第22話 現地人は自重を覚える
旅行から帰ってしばらくは浮かれてカノンに迷惑をかけてしまったりもしたが、それから一ヶ月もすればずいぶん落ちついた。
季節も少し日が強くなってきた。カノンは旅行から帰ってくるなり、折角深い仲になれたと言うのに距離をおくなどと宣言してきて不満だったが、交代制でカノンの日、私の日と順番にすることで実質ほとんど毎日許してくれているのでまあいいだろう。
本音を言えば私の日も、頑張ってくれたカノンをたくさん可愛がりたい気持ちはあるし、なんなら頑張ってくれるほどにカノンの気持ちに応えたくて燃えるのだけど、最初にそうした時に怒って5日もお預けされてしまったので我慢することにしている。
カノンの日の翌日は昼だけだがカノンの仕事を手伝うことにしている。ついつい遅くまで無理をさせているのは私なので、そのくらいでカノンが受け入れてくれるのだから安いものだ。
週に二回、フィアンナの店は休みがある。仕事人が主な常連客なので世間の休日と同じで週末の一日と週頭の一日の二連休だ。翌日が休みの週末は連続してカノンの日にしてくれているし、その時は思う存分カノンも楽しんでくれる。それに少しずつカノンの体力もついてきているように思うので不満と言うほどでもない。
そんな感じで旅行から帰ってから毎日、充実した日々を過ごしている。
カノンといると世界が変わって見えたが、何だか最近、実際に回りの目も変わってきている気がする。
今までは私はこの地の人には怯えられていた。フィアンナの店に常連として通っていても、他の常連から声をかけられることはなかったし、普通に買い物をする時だって顔はとりつくろっても尻尾が怯えているのが見えていた。
そんな状態なのでフィアンナの店で手伝う時もあくまで私は裏方として食器下げや皿洗いなど、直接接客することは少なくするようにしていた。
だけど最近は常連客が私にも注文をしてくるようになった。ピーク時にフィアンナに言われて仕方なく配膳をする時も、尻尾で怯えられたり嫌な顔をされることが無くなってきた。
もちろん新規客となると話は別だが、二回目以降の客は私になれてくれたようなのだ。今までは何度通っていても変わらなかったのに。
「店員として接するのとはやはり印象が変わるものなのか。フィアンナはどう思う?」
「はー? そんなもん、あんたがカノンにメロメロのベロベロで牙のぬけた飼い犬にしか見えないから印象が変わったに決まっているだろう?」
昼を過ぎ、昼休憩中。カノンがいなくて暇なのでフィアンナに疑問を投げかけたところ、呆れたようにとんでもないことを言われた。
「はぁ? ……いや、まあ、カノンは可愛いからな、傍にいて平静を装うことは難しいが。お前、私じゃなかったら手がでてもおかしくないくらいの暴言だぞ」
「そうとしか見えないと言っているんだよ」
「戻りましたー」
「カノン。大丈夫だったか? 買い物なんて私に言えばいいのに、フィアンナはひどいやつだな、全く」
カノンが戻ってきたので立ち上がって迎える。フィアンナのやつときたら、私が残りの洗い物をしている内にカノンに夜に向けて足りない食材の買い出しを頼んでしまったのだ。それこそ力のある私に言ってくれればいいと言うのに。
「あんたに頼んだらカノンを連れていくだろうが」
「そんなことはない」
「まあまあケイさん、このくらい私でも大丈夫なんだから。もっと頼ってよね。私だって一人前に働けるんだからね」
「私は別に、カノンを子供扱いしてる訳じゃないんだが……すまない」
「ううん。いいよ。私小さいもんね」
「はいはい。じゃあカノン、お使いありがとね」
カノンは笑顔で荷物をフィアンナに渡した。むむ。仕事はともかく、今は休憩中なのだし、フィアンナ相手にそんなに笑顔を振りまかなくてもいいのに。
とは思うが言わない。雇い主にあたるのだから不愛想すぎるのも問題ではあるし、私の心が狭いが故に嫉妬していると思われるのも困る。いや嫉妬はしているが、少なくともフィアンナには知られたくない。
「じゃあ、あとは時間まで自由にしてもいいよ。私も裏に行くから。お二人さん、言っておくが暴れないようにね」
「はーい」
「……誰が暴れるか」
フィアンナはむかつくほど楽しそうにちらっと舌を出してから奥に行ったが、余計なお世話だ。カノンには伝わってないようだが、暴れるなって。暗に致すなと言っているようなものだ。
カノンの体調と私が手伝いに来る為、それとなくフィアンナには私のせいでカノンが疲れていると説明せざるを得なかった。
だから最低でも二日に一回で我慢していると思っているんだろうが、こんなところでするわけがないだろう。ふざけやがって。本当なら家にカノンごと連れて帰りたいところなんだからな!
「ケイさんまだ時間大丈夫だよね? 散歩でも行く?」
「ん? いや、カノン疲れてるだろう? 昼寝をしないと持たないだろう?」
カノンの日の時も平日は休日前に比べると多少手加減しているが、それでも翌日の朝は気だるそうなのだ。送り届けて一緒にフォローしながら昼は一緒にはいるが、今まではその後カノンが昼寝して元気になったのを確認してから家に帰っていた。
私としてはそのまま夜まで一緒でもいいのだが、あまり仕事の邪魔をしたら申し訳ないと恐縮されるので仕方ない。迎えに行くまでそわそわしてしまうが、それはそれでその待ち遠しい気持ちがアイデアの元になったりするし、カノンと過ごしたりカノンを思う全てが糧になるので、私の仕事については気にすることもないのだが。
とにかくそんなわけで今からお昼寝の時間なのだが、カノンからは何故か散歩の提案だ。
「んー、まあ今日まではそうしてたし、多少は眠い気がするけど、でも最近は朝でも前ほど疲れてないよ。やっぱり続けると体力ついてくるって言うか……ま、まあ、うん」
カノンは途中から少し照れながらそう言った。ふむ。確かに朝のだるそうな感じはマシになっているし、私が世話をすると言っても最近では普通に歩いて通勤していた。
体力がついてきたのか……いやいや。だからと言って、さすがに昼間に帰ることはできないからな。自重しろ私。フィアンナめ。余計なことを言いやがって。
「そうか。私のせいで申し訳ないとは思っていたからな。疲れが残らないようになってきたならよかった」
「えー、ほんとに思ってた?」
「お、思ってるに決まってるだろう。私はいつでもカノンのことを考えている」
カノンは半笑いのジト目になっている。申し訳ないと思っていたのは本当だ。ただ、実際に夜になるとちょっと中々手加減が難しいだけで。
思わず視線をそらす私にカノンはくすっと笑う。
「考えてくれてるのは疑わないけど。ま、いいや。そんな感じだから、多分来週からはケイさんにお仕事手伝ってもらわなくても大丈夫だと思う」
「えっ、ど、どうしてそんなことを言うんだ!?」
あまりに唐突な言葉にショックを受けて非難じみた声音になってしまう私に、カノンはどこか呆れた顔になる。
「なんで私がひどいこと言ってるみたいになってるの……。あくまで私の手伝いでお給料もでないんだし、普通に申し訳ないでしょ。あ、朝の出勤時は散歩代わりに一緒に来てくれたら嬉しいかな」
最後の言葉は小首を傾げて両手をそろえておねだりしてきたので、その可愛さには胸がきゅんとするほどで何でもうんうんと頷いてやりたいくらいだ。
もちろんカノンが望むなら朝と言わずいつでも一緒にいるのだが、まさかその後帰れなんて。
私はカノンの手を包み込むように両手で握って私からお願いの姿勢をとる。
「カノン、それはもちろんいいんだが、いいじゃないか。無理に帰らなくても。軽く手伝うくらい何でもないんだし。私は仕事であってもカノンの傍にいたいんだ」
「私が嫌なの。私生活ならまだしも、お仕事のことで頼りっきりになるのは話が変わるでしょ」
「……」
カノンの言いたいことはわかる。私だって逆の立場で仕事中に横にカノンに張り付かれて、あれはこれはと口や手を出されたら……まあ嬉しいか。うん。だがまあ、仕事は進まないだろう。
そもそも最初に責任取って仕事を手伝うから、と提案した時もカノンはあまりいい顔をしなかった。フィアンナに察した顔をされた時に真っ赤になって抱っこされたまま私の胸をバシバシ叩いてきたし、私も知られるのは不本意だが、それ以上に嫌なのだろうとは思っていた。
それでも許してくれるからと甘えてきたのは事実だ。だが、もう一か月もこの生活だったのに。
「ごめんね、拗ねないで。手伝ってもらって急にやめてって、勝手なこと言ってるってわかってる。でも、大丈夫だから。ケイさんには本職の方に時間をとってもらいたいんだ。私、ケイさんの作る作品好きだから」
「カノン……」
手をおろした私に、カノンは慰める様に背中をなでて私の肩に顔を寄せながらそう言った。
嫌がっていたカノンに強引に今の状況を押し付けていたのは私だ。勝手なのは私の方だ。なのにカノンにそこまで言わせてしまった。フィアンナとは元々私の方が付き合いがあったし、以前からたまに手伝っていたこともあり、何の違和感もなかったがそう言う問題ではないのだろう。
頭を殴られたように目が覚めた。私が悪かった。今の状態はおかしかったな。カノンのことが好きすぎて盲目になっていた。
私はカノンの頭を撫でてその顔をあげさせて、顔をあわせて謝罪する。
「いや、我儘ばかりですまなかった。カノンと恋人になれて浮かれて過ぎていた。迷惑かけて悪かったな」
「め、迷惑なんて! そんなことない! 私も楽しかったし一緒に働いてくれるのも頼りになるし好きってなってた。でも、その……」
「いいんだ。そろそろ落ち着こうと言うことだよな」
カノンが心から嫌がっていたとは思っていない。だが何事も限度があると言うことだ。カノンのフォローを聞いていると、私の方が年上のはずなのに申し訳なくて恥ずかしくすらなってくる。
「そう、そうなの。あの、もちろんケイさんのこと変わらず大好きだからね?」
「ああ、私もだ。家では今まで以上に一緒に居ような」
「うん! わかってくれて嬉しい。ケイさん、大好きだからね!」
そう言ってカノンは嬉しそうに笑いながら、私の口先にキスをした。
「か、カノン。こんなところで」
「え?」
私が恥ずかしくなっているのに、カノンと来たらきょとんとしている。
キスは恋人同士の行為と言っていたのに、一応建物の中とは言え、家の外、しかもフィアンナがいつ顔をだすか分からない店内でするなんて。カノン、大胆過ぎるだろ。
こういうところがあるから、余計に私の我慢もきかないと言うのに。うう。カノン、好きだ。
「その、私も好きだからな」
ぺろっと、一瞬だけカノンの唇をなめる。それにカノンはさらに笑顔になってぐりぐりと私の頭をこすりつけるように抱き着いてきた。
その後、私は家に帰って心機一転仕事をした。カノンを迎えに行くときに、胸をはれるようしっかり仕事をしないとな! カノンは私の作品も好きなんだからな!
○○○
明日も更新します。次回最終話です。
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