第21話 転移者は帰宅する

 ケイさんが肉食すぎる。いや、まあどう見ても肉食だし、恋人になった最初からわりとそうだったけど。体力が凄いから、私がされるといつも気がついたら寝ちゃうんだよね。

 で、起きれるはずもない。と言うか、疲れすぎて目が覚めても全然起き上がる気にならない。


「カノン? そろそろ起きないと食事の時間が短くなるぞ」

「起きてるけどぉ」


 ケイさんが私の顔をのぞき込んでくるのに返事をするけど、全く起き上がる気になれない。


 昨日はケイさんからお風呂誘われてそう言う意味とか言われた。今まで私から裸の付き合いを誘ってたわけだけど、でも別の意味で付き合った以上意味変わるよね。朝早いんだからなしと思ってたのに。

 まあね。お風呂にはいってそういうことする、までは私も了解済みだったけどさ。ケイさん私がのぼせるまでするし。それは介抱してくれたし謝ってくれたしいいとして、その後回復したからってもう一回するのは予想外だった。湯あたりした私が色っぽすぎたからってお願いされて、まあ結局私が許可だしたんだけども。


「体がだるいよー。もー、ケイさんのせいなんだからねっ」

「そうだな。確かに、私のせいだ。悪かった」


 軽く睨んで言うと素直に謝られてしまった。う。いやそんなガチで謝ってほしいわけじゃ。うう。まあ、はい。つい動きたくなくて抵抗してしまったけど、別に誰が悪いってことじゃないです。


「そんな本気で謝らないで。私もいいっていったし、まあ、起きるって」

「いや、私のせいだからな。ちゃんと責任をとる」

「え? ちょっ」


 ケイさんは大真面目な顔で私の背中の下に手を入れて上体を起こした。そうして初めてケイさんの顔以外が見えたんだけど、全然余裕で尻尾ふってるし、全然謝ってるテンションじゃなかった。顔が真面目なだけだった。


「着替えも移動も、全部するからな。カノンはじっとしていていいぞ」

「いや……うん、じゃあお願いします。あ、えっちなのはなしね」

「わかってる。さすがにそこまで時間がないからな」


 あったらやってた可能性あるみたいに言うね? ないよ?

 ケイさんのこと大好きだし、そう言うのも全然、私も好きだけど。私も夢中になっちゃうけど、これ旅行から帰ったら普通に控えめにした方がいいよね。お仕事もあるのにこんなこと毎日してたら多分体持たないだろうなー。

 うーん、まあ、ケイさんも言ってもそんなことわかってるか。旅行中だからだよね。最終日もケイさんならこうしてフォローできると思っての昨日だよね。


「ひゃん! ちょ、ちょっとケイさん!?」

「あ、すまない、つい」


 着替えさせてくれる最中、普通に首筋なめられてしまった。下着は最初にするっと普通に着させてくれたから油断してた。

 ちょっと鼻息が荒くなってるとは思った。ケイさんと向かいあうとどうしても鼻が近いし、ちょっとで結構わかるんだけど、うん。帰って二人になったら真面目に話そ。


 三回くらい舐められたけど無事服を着れた。その後トイレにいって顔を洗っている間に朝ごはんにパンを持ってきてくれたのはいいんだけど、膝に乗せて一口サイズにちぎってあーんを始めた。


「あむ、美味しい。でもあの、ケイさん。気持ちはありがたいけどそこまでしてくれなくても大丈夫だよ? 着替えの時間で完全に目も覚めたし、ちょっとだるいけど別に動けないわけじゃないんだし」

「いや、責任をとる」

「ねぇ、やりたいだけじゃない?」

「……駄目か?」


 きりっとしたカッコいい顔で言ってくれるけど、さすがにこれはツッコむでしょ。と思ったらへにゃっと耳も伏せて尻尾もだらんとさせてしょんぼり顔で聞いてきた。いやこんなの可愛すぎるでしょ!


「いや、もちろんいいし私だって嬉しいけど、時間大丈夫なの?」

「そうだな。先に行っておくか。パンだし、馬車で食べてもいいしな。よし、行くか」


 私の了承をとると途端に耳をたてたケイさんはパンをしまって私をそのまま片手で抱っこした。そして昨日のうちにまとめておいた荷物を片手で担いだ。


「う、うわわ。ケイさん、ほんとに背が高いね」


 ケイさんの腕に乗るように抱っこされるとケイさんと視線の位置とか変わらないくらいなんだけど、めちゃくちゃ高くてちょっと怖いくらいだ。目の前のケイさんの首に手を回してしっかり固定しておく。ついでに顔の側面の毛に顔をうずめてもふもふする。あー、いいにおい。


「ああ、まあ……行こう」

「はー、い、うわぁ、凄い凄い。ケイさん一人で歩いたらこんなに早いんだ」

「まあ、な」


 ケイさんが歩き出すとちょっと揺れたけど、胸元にもたれながらちょっとぎゅっとすると安定して、むしろ心地よい揺れになる。

 前を見ると乗り物にのってるかのようなスピード感だ。階段をおりるのもはやくてすごい。


「はやーい。ケイさんカッコいい。惚れ直しちゃうよー」

「……カノン、ちょっといいか?」


 階段をおりきって角を曲がれば受付だ、と言うところでケイさんが立ち止まって私に視線を下した。


「ん? なに?」

「いや、人前にでるんだから、もう少し控えてもらえると助かるんだが」

「え? え、この抱きついてるのを? 抱っこしておいて?」

「それはカノンが歩けないんだからしかたないだろう。それにあまり私が我慢できないようなことを言わないように」

「えぇ」


 何にもえっちなことも言ってないんだけど。惚れ直すのが駄目なの? 好きアピール発言が駄目ってこと?

 と言うか二人っきりの時との落差というか、ケイさんの行動だけセーフなのずるくない? むむむ。納得いかないけど、この世界ではそうなんだと言われたら頷かざるをえない。


 仕方ないので抱き着くのはやめて、普通に手をあてて動きを安定させるだけにする。


「いい子だ。家に帰るまでの我慢だからな」

「えへへ、うん」


 よしよし、と頭を撫でて褒められた。普通に喜んで頷いてしまったけど、我慢って、馬車に乗ったら膝にのってもたれるし同じでは、と思ってから気付いたけど、まさかとは思うけど今日の夜のこと言ってないよね? ケイさん、信じてるからね?









「……うぅ、疲れたー」

「だ、大丈夫か?」


 翌朝、目が覚めた私は、朝一から疲れているのを表明せずにいられなかった。

 すでに起きて朝ごはんの用意もしてくれているっぽいのが匂いでわかるけど、いや、無理です。

 ベッドの横に立って私の顔を心配そうにのぞきこんでくるケイさんにデジャブしかない。


「あのさー、ケイさん。私、昨日はやめてって言ったよね」

「い、いや、でもな。寝付けない時は軽い運動をするのが一番いいだろう?」

「軽かったらね」


 前回でなれたのと、そもそも疲れてるのもあって行き以上にしっかり馬車の中で寝てしまった。なので無事帰ってきて寝る準備が整っても中々眠気はやってこなかった。

 ケイさんはずっと起きていたと自己申告の割には元気で、同じように眠らず私とぽつぽつお話相手になってくれていた。のはありがたいのだけど、途中から抱き着いて全体的に撫でながらぺろぺろしてきて最終的にはそう言うことになった。


 抱き着くだけならともかく、お尻を撫でてきた時にも、首筋を舐めて来た時にも、服の中に鼻先を入れて来た時にも、ちゃんと駄目って言ったのに。


「そ、そうはいってもあれだろう? 駄目って言っても、いいって意味だっただろう?」

「駄目って言ったら駄目って意味だよ?」


 何を言ってるんだケイさんは。ちょっと呆れてジト目になる私に、ケイさんは困ったように私の頬を撫でながら顔を寄せてくる。


「最中にも駄目って言うじゃないか。あれは良いって意味だろう?」

「さ、最中って、やってる時は別でしょ」


 とんでもないことを言いだされた。やってる時も確かに、そう言う否定する感じの単語を言っちゃうこともあるけど。それはさすがに別でしょ。ひどい。そんなこと言ったら日常会話で二度と駄目って言えないじゃん。


「いや、昨日はそれと同じトーンだった」

「ち、違うもん。ちゃんと本気だったもん」


 ちょっと声がゆるくなってた気がしないでもないけど、でもそこまでじゃないし。最後あたりその気になってたとかそんな事実はないです。


「わかった。今夜から気を付けるから。朝ごはんにしよう。さ、着替えような」


 ケイさんはすっかり味をしめたのかテキパキと私を着替えさせていく。気に入ったのかな。確かに楽は楽なんだけど、合間合間に五回くらい舐められた。増えてる。


「ありがとう、ケイさん。美味しいよ」

「うんうん。まだ休みなんだからカノンは何も気にしなくていいからな」


 抱っこされて朝ごはんを食べさせてもらった。ケイさんはご機嫌だし、私だってこんな風にお姫様扱いのようにちやほやされてケイさんに甘やかされて悪い気がするわけがない。楽しいし嬉しい。

 でも今度こそちゃんと言っておかないと。


「あのね、ケイさん。今日からしばらく、えっちなことはなしでいこうね」

「え? ……な、何を言ってるんだ、カノン!?」

「そんな大げさな反応する発言じゃないでしょ」


 長かったお休みも今日で6日目。明日で終わりだ。明後日からまたお仕事なのだから、いい加減旅行気分から切り替えないといけない。それはケイさんもわかるでしょ。何をシリアスに目を見開いてるの。


「あのね、ケイさん。こんな状態じゃお仕事できないんだから当たり前でしょ」

「そうか。じゃあ、フィアンナには申し訳ないが私から謝っておこう」

「け、い、さ、ん?」

「……」


 何を普通に言っているのか。店長さんに謝るってそれもしかしたら辞めるって話してるよね? さすがにイラッときたのでケイさんの名前を呼びながら頬を引っ張り睨む。ケイさんは絶対に私を見ないように限界まで目をそらす。


「じょ、冗談だ」

「本気のトーンだったよね」

「うぅ。だが仕方ないだろう? 恋人なんだから、家から出したくないくらいの気持ちなんだぞ? なのに夜まで一緒に居られないなんて」

「一緒にはいるし、普通にさ、旅行に行く前までの健全ないちゃいちゃなら大歓迎だよ? でも翌日動くのがだるいくらいはやめてって話。限度があるでしょ」


 この数日はちょっとはっちゃけちゃったけど、それまでだって恋人になってなかったけどケイさんはそのつもりでいちゃいちゃしてたんだし、ケイさん的には十分でしょ。


「……生殺しだ」

「えー……じゃあ、お休みの日の前は、ケイさんが満足するまで頑張るからさ。ほら、私がケイさんを気持ちよくしたのは一回っきりでしょ? 疲れてなかったら、私だっていっぱいケイさんに気持ちよくなってほしいんだし、ね?」

「……まあそれはそうだが。私はカノンが気持ちよくなってくれる姿だけでも満たされると言うか、つい、カノンを見ていると喜んでもらいたくなると言うか……カノンが疲れているなら、無理せず受けてくれるだけでもいいんだぞ?」


 頬を引っ張るのをやめてキスしてちょっとだけ口元を舐めてケイさんの胸元をつつきながらと私なりに色仕掛けしながら言ったのに、ケイさんはまだ不満そうな顔をしている。

 むむむ。受けてくれるだけでいいって、何を妥協している風に言っているのか。普通にこの数日のことそのままだし、受けるだけで私の体力が枯渇して筋肉痛になるからやめてって話をしているのに。ケイさん、強情と言うか。昨日までが昨日までだから、押せば行けると思ってるな? ここはガツンと言わないと。


 私は軽くケイさんに頭突きして心を鬼にして注意する。ここで許したら店長さんにも迷惑をかけるし、本気で駄目なんだからね! これはふりじゃなくて!


「もう、我儘いっても駄目なものは駄目なんだからね! と言うか本当に、私の体力が無理だし。ケイさん私が倒れちゃってもいいの?」

「そ、そんなつもりはもちろんない。カノンの体が優先だ」

「だったら、我慢できるよね?」

「……わかった」

「うん! えらいえらい! ケイさんもほんとはわかってたよね? ただいちゃいちゃしたかっただけだもんね。さて、じゃあ嫌な話は終わりね。今日は一日、ずーっとくっついて旅行の余韻を楽しもうね!」

「あ、ああ。そうだな」


 むっすーとむくれつつも頷いてくれたので、抱き着くようになでなでして褒めながらそう言うと、やっとケイさんも少し機嫌を直してくれたようだ。よかったよかった。


「旅行、ほんとに楽しかったよね。また来年も行こうね」

「ああ!」


 まあちょっと問題もあったけど、この旅行がきっかけで無事恋人になれたし、非日常感のおかげで抵抗なく一気に関係が進展したよね。純粋に観光旅行としてもすごく楽しかったし、いやー、充実した! 最高の旅行だったね!

 私はケイさんといちゃいちゃだらだらしながら早速旅行の思い出話をしたりしてすごした。


 なお、お仕事に戻った初日の私の横には、元気なケイさんがお手伝いとしてついてきてくれたりするとは、この時の私はそんなことを考えもしないのであった。


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