第12話 転移者は積極的

 すごーく楽しい夢を見た。ケイさんは犬じゃないけど、夢の世界では普通にケイさんに出会ってるとかじゃなくて元の世界にいる私で、ケイさんそっくりなおっきくてふわふわで可愛くてカッコいい犬が私にめちゃくちゃ懐いてくれて顔中ぺろぺろなめられる夢だった。そして犬なんだけど普通に名前もケイさんだったし。

 だから、って許されるわけじゃないけど、目が覚めた時も全然夢うつつで、普通に目の前のケイさんにキスしてしまった。


 した瞬間は下心ではなかったけど、眠気が覚めて普通にケイさんにキスしちゃったと気づいたらもちろん意識しちゃうわけだし、しかもケイさん次は寝ぼけずにしてとか言うし。

 そんなのね、勘違いしちゃうじゃない? もしかしてケイさんも私のこと? とか妄想するじゃん? ただでさえこっちは寝起きでまだまだ頭正常じゃないのに。


 なのに、グルーミングって。いや、グルーミングだって親しい人とする大事な行為なんだろうし、ケイさんも寝ぼけてでも嬉しかったって言ってくれるくらいなんだし、言われなかったらしなかっただろうから寝ぼけてしちゃったのグッジョブなんだけど。

 でも、でも、あああ。しかも、グルーミングと思われたんかい! ってがっくり感とケイさんもちょっとがっかりしたみたいな反応をするから、思わずまた改めてとか意味不明なこと言ってしまった上、ケイさんがあんまり嬉しそうだから今夜とか約束してしまった。


 グルーミングならって感じで普通に約束したけど、冷静に考えてキスじゃん。なんならやってることキスより過激じゃん。マッサージはあれだけど、舌で舐められるのもまだ顔近いしドキドキするってくらいで、耳とか首元はくすぐったくて本気で笑っちゃうけど、それだけって思ってたのに。

 冷静に考えたら私、好きな人に顔も口も舐められてるじゃん。いや、首を舐められるとかめっちゃえっちじゃん。しかもそれを、私からするの? そんなの、よこしまな気持ちゼロとか絶対無理じゃん。


 あー、むり、むりむり。って、思うけど、ケイさんのあの嬉しそうな反応見たら、無理なんて絶対言えないよぉ。


 今までも普通にしてたし、多分グルーミングは、まあ言っても家族くらいの仲にする程度には特別な行為だろうけど、恋人とかそう言う色恋とは関係ない、ごく普通の行為なんだ。だったら郷に入っては郷に従え。ここは私も頑張って、可能な限り下心無く、ケイさんをグルーミングするしかない!

 だってもう約束しちゃったもん。やっぱ無理とか言ったら何で無理なのってなるし、そしたら朝のあれもグルーミングじゃなくてキスでしたってことになっちゃうし。事実だけども。

 いずれは告白するけど、なんならこの旅行でワンチャン狙ってるけど、でもそれは今このタイミングではない。好意を高めてから告白すべきであって、この流れで下心丸出しで告白なんかして、脈があってもなくなるよそんなの。


 というわけで、何とかケイさんに怪しまれないようにするしかない。私は覚悟を決めて、グルーミングを無心ですることを誓った。


 朝起きてからずっと夜のグルーミングを意識しちゃってるけど、多分表面的にはケイさん怪しんでないし普通にできてるはずだ。









 街をでて少し歩いたところにある湖までは整備され歩きやすくなっていて、普通に私でも歩いて10分くらいだった。そして湖までは平原だったんだけど湖の向こうは森になっている。それ自体はおかしくないんだけど、その木が綺麗に花を咲かしていた。ピンク色の綺麗な花で、遠目には桜にも見える。


 この世界は謎の翻訳が働いているのか同じ名前でも微妙に見た目が違ったりするから、多分同じ桜って言うことはないだろう。

 それにしても食材とか馬とか、見た目違うけど用途とか味とか似た感じだから同じ名前、みたいに翻訳されているのもあれば、急に固有名詞出てくることもあるから結構謎だ。


「カノン、予約してくるからちょっと待っててくれ」

「はーい」


 湖脇のボート小屋の受付にケイさんが予約をしに行った。すでに数人いて小さい小屋はドアが開いていて中がいっぱいだったから、一人で外で待つ。他にも同じように外で四人ほど待っているのに二人で入るのはないよね。

 でも今日は朝からずっと一緒だっただけに、ちょっと寂しく感じちゃう。気を取り直して離れないようにしながら周りを見る。


 桜っぽい木が湖にも映ってて、本当に綺麗だ。ボートにのったらさらに近づけて綺麗なんだろう。イメージだけでもわくわくしていたけど、実際に目にすると想像以上に綺麗でボートに乗るのがすごく楽しみになってきた。


 話には聞いていたけど、湖の手前側も結構お花が咲いているし、歩きやすいようちゃんと整備された道があるのが見える。途中途中にベンチもある。奥には小屋があって、それは釣り小屋らしい。

 朝一だから今はまだ空いているけど、観光シーズンだから昼頃にはさらにお客も増えて屋台もでてきてにぎやかになるらしい。ボートは景観の為に数が制限されているし、金額も結構するし当日朝の予約制と言うことで、今までケイさんは乗ったことがなかったそうだ。

 観光ガチ勢の遊びがボートだったらしい。ちなみに釣りも一人一匹まででそれ以上はリリースと決められているらしいし、思っていた以上にしっかり観光地みたいだ。


 今のうちに自然な景色を目に焼き付けておこう。


「待たせたな。昼過ぎにはのれるそうだ」

「あ、おかえりー」


 さらに他にも予約客が来たのを横目に見ながら、邪魔にならないよう景色を見ているとすぐにケイさんは出てきた。無事に予約できたみたいだ。よかった。


「じゃあ予定通りゆっくり見て、落ち着いたところでご飯食べる感じかな」

「そうだな。行こう」

「うん!」


 多分そうなるだろうと言うことで、街を出る前に昼食としてサンドイッチをかってある。小ぶりなバゲットに切り込みをいれて具材を挟んだボリュームのあるものだから、それまでに体を動かしてお腹を空かせないとね。


「ケイさん、このあたりの小さい黄色い花も綺麗だよね」

「だな。小ぶりなのが愛らしい」


 ケイさんは可愛いとかすぐに言う。私も人のことあんまり言えないけど、ケイさんは見た目おっきくて話し方も格好いい系だからそうそう簡単に言いそうにない雰囲気でそれだから、ギャップで私が言われてなくてもドキッとしてしまう。

 お花を優しい目で見てるケイさん可愛いよね。素敵。はー、やっぱり好きだわ。このケイさんに私から今夜顔を舐めまわすのか。あ、意識してしまった。

 いやでもやっぱり忘れるの難しくない? 好きって無意識に思うたびにそりゃ意識するでしょ。あー。


「あっ」

「カノン、危ないから手を繋ごうか」

「う、うん。お願いします」


 ケイさんから顔をそらして景色に目をやった瞬間、勢いで踏み出した足の下の石がずれて態勢をくずしてしまった。当然のようにケイさんが優しく抱き留めてくれて、注意することもなくそっと私の手を取ってくれた。

 きゅ、きゅんだよ! こんなの恋に落ちるに決まってるじゃーん! ケイさんの初恋泥棒!


 私はケイさんと右手をつないで、そのままついついケイさんの左腕を軽く抱きしめる様にしてしまう。外なので普通に長袖を着ているから、ふわふわ感はそれほどじゃない。でも柔らかい中にケイさんのたくましい腕がしっかり感じられて、すごくドキドキしてきた。


「か、カノン。積極的だな」

「え、駄目だった?」


 今までもしょっちゅうケイさんにくっついていたし、その時は何ともなかったのに、どうしてか戸惑ったようなケイさんの声音に私は顔をあげた。

 ケイさんは当たり前だけど顔中に毛が生えているので、顔色と言うのはわかりにくい。赤くなったり青くなったりはしない。


「いや、駄目ではないぞ」


 だけど軽く頬を搔くその仕草と私にまで軽く触れるようにゆれる尻尾の動きから、照れているように見えた。

 な、何で急に照れるの? 可愛すぎる、と思ってはっとする。え、もしかしてこれ本当に、ケイさんも私のこと好きで意識してる可能性ある? グルーミングはともかくとして、これ、デートってケイさんも思ってる可能性が?


「じゃあいいでしょ? 私、ケイさんと、もっと仲良くなりたいな」


 心臓が余計にうるさくなってしまった衝動のままに、私はそう気持ちを伝えた。拒否されたら勘違いと流せなくもないけど、自分的には結構ストレートに言ったつもりだ。


「そ、そうか。その、私もだ」


 んん!? いやこれ、ほんとに、勘違いしてもいいんじゃ!? いや、焦りは禁物だ。

 よし、押そう! こうなったら今日のデート、押して押して押しまくろう! そんでケイさんの反応がよかったら、夜のグルーミングの時にちゃんと気持ちを伝えよう!

 それしか私がケイさんにできるだけ誠実でいる方法はない!


 と言う訳で私はケイさんと腕を組みながら散策する。道を挟んだ水辺と逆側にある小花はある程度いったら種類が変わっている。花壇と言うほど管理はされていないけど、観光名所と言うことである程度意図的に花を植えてるんだろう。

 オレンジ色の花弁が大き目の花は小ぶりなチューリップっぽさもある。可愛い。あー、そしてケイさんに似合う。


 管理されている地区になるので花を摘むのも禁止だけど、そうじゃなかったら花束でもつくってケイさんを飾り立てたいくらい似合う。あ、そう言えば宿を出てすぐ近くにお花屋さんがあったな。

 プレゼントしたりしたら、雰囲気もいいのでは? いやー、ちょっとカッコつけすぎかな? でもどうなんだろ、ケイさんの好きなタイプとか。むきむきで強くて頼りになるタイプ、とかだとちょっと無理目なんだけど。


「これ、いい匂いだな。カノンはどうだ?」

「かがしてかがして、んー? あんまり匂いしなくない?」


 ケイさんがかがんで大ぶりな白い花に鼻先をよせてそう言ったので、私も隣にしゃがんで顔をよせた。ケイさんが言うのでてっきり甘い匂いでもするのかと思ったけど、案外匂いがしないと言うか、むしろ青臭い系? 実際に臭いわけじゃないけど、草っぽい匂いだ。


「ん? そう、か?」

「あ、そう言えば種族によって感知できる匂いに差があるんだっけ。ケイさんとか目も耳もいいけど、鼻もいいんだね」

「あー、それは確かに聞くが、そんなにか?」


 不思議そうにしているケイさんに、私は思いついたことを答える。元の世界でもそうだけど、こっちでも見た目が違うだけじゃなくて種族が違うと能力に差がある。単純な身体能力だけじゃなくて、例えば店長さんは舌で匂いを感知するって言ってたし、動物と似たような差があるんだろうね。

 そう考えると同じように物をみて同じ言葉で話しても、全然違う見え方だったり、異なる認識をしている可能性もあるわけだ。うーん、生命の神秘。


 この際なのでケイさんとどのくらいまで遠くに見えるのーとか話しながら進み、端までついたら釣り用に湖の上に出っ張るように張られた橋みたいなところに乗って下を覗き込んでみる。


「お、あそこに魚の群れがいるな」

「え、ほんとにケイさんすごい目がいいよね」

「うーん、まあ、目がいい自覚はあるが、そこまで感心されるとどうも落ち着かないな。そんなに見えてないのか?」

「んー、もちろん、こうして近い距離ならわかるよ? でも水面は反射しているし、群れまでぱっとわからないよ」

「水音もあるし、わかりやすいと思うんだが」


 そう言う複合的な要素でわかるのがすでにすごい、ん? いや待てよ、私がケイさんばっかり見てケイさんにしか注意を向けてないから周りを見れていない可能性もあるのでは? ん、まあ、いいか。


「ケイさん、釣りはするの?」

「以前ここに来たとき一度したが、あまり楽しいとは思わなかったな。カノンは興味あるのか?」

「ううん。ケイさんがしたいならやってるとこもカッコいいだろうし見たいけど、私自身はしたくないかな。虫とか積極的に触りたくないし」

「カノンは虫が苦手だもんな。しかし、ふふ」

「あ、もしかして私のミスを思い出し笑いしてない?」

「す、すまない。そう言うつもりはないんだが」


 前に家を10センチくらいの大きい黒い虫がでたことあって、文字通り飛び上がってケイさんに飛びつくように逃げようとして、腰が抜けて結果ケイさんの足にすがりつくようになってしまったことがあった。

 ゴキブリではなく、換気の為に窓をあけてはいってきただけで樹液を吸う虫だし、別に汚いわけでも忌避されてもいない害のない虫らしい。ケイさんはスマートに私を抱きあげて虫も逃がしてから私をなぐさめてくれたけど、慰めるために私を撫でつつ、私の反応にしばらく肩をふるわせて笑いがとまらなかったことがあった。


 よほどツボにはまったらしく、珍しかったので印象が大きい。なので肩をふるわせたケイさんの様子に思いついて聞いたらやっぱりそうだったらしい。

 うー、自分でも確かに情けないくらい、絵にかいたような悲鳴とビビり方だったけど。たかが虫に。でも、10センチ級のゴキブリかと思ったらビビるでしょそりゃ!

 こけたりとか怪我もなかっただけに純粋に笑っちゃうんだろうけど、ぐぬぬ。もしかして私、ケイさんに情けないとこばっか見せてる?


 な、なんとか挽回しないと。でも虫はちょっと。冷静になったら別にゴキブリだって退治できるよ? あれは不意打ちの10センチはずるいだけで。あと釣りの餌はちょっと見た目が無理なだけで。むむむ。


 な、なんかないかな。私はなんとかケイさんにいいところを見せるべく、周りを見渡してみたけど、特になかった。

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