第11話 現地人は転移者の不意打ちにときめく
カノンとついに目的の街、ラーフについた。想定通り宿に直行するくらいには遅くなった。だいたいこんなものだろう。宿の明かりがついている内についたのだから十分だ。最悪、街にはいったところで馬車内で夜を明かすこともありえるからな。
今回の行程は距離的にそこまでいかないと思っていたが、カノンと言う馬車初心者がいるのでそうはならずに本当によかった。
結局ずっと私の膝に乗せることができたが、それでもなれないと負担は相当なのだろう。カノンもずいぶん疲れたようで私が手を舐めていると顔を伏せて、私に抱き着くようにして動かなくなってしまった。
さすがにそのまますぐ寝たわけではなかったが、ぐずるように私から離れなかったのでそのままゆっくりしていつもよりさらに早く眠った。
馬に舐められた時はひたすらくすぐったがっていたが、私はそうでもなかったので少しは私の舌になれてきてくれているのだろうか。そう思うとちょっとした優越感すら感じる私はちょっと末期かもしれない。
とにかく昨日はそうして早く寝たし、旅行にしては早く目が覚めた。カノンはいつもは早起きだが、さすがに初めての祭対応の疲れにくわえて昨日の馬車移動だ。まだ眠っている。ボートの予約の為に早めに出る必要はあるが、平日より遅いと言うだけでまだ余裕はある。
すやすやと可愛らしく寝ている。交代で順に寝顔を見ていることになるが、何度見ても可愛い。
と考えてから、私の寝顔もいつも見られているのだと当たり前だが気が付く。そう思うと少し気恥ずかしい。
だけど少なくともカノンにだけは、制御できていない寝顔を見られても怖がられないかと心配する必要はない。カノンはいつも私に可愛いと全力で言ってくれるから。
「……んー」
じっと見ていると、もぞもぞと手を動かしながら声をあげだした。寝ぼけているのか、起きそうなのか。とりあえず見守ることにする。
「けぇさぁ……んへへ」
「カノン……」
寝ぼけながらも、間違いなく私の名前を幸せそうに呼びながら、カノンは私の手をつかんですり寄りながら笑った。そのあまりの愛らしさに、思わず名前を呼んで応えてしまった。
カノンの眠りは醒めないようで、口元をむにむにさせてから静かになった。
「はぁ……」
ため息がでるほど、可愛い。こんなに可愛い子が、私を好きなのだ。両思いで、恋人なのだ。たまらなく嬉しい。こんな幸福が待っているなんて、考えたこともなかった。
私は所詮可愛さとはかけ離れた存在で、可愛いものを見て近くにいられるだけで満足だと自分に言い聞かせていた。だけど、カノンがいれば、私自身も可愛いの中にはいれる。カノンは迷いなく、私のことも可愛いと言ってくれる。
私とカノンはまだ、全然長い付き合いではない。それでも信じられる。カノンの声、目、匂い、その全部が私に対して好意的であることを疑う余地がない。
昨日だって、馬車に乗っていて乗り合い相手に話しかけられるのは珍しい。それも相手は小柄な兎族で、私を見ると大げさに避けていくことも珍しくない警戒心が強い種族だ。実際、私が馬車に入った瞬間耳を動かしながらもこちらに対して一切反応しないようやや硬くなっているのが見えた。カノンが無邪気に私と接してくれているから、向こうも警戒をさげてくれたのだろう。
カノン一人いるだけで、まるで私の周りの世界が、空気が変わってしまうようだ。今もそうだ。朝、起きる。それだけでこんなに幸せな気持ちになる。
「……」
至近距離でずっと見ていると胸の奥からあふれる気持ちが我慢できなくて、つい、こつ、と鼻先をカノンの鼻にあててしまった。カノンの鼻先は渇いていて、ちょっと柔らかくて簡単に形が変わる。
つんつんと何度かつついてみると、カノンはまたにへへ、と笑ったが寝たままだ。その無邪気な姿を見ているとますます愛おしくて、私はぺろぺろと舌をのばしていた。
口の端から鼻の横に。カノンの鼻は先がとがって、横に小さなふくらみがある。その形が不思議で左右の膨らみは骨がなく柔らかいので舐め心地も面白い。
頬もいい。そもそもカノンの肌はかすかに産毛があるくらいで全然長い毛がない。だから今まで舐めたことのある親兄弟とは全然違って、抜け毛が絡まることもなく、永遠になめていられる。直接肌を舐めるとこんなに柔らかいのだとすごくわかるし、匂いもとてもいい匂いだ。
唇を舐めるとさらに柔らかい。質感が他の肌と全然違って。他の部分は柔らかい中にも張りがあるのがわかる。唇は毛穴もないからかとにかく柔らかい。膨らんだ唇とその周りとの境界線も癖になる舐め心地だ。
「ん……?」
いつもはすぐにカノンが笑い出して震えたり身をよじったりしてしまうので、一か所ずつじっくり舐められるのが新鮮で夢中になって舐めていると、ふいにカノンが首を微かに揺らしながら目を開けた。
いくら恋人とは言え、寝ている間にすこし不躾だったと文句の一つくらいは言われることも一瞬覚悟したが、カノンはとろんとした目でゆっくり焦点をあわせ、ニコーっと笑った。
「けぇさーん」
そして抱き着いてきてそのまま私の口と口をあわせた。舌でなめるでもなく合わせるだけでやめたカノンは、そのまま楽しそうに私の首毛に顔をうずめて頬ずりしてくる。
か、可愛すぎる!!
え、今のグルーミングのつもりか? カノンから初めてされた。もちろんブラッシングも気持ちいいが、口を使うのは特別だ。ブラッシングすら初めてと初々しかったカノンが、自分から口をつけるなんて。可愛い!
「んんー、ん? あ、えっ、け、ケイさん! あっ、す、すみません!」
「ん? どうしたんだ、カノン」
カノンはしばし私の首筋に鼻先をつっこんでいたが、ふいに目が覚めたようでばっと私の体に手をあてて離れた。私の鼻先まで顔を戻したカノンはぱちくりと私と目を合わせて、真っ赤になって何故か謝罪した。
「いや、その、今、えっと。ね、寝ぼけていて」
「ああ、そうだな。次は、寝ぼけていない時にしてくれ」
「え、そ、それは、その、えっと」
「別に、急かすわけじゃないよ」
「う、うん」
カノンは私の言葉にますます赤くなっていく。可愛いけど、そこまで初心だと本当に、次がいつくるのやら。焦るつもりはない、けど、まあ、いいか。とりあえず、いくら意識的にしたわけじゃなくて慌てたからって何も謝ることないだろう。
天にも昇る気分だっただけに、混乱したとはいえ今のを謝るなんて梯子を外された気分だ。そんなつもりじゃなかったとしても、そう言う気持ちでいてくれていることが嬉しいのに。
「ただ、なんと言うか、謝るのはなしにしてくれないか? カノンからのグルーミング、寝ぼけてでも私は嬉しかったんだ」
そんなに怖がらないでいい。今すぐじゃなくても、私はずっと待つし、少しずつ、カノンのペースでも嬉しい。だからもっと前向きに、後ろを向かずにいてほしい。そう伝えたつもりだった。
「っ、ぐ……ぐるーみんぐ、は、その、……また、改めてと、言うことで」
「え? あ、改めて?」
あ、しまった。真っ赤なまま予想外な返しをされたので普通に言質を取るがごとく問い返してしまった。
だって、え? さっきの謝罪はもしかして、最初のグルーミングは寝ぼけてじゃなくてもっとちゃんとする、みたいな感じなのか? だとしたら全然話が変わってくる。
「う、うん。改めて……よ、夜とか」
しかも、夜!? 今夜!?
「そ、そうか。その、うん。楽しみにしてる」
やばい。私だってまあ、少しはその気があっての旅行だが、無理強いする気はなかったのに。まさか、カノンも同じようにこの旅行を考えてくれていたのか。
それで勢い余って寝ぼけてしてしまったとか? だとしたらカノンの態度もわかるし、私こそ空気読めてなかった。
いやでも、あの態度であの照れ具合で、カノンも本当は自分からするつもりだったとか読めるか? いやいやまあ、言い訳なんだけども。
と、とにかく、まさかの不意打ちの可愛らしいグルーミングでもすごく嬉しかったのに、ちゃんとカノンもその気で、今日の夜って。
こ、興奮してきた。いかん。まだ朝は始まったばかりだし、肝心のこの街の観光もまだ先だ。落ち着け。
「お、起きるか。お腹も減っただろう」
「う、うん」
頭を冷やすために一旦距離をとる。着替えて朝食をとる。宿は以前にも宿泊したことがあり、前回と変わらず食事も文句なしだった。美味しいな、と言いあっているとさすがにカノンも朝の照れから回復したようで体から緊張が抜けていった。
よかった。とは言え、この後も普通にデートだ。と言うかまあ、元々全体的に
全部デートなのだが。昨日もずっとカノンを膝に乗せていたわけだし。
人目が合ったからあれだが、なんだかんだカノンをずっと膝にのせるのも楽しかった。ちいさくていい匂いがして可愛いのをじっくり堪能できたと言うか。
とにかく! 普通に。夜のことまで考えずに普通に、楽しむぞ!
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