな自分の了見の狭さに、ため息がでた。
と、その時、ぽんっと何かが頭に乗り、重さに顔が少し沈んだ。
この感触は、手だ。
「離せよ」
置かれた手払って、振り返ると、朝からさわやかな笑顔の
「何ため息ついてんの? そんなに玉置に彼女ができてショック?」
「児玉まで、彼女彼女……って、なんで知ってんの?」
確か、さっき玉置は言わないでってお願いされたと言ってたのに。もしかしたら、クラス中に広がっているのか。まあ、初彼女にテンションの上がった玉置が黙っておけるわけがないと、もう一つ、ため息がでた。
「児玉も玉置から聞いたわけ?」
「いや、別情報」
にっこりと笑って言う。
「あっ、そう」
児玉は、女子にもてる。
もてるというのも少し違っていて、女子の輪の中に違和感なく溶け込んでいるのだ。
きっと、聞いたのも女子網からだろう。さっきの彼女の反応を見る限り、玉置だけが言いふらしているわけではない……ということだ。
(彼女彼氏なんて)
「ああ、めんどくせ」
「影木、心の声がもれてる」
「許せ」
「かわいいじゃん、ね」
児玉は、一見すると女子に見えなくもない。かといって、女子かと言われると違う。とても中性的で、性別を問うことすら許さない顔をしている。
背は女子より少し高い程度。髪の毛は、前髪は左右に分けたボブカット。さらっとしたストレートの髪が、「ね」と首を傾げた拍子にほほに落ちた。
それを耳にかけなおすしぐさが、柔らかく自然なうえに、目を惹くほどの妖艶さがある。
じっと見ていると、児玉が目で『何?』と、問うてきた。
「児玉は、彼女ほしいって思うのか?」
そう聞くと、きょとんとした表情をした。
「影木は寂しいの?」
瞬きを一つしてから言った。
「そうだよ。玉置だけじゃない、陽太だって、木崎だって彼女持ちだろ。去年のクリスマスに五人集まっていたのが、今年は三人か、って思っていたら玉置まで。今年のクリスマスは……」
「ぼくと二人。いや?」
影木の言葉を継ぐように児玉が言った。
「いやなんじゃなくて、こうやって一人一人、旅立っていくとさ、寂しいじゃん」
口をとがらせて言うと、ぷっと笑った。
「笑うなよ。……別に笑えよ。子どもっぽいってさ」
「ごめん、ごめん。かわいくて」
「どうせ、見た目は大人、中身は子供だよ。それに、かわいいっていう言葉が似あうのは、おれじゃなくて、児玉だろ」
「……」
児玉の笑顔が固まった。どうしたのかと訊ねる前に、HRがはじまるチャイムが鳴った。
児玉の席は、一番後ろ。影木の二つ後ろだ。顔を見たくとも担任がしゃべっている間は、後ろを向けない。
『かわいい』という言葉は、地雷だったのだろうか。
言われたくない言葉というものがある。
影木にとっては『顔はいいのに』という言葉だ。
児玉とは、高校で出会った。
二年連続で同じクラス。部活仲間の木崎と仲がよかったため、自然と一緒に行動を共にするようになった。どこでも『かわいい』と言われていたような気がする。だから、いやだなんて思ってもみなかった。
ふと、これまで、児玉に『かわいい』なんて言ったことがないことに気付いた。
本当はいやだとしたら……。
自分の無神経さに三度目のため息をついた。
なのにだ――。
HRが終わったあと、児玉のところへ謝りに行った。
「なんであやまるの?」ときた。
「かわいいって言われるの嬉しいよ」だと。
「じゃあ、あのとき、どうして固まったんだよ?」
児玉は、ちょっと考えるしぐさをしたあと、挑むような眼をした。
「知りたい?」
それなりに、悩み自己嫌悪に陥ったのだから、理由が知りたかった。
頷くと、
「クリスマス、付き合ってよ」と言った。
「あ、ああ」
もともと、二人でも遊ぶつもりだったから、異論はなかった。
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