第20話 現地人は花を楽しむ
カノンの新たな魅力も堪能した翌日、今日で旅行も終わりと思えばずいぶん長かったような、とても短かったような複雑な気持ちだ。今までの私の一人での旅とは何もかも違う。見えていた世界も、匂いも、時間の流れすら違う。
忘れないよう明日の馬車の予約をする時も、なんとも言えず帰りがたく感じられた。だが、寂しくはない。ずっと私の腕に抱き着くようにカノンが触れているのだから。これからは今まで以上にカノンと一緒にいられるのだ。
この旅行はとても意義のあるものだっただけに惜しいが、カノンとの恋人としての日常はこれからも続いていくのだ。そう考えると、むしろ帰るのが楽しみにさえ思えるので不思議だった。
カノンの希望で花冠をつくることにした。存在は知っていたし、子供の頃に作ったことも一度あるが、この年で作るとは。ちょっと恥ずかしい。ああいうのは子供のいる家族連れとかが買うセットだろう。まあ、カノンなので違和感がないが。
「よし。カノン、つけてみてくれ」
さっそく花冠ができあがった。ブランクはあるが、別に難しいものでもない。見本も見せてもらえたが見栄えもまあまあではないか、と自画自賛してみる。カノンは真剣につくっていたが、私の言葉にぱっと顔をあげて手を置いて頭を差し出してくる。
私が付けるのか。ちょっと思っていなかった。そっとカノンの頭に乗せる。耳が側面にあるので気を付けないと落ちてしまいそうだ。
カノンは顔をあげてにぱっと嬉しそうに笑うと、そっと自分の頭の冠に触れてからはにかんだ。その姿はとても可愛くてとんでもなく似合っている。
まず白い花冠が黒い髪の上にのっているそのコントラストが美しい。肌は白いがほのかに頬を紅潮させているのが、それこそ花の花弁のように儚い美しさを感じさせる。まるでカノンが花の妖精のようだ。
こんなにも花冠が似合っているなんて想像以上だ。きっとカノンがこの世でもっとも似合っているのだろう。いや、むしろカノンの為にこの花冠という概念が存在していると言っても過言ではない。
「えへへ、自分では見えないや。似合う?」
「ああ、似合う。すごく似合う。花の妖精のように可憐だ」
言いながら鏡をとって渡すとカノンは嬉しそうに角度をかえて自分を見る。
「わー、すごくいいね。綺麗な花冠ありがとう。私もケイさんが妖精になれるよう頑張るねっ」
いや、花冠をつければなれると言うものではないのだが。カノンが私を好いてくれているのは理解しているし、恋は盲目と言うし可愛いと思ってくれているのもわかった。
だが、いくらなんでも私が妖精って。妖精は妖精でも人に甘露の味を教えた邪悪な妖精だろう。まあそこまで言ったら多分カノンが怒るだろうから言わないが。
カノンはにこにこ笑顔で頭に冠をつけたまま黙々と花冠つくりにもどった。しかしこうしてみていると、一生懸命作ってくれているのは伝わるが、意外と不器用なようだ。
いや、意外でもないか。料理でも千切りが苦手だったり、よく躓いたりとちょっとドジなところがあるからな。そう言うところも可愛いんだが。
「で……できたー! ケーさんできたよ!」
で、と言いながら最後ちょっともたつきながらもちゃんと止まったようで、カノンは膝立ちになるほど喜んで報告してくれた。可愛い。頭から私の冠落ちたけど。でも落ちても花の妖精にしか見えないくらい可愛い。
「ああ、ありがとう」
差し出してくれたので頭をだす。ぱさ、とのった。はいいが、耳の外を流れて後ろが落ち、前方は鼻に引っかかっている状態だ。
「あ、あれ? 大きすぎたかな」
「まあ、大きいなとは思っていた」
耳の間に入れるか、片耳にかける形にしないといけないので私がカノンに作ったのと同じくらいの大きさでいいのだけど、普通にネックレスサイズで作っているのかと思ったが違ったらしい。シンプルに可愛い。
「ご、ごめんね。ちょっと勘違いしてたみたい。作り直すね」
「いや、これなら鼻から通せば首につけれるだろう。こうして」
手に取って口から入れ、耳を抑えながら後ろを通す。うん。思った通り、首より余裕がある。毛の分若干圧迫というか、毛に埋もれている感じもするが、どうだろう。
「か、可愛い! すごく似合うよ! あ、フォローしてもらって自画自賛みたいになっちゃったけど、でもほんと、似合う」
カノンの手放しの賛辞に照れくさくなりつつも鏡をとって確認する。む。何と言うか、確かに私の毛もカノンほどではないが濃い色なので白い花はアクセントになっている。しかしなんだ、こうもぴったりのサイズだとネックレスと言うより、首輪のようだ。
「……」
カノンから首輪をつけられた。もちろんカノン自身にそんな気がないだろうが、とても気恥ずかしい。
首輪は強い忠誠心の証として昔から使用人がつけているものだった。現代では庶民には関係のないものだが、その分、恋人同士の関係でつけると相手に首ったけである表明だ。人前でくっつくなんてレベルではなく、バカップルの象徴だ。
一方的に隷属してもいいほどの愛情表現であり、無理につけられるのは屈辱と言ってもいいだろう。カノンにそんな気はないとわかっている。だが、まるでカノンの所有物になったようで、悪い気はしない。
「ケイさん? やっぱりサイズおかしくて苦しい? あの、すぐ作り直すね?」
「あ、いや! その、よくできていると感心していたんだ。これは持って帰って保存しておこう」
「ほんと!? やった。私のも保存するね。えへへ。もっといっぱいつくろっか」
「ああ、そうだな」
カノンと一緒に他にも色々つくった。リングにブレスレット、ネックレスと作っても余るくらいだった。
子供の遊びだと思っていたが。カノンと一緒だとこんなに楽しいとは思わなかった。いい思い出になったし、最高の記念になった。
それにしても昨日はずっとカノンからブラッシングでもてあそばれたのに比べて、何と言う健全な遊びか。こういうのも悪くないが、今日眠ってしまえば恋人になった記念の旅行が終わるのだ。
「ふー、お腹いっぱい。この旅行でちょっと太っちゃったかも」
「カノンは小さいからな、もっといっぱい食べてもいいくらいだ」
「いやあの、私成人してるし、食べても背は伸びないからね?」
ちょっと呆れた顔をされてしまった。一応わかっているが。だが本当に小さいからな。太っちゃったも何も、軽すぎるくらいで時々風に飛ばされないかと不安になるくらいだ。背がのびないにしてももう少し太ってもいいと思うんだが。
とは言え、こういう風に言うと言うことは太りたくないと思っているはずだ。怒らせるようなことは言うまい。
「お風呂、今日はケイさんが先にはいる?」
「そうだな。……一緒に入るか?」
「え? えっ!? い、いいの!? 前あんなに嫌がってたのに!?」
夕食後、お風呂をいれる用意をしたカノンに尋ねられ、ちょっとした思い付きで提案したものの、とんでもなく驚かれてしまった。そんな二度見しなくても。いや、今まで何度も誘われても拒否していたのは事実だが。
だがそんなの関係が変わったのだから当たり前だろう。以前であれば一緒に入ってその気になっては困るが、今は別に構わないのだから。と言うかそれも目的で提案しているのだが、さすがに直球で言うのは気恥ずかしい。
私は目を白黒させているカノンから目をそらし、咳払いして誤魔化しながら答える。
「んん。そりゃあ、まあ、もうお互い、肌を見せあったからな」
「あ、そ、そっか、えっと、でもなんていうか、逆に普通にお風呂に入れないと言うか、その、そう言う目で見ちゃうかも」
もじもじと両手を合わせて顔を赤くしながら言われた。か、カノンはこれだから。昨日の今日で、一緒にはいって何もないと本気で思っているのか?
私はカノンの肩をそっと抱いて顔を寄せて頬をなめてから耳元に口が触れるようにして尋ねる。
「そう言う目で見たいからだと言ったら、一緒に入るのは嫌か?」
「……い、嫌じゃないです」
カノンの敬語の返事も可愛く見えてきた。私はそのまま耳も一舐めしてからカノンを離す。
「そろそろ沸くだろう。入ろう」
「う、うん。あ、せ、背中、流すよ」
「ああ、お互いにそうするか」
もうお互いに見ていない場所なんてないと言うのに緊張したように赤くなるカノンに、私はつい自分の口回りを舐めながら支度する。
脱衣所にはいって衣類を脱ぐ。元々複数人同時で使う想定ではないので同時に動くと少し狭い。と、カノンはシャツを脱いでいる途中で停止して私の方をじっとみていた。
目があって慌てて脱ぎ出すカノンが可愛くて苦笑する。
「カノン、そんなに見て楽しいか?」
昨日なんて脱ぐのを手伝ってくれていたのに、何がそんなに違うのか。羞恥ポイントが違うカノンに笑ってしまう。からかうように尋ねる私にカノンは目をそらしてから拗ねたように頬を膨らませる。
「う。だ、だって。そう言うことするって思いながら脱ぐの見るのは、また別って言うか。バスローブはほどくだけでぱっとでるけど、その、普通の服は、え、えっちじゃない?」
「そうか、よくわからないからカノンのを見せてくれ」
「えっ……うん」
カノンはもじもじととても恥ずかしそうに身をよじりつつ、ちらちら私の顔をみながら脱いでいく。下着を脱ぐのに特に恥ずかしそうにして、脱いだら慌てて手で隠した。
うん、なるほど。確かにすっと抵抗なく一気に肌を見せられるのとまた違ったよさがある。少女らしさを残した独特の淫靡さと言おうか。目がぎらついているのが自分でもわかる。
「その、私もそこまでまじまじじゃなかったと思うんだけど」
「うん、そうだな。とてもいやらしくて、魅力的だ」
「うぅ……恥ずかしくて死んじゃうよ」
「それは大変だな。そうなる前に流してやろう。さ、はいるぞ」
私はカノンの肩を抱き、その肩を撫でながら浴室に入った。
お湯を被ると少しは落ち着いたカノンが楽しそうに私の体に洗いブラシで洗ってくれたので、その礼として背中を流す、などとけちなことは言わず、カノンの全部を舌で流した。
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