第15話 現地民はグルーミングがしたい
カノンのいた世界の説明は以前にも受けたことがある。興味深かったが、あまりあれこれ聞くとカノンも帰れない故郷を思い出すことになるだろうしと積極的に聞きだすことはなかった。だがまさか、異種族が存在しない世界だったなんて。
今更告白なんておかしいと思った。あれだけのことをして恋人じゃないなんて、と思ってしまうが、カノンの世界ではそれだけ常識が違うと言うことなのか。
それとも常識が違うことを考慮して、カノンとしてはきちんと言葉にしていない以上決定打が無いと言うことなのか。
そこまでは分からないが、とにかく、カノンの認識の上でも恋人と思ってもらえたのだ。過去のことをうじうじ考えても仕方ない。これからカノンとはお互いの常識も、恋人としての距離感、その全部一緒に擦り合わせていけばいいだけのことだ。
付き合ってなかったと言うのはショックだが、気持ちを切り替えていこう。
「カノン、グルーミングは、カノンとしてはどういう扱いなんだ?」
と言うことで私は抱き着いてくるカノンと恋人の抱擁をしてショックだった心の傷も癒えたので、気になることを聞いていくことにした。カノンと擦れ合うほどの距離で見つめる私に、カノンはちょこっと小首を傾げた。
「ん? えっと、実は私のところでは恋人や友達同士でグルーミングはしないんだ」
「そ、そうなのか。なれていないと言うのは、そう言うことか。いや、しかし行為自体は知っていたんだな?」
「んー、動物がそう言う名前の行為として、舌でお互いの毛づくろいをする概念はあるから、全身に毛がある人たちにとってはそう言うのをするんだろうな、と。知識だけで身近に動物がいなかったから、具体的にどういう行為かはよくわかってないけど」
動物の行為って。いや、別に、例えば穴熊が家族同士で頭をぶつけあうコミュニケーションをしていると知っているから、熊族の人が頭をぶつけてきてもそう言うコミュニケーションなんだろうと理解する、みたいなことだろう。実際に熊族は家族になる時に頭を密着させる儀式があり、黙って見つめ合い頭をぶつけられるのは古典的な求婚の行為だったりする。
同じ哺乳類だ。人と獣が違うのは知能の差であり、肉体的の構造的には子ができるシステムもだし、食べて栄養をとって寝て体を休めてと生き方も基本は同じだ。コミュニケーションも見た目が似た動物と同じものをつかうのはおかしいことではないし、実際進化の過程で共通して残ったのだろう文化の名残はいくらでもある。
それにカノンはまだまだ成人したばかりなのは事実だ。自分たち以外の種族を全く認識していない以上、私が思っていた以上に文化や表現に差があると心得て振る舞っていただろう。元の知識も成人したてでまだまだ世間知らずな部分があってもおかしくないのに、さらにその状況なのだ。
グルーミングを毛がある種族なら恋人ではなくてもすると思ったからと言って、責めるのは酷な話だ。ちゃんと言葉で説明して、すり合わせればいい
「カノン、その、グルーミングはな。恋人同士でするじゃれあい、のようなものだ。愛情表現の一種と言うか。私としてはカノンにして、カノンが受け入れてくれるのは恋人らしくて幸せな気持ちになるんだが、カノンはどう感じていたんだ?」
「えっと。最初はただたんにすごく仲良しの同性の友達だからする行為と思って何とも思ってなかったけど、その、マッサージとか気持ちいいし、ケイさんのこと意識してからは……ちょっと、ドキドキはしてたよ」
「それはつまり、意識してくれていたと言うことか」
「うん……」
カノンは自分の両手をあわせて恥ずかしそうにもじもじしながら上目遣いに頷いた。その様子はとても可愛い。
が、それはともかく、早急にことを運ばないでよかった。下手をするとカノンからしたら恋人じゃないのに行為に及ぼうとする危険人物に思われてしまうところだった。
カノンは恋人の愛情表現と思っていなかったけれど、少なくとも親しみの証とは思っていたし、実際気持ちいいとも思ってくれているらしい。なら特に問題はないだろう。
嫌ならともかく、私としては無意識にしてしまう本能的な愛情表現だし、カノンにグルーミングをすること自体が好きなのでやりたかったので、文化的に本当はNGなどと言われないのもよかった。
私はほっとしながら、安心感からぺろりとカノンの頬をなめた。
「あ、えへへ。えっと、あのさ、じゃあ、私がキスした時、グルーミングって言ってたのも、同じような意味だったのかな?」
「キス? キスはこう、だろ?」
私はカノンの鼻先に自分の鼻をくっつける。もちろんこれも愛情表現ではあるが、これこそ特別恋人だけの行為ではない。私は元々は友人でもあまり積極的にスキンシップをとるほうではないが、たとえば友人が失恋で凹んでいたなら肩を抱いてキスをして慰めるくらいはするだろうな。くらいの行為だ。
キス、と言う名称はあるが、そう意識してキスをなんていうものではない。が、そう言うということはカノンにとってキスは特別な行為だったのだろうか。だとしたら昨日普通に寝ているカノンにしてしまった。と思ったが、その前にも意識していなかったので普通にカノンにしていたような?
「えー、まあ、鼻ちゅーもキスはキスだけど、そっかー。えっと、口と口をあわせる、その……」
カノンは顔を赤くしながら手を私の胸にあてた。そしてもたれるようにしてお尻をあげて私の腕の中で膝立ちになった。ほんのすこしだがカノンの方が目線が高くなる。
カノンは私の頬に片手をあててから、そっと私の口に唇をあてた。ほんの一瞬のときめきに胸を高鳴らせる私に、カノンは夕日のように赤くなって、しばしの沈黙ののちに口を開いた。
「あの、こういう。口を合わせるのがキスって言って、恋人とだけすること、かな。その、だから、朝、寝ぼけてしちゃって、その……でも、通じてなかったんだよね」
「そ、そうだな。グルーミングをするときに当たることはあるかもしれないが、それそのものに特別とは。いや、もちろん、グルーミングに似た行為なので友人ではしないが」
カノンの問いかけに答えつつ、これがキスだったのか。すごく控えめなグルーミングと思ったら、キスって。じゃあカノン的には普通に恋人としてすることと思いつつ寝ぼけて私にキスをしたのか。
それはそれで可愛いし、グルーミングが無いと言うのはあの朝は私が勝手に興奮していたのかと思ったが、別にそう温度が違うことはなかったようでそれは嬉しい。
だけどただ触れるだけとは控えめなことだ。毛がないからあまり舐めると痛かったりするのだろうか。ちゃんと確認しておかないと。
「舌で舐めたりはしないのか? もしかして舌で舐めすぎると痛かったりするか?」
「ん……痛いとかはないし、舌をつかうキスもあるけど、その、表面をなめるっていうより、口の中にいれる、みたいな感じ、らしい、です。ご、ごめん。私、恋愛とかあんまり興味なかったし、初めてで、ほんと、よくわかってなくて。ただでさえ異世界人でめんどくさいのに」
「いやいや、そんな気にすることはないと言うか、私もだからな?」
恋人になったばかりではあるが、お互いそう言った行為になれていないと話したことはある。勘違いしていたとはいえ、実際にお互いに恋人がいなかったのは間違いないのだ。私だって人に言えるような経験はない。
格好つけたい気持ちはあるが、ただでさえややこしい私とカノンの関係では無理をしても仕方ないだろう。
「その、お互いにしたいようにして、嫌じゃないか、探り合いながらすればいいだろう。お互いが何が好きかすり合わせていくのは世界が違っても当たり前のことだろう?」
「そ、そうだね。そっか。うん。そうだよね」
私の言葉にカノンも納得してくれたようで、まだ頬を染めたままの愛らしい表情のまま何度も頷いてくれた。
私はそんなカノンの頭をそっと撫でて、ぺろっとその頬を舐める。その表情を見逃さないようじっと見ていたが、痛がるまでいかなくても違和感や抵抗がある様子はないようでほっとする。
「カノン、これだけは約束してくれ。ただ育ってきた文化が違うからと遠慮して我慢する、と言うのはなしだ。少しでも嫌だと思ったら素直に言ってくれ。それで気を悪くすることはないし、むしろカノンのことを知れるなら嬉しいから」
以前にも似たようなことは言ったが、恋人になったのだからこれだけは改めて言っておかなければ。そう思ってカノンに真面目にお願いした。カノンは照れたようにはにかみながら素直に頷く。
「ん。わかった。その、ケイさんもだからね? 私は異種族の人との接し方自体わかってないから、ほんと、動物にするみたいに失礼なことするかもだし」
「ああ、わかった。嫌なら言う」
と答えつつ、カノンからの今までの態度の気安さは動物扱いに近いところが合ったのか? と少し考えてしまう。ものすごくスキンシップが多めで積極的だったのは私を恋愛相手として意識してのことではなかったのか。まあそれは残念だが、別に嫌ではなかったな。と言うかカノンにならペットのように可愛がられるとしても全然ありと言うか。
いや、これ以上はよそう。カノンが望むならともかく、勝手に変なことを考える必要はない。
とにかくこれで、恋人として過ごすのに支障はないだろう。うむ。と言うことは、今からは恋人としての時間と言うことだ。
カノンが私と付き合っていないと思っていたのは衝撃だが、今は付き合っていて、グルーミングの意味も理解してもらえたのだ。そして今もずっと腕の中にいて、カノンから私にも愛情表現としてキスをしてくれていたのだ。これで気持ちが高ぶっていないほど、私は枯れていない。
「その、ところで、早速でなんだが……グルーミングをする、と言う約束だったと思うんだが。どうだろうか」
カノンからすれば恋人になったばかりと言う認識だろうし、性急にすぎると思うかもしれないけど、今日は朝からそのつもりだったのだ。提案するくらいは許してほしい。
そんな欲望丸出しの私に、カノンははっと自分の口元を抑えつつぽっと頬をそめた。
「あ、そうだったね。うん。するよ。でも、下手くそでも許してね」
少しばかり申し訳なさそうなカノンだが、そんなことは問題ではない。むしろ、カノンのいたところではグルーミングの文化はないと言うことは、本当に文字通り私がカノンの最初なのだ。親兄弟ですら経験がない初体験をこれから私が全部もらっていくのだ。そう思うと、一層興奮してしまう。
「カノンがしてくれるなら、それで大丈夫だ」
「う、うん。じゃあ」
カノンは顔を真っ赤にしながら、そっと私に顔を寄せて、ちゅっとキスをして、それからゆっくりと舌を出してグルーミングをはじめた。
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