第17話 現地人は自分の癖に気が付く

 カノンが可愛すぎた。なれていないと言う通りにグルーミングは上手なものではなかった。だがその不器用さがより愛おしかった。


 もちろん私は可能な限り優しくして、ほどほどのところでやめるつもりだった。恋人になって最初のグルーミングだし、グルーミングの意味すらよくわかっていなかったカノンに恋人として隅々までグルーミングをするのはやりすぎだろうと思っていた。

 だけどカノンがあまりに愛らしく、しかも私がしている最中にも私の鼻口部を舐めかえしてくるものだから我慢ができなかった。


 カノンの寝間着をはだけさせるだけでおさまらず、ついつい全部むいてしまった。カノンの声も、反応も、健気に私に応えようとする仕草の全て、愛おしくてたまらなくて、カノンの全てを味わった。


「んーふふふ」


 眠りについたカノンは幸せそうな顔をしていて、見ているだけでとてつもなく幸せな気持ちになる。

 昨夜、先に眠りについたのはカノンだし、私は彼女にちゃんと着せてしっかり布団もかけて寝た。だけど先に起きたのは私だ。寝坊助なカノンだが、睡眠時間が特別長いわけじゃないので、やはり昨日は無理をさせてしまったのだろう。


 そっと髪を撫でる。カノンは楽しそうに私の手にすり寄る。その満足そうな顔。今までだって私はそんなカノンに癒されてきたけれど、昨日のことを思うとますますカノンが愛おしくてたまらない。

 そっと顔を寄せて、カノンの言うキスをする。唇をあわせただけの感触のあまりないものだが、確かにカノンの毛のない肌はあまり舐めると唾液が流れて汚い感じもしてしまう。こうして触れるだけなら乾いたままだし、気軽にできる愛情表現としていいのかもしれない。


 夜はともかく、日中などはこうして軽くしよう。カノンもこの愛情表現を寝ぼけてしてしまうくらい好きなようだし。そう思い唇と、ついでに頬にも何度かキスをする。鼻同士もあわせて、ついでにつんつんと鼻先で頬もつついてみる。

 カノンの頬はいい匂いがする。普通にしていても感じるが、鼻先をつけると甘い匂いに感じる。


「ふむ」


 ふんふんと匂いをかいでいると、胸の奥が温かくなってくる。腕の中にいるので起こさないように軽く抱きしめながらカノンの匂いをかいでいく。耳もとからこめかみ、髪の中に鼻をいれる。昨日散々カノンを隅々まで舐めて私の涎をつけてしまったが、私の匂いが付いていると言う感じもない。

 むしろカノンの素の匂いと言う感じで、とてもいい。が、なんだか私の匂いをつけたくなってきたので少しだけ頭皮をグルーミングする。


「んん。んー?」

「む。起きたか」

「んー? けぇさん?」


 カノンはむずがるように声をあげ、眠そうに目をこすっている。いつも通りの寝ぼけ眼、安心しきっている無防備な姿が可愛らしい。


「おはよう、カノン」

「おはぉ……んん? ……いま、ぐるーみんぐしてた?」

「あ、ああ。駄目だったか?」


 私がなめた額の際を指先でこするカノンに、私はドキリとしながら尋ねる。昨日散々したし名実ともに恋人なのだからと、私も寝ぼけ気分でしたけれど、寝ているところにするなんて不躾だっただろうか。


「んーん。んふふ。私もする」


 と一瞬不安になった私だったが、カノンは楽しそうに笑うと私に口づけてからぺろりと私の鼻と口の間のマズルを舐めた。ぞくぞくと私の背筋が歓喜に震える。

 今すぐカノンの全てを味わいたい。そんな欲望が湧き出るが、理性で抑える。昨日やりすぎてカノンを疲れさせてしまったのだ。まして朝からするなんて、動物じゃないのだから。


「えへへ。ケイさん、可愛いね。ねぇ、尻尾さわってもいい?」

「ん、い、いいぞ」


 突然の申し出に、私は自分の尻尾が飛び出そうなほど動いてしまっているのに気づいて慌てて手で抑える。

 尻尾はデリケートな部分だ。いつもカノンもブラシで触れるだけだったが、急に手で触れたいなどと珍しい。だが拒否することもない。私はカノンに気付かれないよう深呼吸をして尻尾の動きを抑え、カノンに背を向けた。


「ケイさんの尻尾は、いっつも元気で子供っぽいのが可愛いよね」

「そ、そうか?」

「うん。ケイさん自身の見た目は格好良くて、優しすぎるくらい優しくて紳士的できゅんとしちゃうほど大人っぽい素敵な人だけど、すぐ耳がぺたんってしたり尻尾が動いたりするところ、すごく素直で可愛い」

「う、うーん。そうか」


 そ、そんなに動いているか? 故郷ではみな裏表もなく言葉もストレートで、感情を隠すことも偽ることもなかった。私はどちらかと言えば付き合いが悪く愛想が悪いタイプで、尻尾をふらないやつだ、と悪態をつかれたこともある。

 外に出ると感情を表に出さない種族もいたりして、思ったより私が少数派ではないようだ、とは感じていたが、それでもよく動きに出る種族に比べるとどちらかと言えば私はあまり感情が出ない方だと思っていたのだが。


 ……私は今まで恋をしたことがなかったから、特に恋愛的な情緒において隠し立てする経験もなかった。だからまさか、カノンへの思いだけは全開で今までもずっと出ていた可能性があるのか?

 ま、待て。それだと恥ずかしすぎるんだが。ちょっと、念のため、確認しておこう。


「カノン、まさかとは思うが、私の尻尾、よく動いてたりするのか?」

「え? うん。基本いっつも動いてるよね。くっついたりするといっつも尻尾を振ってくれるから、安心して好きって言えるし、可愛いよね」

「んん、そ、そうか」


 いや、恥ずかしすぎるんだが。でもカノンはそんな私を好きと言ってくれて、だからいつも全開で私に好意を伝えてくれていたなら、それを否定するのもおかしな話か?

 だが周りにもカノンと居る時に尻尾をぶんぶんしているのが丸見えだと思うと、恥ずかしすぎる。カノンがいいと思ってくれるとしても、せめて二人きりの時以外は控えめにしたい。

 と言うか、カノンのことはほとんどはじめから好きだったから、ひょっとするとカノンから見ると一緒にいる時はいつも尻尾を振っていて感情表現豊かとすら思われていた可能性すらあるのか? ちょっと、真面目に気を付けよう。


「うん、今も動いてかわいー、ふふ」


 しかし、それはそれとして、カノンの尻尾の触り方がちょっと、あれだな。

 最初は普通だったが途中から逆さに撫でている。そうされると背筋が粟立ってしまって本能的に拒絶しそうなところ、相手が恋人と言う絶対的に安心な相手であると言う感覚のギャップが妙な背徳感を生んで、おかしな気持ちになってしまいそうだ。

 尻尾は特に感覚が敏感なのだが、別に性的な部位ではない。だが他ならぬカノンであり、昨夜が昨夜のせいか変に意識してしまいそうだ。朝から何を考えているんだ。


「カノン、そろそろ朝食にしないか?」

「ん。そうだね。ちょっと遅くなっちゃったね。朝昼兼用で食べる感じ?」

「そうだな。観光地として色々屋台や食べ歩きの店もあるし、軽くすませて見て回るか」

「さんせー! デートだね」

「ああ、そうだな」


 当然デートだ。と言うか旅行中は寝ていたってデート中なのだが、あらためて言われると照れくさく、って、また尻尾を振っている。いや、今はいいのだが。ううむ。恋心の制御ってもしかして難しくないか?


「あ、そうそう。あのね、ケイさん」

「ん、どうした?」


 これ以上下心にふりまわされないよう、カノンの姿を見ないようにしながら着替えたりお互い身支度を整えていると、ふいにカノンが私を呼んだ。振り向かないまま促す。


「昨日、その、すっごくきもちよかった」

「! そ、そうか。その、喜んでもらえたなら、私も嬉しい」


 か、カノン! 確かに言葉にして確認し合うのは大事、と昨日話したばかりだが、そんなことを朝から朗らかに、ちょっと照れを含んだ声音で言うなんて。顔を見ていたら危ないところだった。


「あの、だから、今日の夜こそ、私がケイさんを気持ちよくできるよう、頑張るからね」

「ん! そ、うか」


 ……いやほんと、勘弁してくれ。尻尾が自分でわかるほどとまらないし、そんな状態だから朝からそんなと注意することもできないし、なんならもう今からカノンを抱きしめたい気持ちがとまらないから、本当に。


 私はカノンとかるく朝食をとってから出かけ、その間ずっと人前で無様に尻尾を振りすぎないよう意識してみた。してみたが、カノンが私に何かしてくれる度にくっついてくるカノンに当たってしまうほど尻尾を振っていたことを自覚させられただけだった。


 こんなはずでは。と言うかカノンからしたら、普通に私はいつも機嫌がよくてわかりやすい人とか思われていたのだろうか。と言うか、この状況で何故恋人ではないと勘違いができたのか。と思ったがそれも、カノンのところでは尻尾は誰も持っていないのだったな。

 だとしたらカノンは私の尻尾も、意味は分かっていてもそこまで丸わかりで直情型の馬鹿っぽい人、とまでは思っていないのか? いや、子供っぽくて可愛いと言われたな。手遅れだ。ぐぐぐ。いいようにとってくれているのは嬉しいが、年上として、大型の狩猟種族としてのプライドが……まあ、大型の狩人種族の方が普通に傾向として尻尾に出やすいんだが。

 こういうのは種族差があるが、基本強い方が感情を隠す必要が無いからな。認めよう。私も所詮、種族の血からは逃げられないんだ。仕方ない。カノンが可愛い可愛いと言ってくれるからではないが、諦めよう。


「えへへ、ケイさんの尻尾、可愛いよ」

「ああ、まあ、人前では触るのはほどほどにな」


 こんな風に恋人が笑顔を見せてくれるなら、仕方ない。

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