第10話 転移者は人目を気にして恥じらう

 ケイさんとのうきうきの旅行。馬車に乗るのも初めてで楽しみだったのだけど、馬が思ってたのと違ってびっくりした。街の中を移動するのは馬車じゃなくて荷物引きの犬っぽい生き物だったし、街から街の長距離移動用の馬車と言うのは初めて見た。

 遠目には見かけたけど、世界が違うけど犬っぽい生き物は普通に犬っぽい感じだったし、馬もそれっぽいシルエットだから気付かなかったけど、馬は思った以上に違う生き物だった。

 茶色いし毛も生えてるし長い尻尾っぽいのもある四足の動物で首も長い、とパッと見共通点はあるけど、こう、鬣から尻尾まで針みたいだし、凄い足太くて全身筋肉凄い。足先は蹄じゃなくてするどい爪のあるちょっと猫系っぽい足だ。


 最初はびっくりしたけど、とげとげもハリネズミみたいなものだし、顔立ちはきつめの猫系でおめめくりくりだし、横についてるちょっとゾウっぽい大き目の耳もぱたぱた動いて愛嬌があるし、可愛らしい。

 ケイさんもこの馬? が可愛いみたいだ。ケイさんって結構可愛いものが好きだよね。ケイさんみたいな人が可愛いものにかわいーってなってる姿、本当に可愛いよね。


「んー、思ったより揺れるね」

「一日でつくにはギリギリの距離だからな。最速で夕方だが、場合によっては普通に寝る時間くらいにはなる可能性はあるから、最初は特に飛ばし気味になる」

「そうなんだ」


 言っても地図上ではそれほどの距離じゃなかったし、馬車とは言え朝早くから夕方、と言うのでゆっくり行くのかと思ったけど、馬車でも早くしないとつかない距離なのか。

 まあ、あの馬一頭の話だもんね。結構早いけど、そりゃあ電車みたいな速さはでないか。一応座席には柔らかめの皮? が引かれているけど、奥のごつごつした木の座面を普通に感じるから、揺れると地味に気になる。長時間になるとお尻痛くなりそう。


「大丈夫か? 気持ち悪くなったりしたら言うんだぞ」

「それは大丈夫だけど、ちょっと椅子が堅いから」

「カノンは毛がないからな……。膝に乗るか?」

「うーん。ちょっとお願いしてもいい?」


 それは図々しいでしょ、と思ったけど夕方までずっとだと絶対しんどい。立つには狭いし危ないだろう。

 と言っても私がずっと膝にのるのもいくらケイさんでもしんどいはずだ。ここは早めにのらせてもらって、椅子にも戻って交互にケイさんにも休んでもらいつつ私のお尻も休ませるのがベストのはず。

 迷惑かけて申し訳ないけど、ケイさんから言ってくれてるのに固辞してお尻痛すぎて最後歩けない、とかなっても迷惑だ。ここは素直に甘える。


「ああ、おいで」


 ケイさんは荷物を私の足元においやってから、私を抱きよせた。かるーく持ち上げられて膝に座らせられる。軽く膝を開いてくれたのでケイさんの膝の内側に私の膝が並ぶ形だ。と言ってもケイさんのもふもふな毛並みがクッションになっているのでほぼ乗っているけど。

 ケイさんに抱っこされるのは高いところの物をとる時もよくしてくれるし、膝枕とかもよくしてくれるし、特に何も意識せずに座らせてもらった。


「具合はどうだ?」

「ん、す、すごくいいよ」


 でもあの、普通にお腹に手を回されてシートベルトみたいにされているのが、その、マッサージの時に膝抱っこされてるのを思い出してちょっと意識してしまった。

 私のお腹にケイさんのもふもふのお手手が。しかも両手を軽く組んでるから両手分の肉球が全部触れて軽くぎゅっと押し付けられてるのが見える。もちろん普段と違って寝間着じゃないしちゃんとした服を着てるから、肉球の感触までは分からないけど。

 み、見ないようにして意識しないようにしないと。


「あの、重くなってきたらすぐおろしてね? ずっと乗ってるとか無理だろうし、こまめにケイさんから降りて、椅子とケイさん往復する形にするからね?」


 外なので余計に恥ずかしい気がしちゃって、正直ちょっと、やっぱり大丈夫って言いたいくらいなのだけど、実際にこれをやめるとお尻が死ぬのでそこは仕方ない。

 ていうか私の気分の問題で合って、ケイさんにそんな気はないし、普通に提案してきたんだからきっと他の人から見ても子供が大人の膝にのってるくらいにしか見えないはずだ。変にやめるのもおかしい。


 なので当初の予定通りにそうケイさんに言う。ちゃんと言わないとケイさん限界まで我慢しそうだしね。


「ん? まあ、そうだな。カノンは軽いからずっとでも大丈夫そうだが、そうなったら言わせてもらおう」

「う、うん」


 本当は30分ごと、とかできたらわかりやすいけど、時計はあるけど腕時計をみんなつけてる、みたいな感じじゃないし、結構時間間隔適当なんだよね。まあ負担なのはケイさんなんだし、そこはケイさんに任せよう。


「ふふ、可愛らしいわねぇ。親子で旅行?」

「あ、ち、違います」


 前から声をかけられてはっとしながらなんとか返事をする。前の席の多分声の感じからご年配?のご夫婦っぽい二人が振り向いていた。もしかして声大きかったのかな。足を前の席にぶつけたりはしてないけど。


「あらそうなの、ごめんなさいね」

「いえ。すみません、声、大きかったですか?」

「大丈夫よ。私が人より耳がいいだけから」


 そう言って奥さん?はウサギっぽい耳をぴくぴくさせた。可愛い。肌白くて耳先と鼻だけ黒いのがすごい映えてて可愛い。声がお上品な老婦人って感じのお声だし、服装も落ち着いた感じなのも似合っててすごく、貴婦人って感じだ。

 くすくすと笑う奥さんの隣の寡黙な旦那さん?は茶色い毛並みで片方のお耳だけ毛先が黒いのがお揃いですごいお似合いだ。


「それよりごめんなさいね。私、あまり多種族の方の年齢を見るのが苦手で」

「いえいえ。よく子供っぽく見られますから」


 ケイさんにも聞かれたし、この世界から見ると幼く見えるんだろうな。実際平均より小さいっぽいし。ウサギさんの二人も、ケイさんに乗ってる私と同じくらいの頭の位置なので私よりは大きい。


「お二人はどこまで行くの?」

「えっと」

「ラーフまでです」


 どこだっけ。名前が思い出せなくてケイさんの顔を見上げると、ケイさんはこくっと頷いて会話を引き継いでくれた。


「あら、最後まで。帰るところなの?」

「いえ。行くところです」

「ああ。アドミンの方ね。お祭り、とってもよかったわ。ありがとう」

「いえ、楽しんでもらえてなによりです」


 うんうん。お祭りの期間、ほんとにお客さん多かったし疲れたけど、みんな楽しそうで町全体がお祭り騒ぎで、私も休憩時間はいっぱいケイさんと街にくりだして楽しかったなぁ。

 こうやって外から来てる人から直接そう言ってもらえると、別にうちにきたお客さんじゃないだろうけど、頑張ってよかったって思うよね。


「ふふ。もしかして、新婚旅行かしら。邪魔しちゃってごめんなさいね」


 !? え、し、新婚旅行!? え、親子に間違われるのは見た目とやってることもあれだしわかるけど、え、親子じゃなかったら新婚に見える距離感ってこと!?


「ああ、いえ、なれない馬車移動ですので、ご迷惑じゃないとわかって、安心しました」


 私がびっくりしてる間にケイさんは卒なく答えてるけど、あれ、なんか、新婚旅行なの否定してない? あ、いや、まあ別にわざわざ否定するほどじゃないし、じゃあどんな関係って聞かれても困るかもだけど。


 私は人から新婚だと、ケイさんと夫婦だと思われてることにすごく恥ずかしくなっちゃって、ケイさんが奥さんとお話してる間も何だかうまくおしゃべりできなくて黙ってしまった。

 お腹のケイさんの手をぎゅっと上から握りながら、ケイさんも私と夫婦と思われるの、別に嫌じゃないんだなって思って、すごい、なんか、嬉しくて、この旅行でもしかしてちょっと、関係変わっちゃうかなってちょっと期待した。


 でも夜、ようやくついた目的の街はもう日も沈んでたしそうそうに宿にはいり、晩御飯食べてお風呂にも入ってから寝る前、ケイさんはなんかいつもと違って私の手を執拗にぺろぺろしてきた。

 一瞬すごいドキドキしちゃったけど、話を聞いたら馬に手を舐められてたから上書きって言うので、あの、嫌な気分では全然ないのだけど、これはあの、脈ありとかじゃなくてもしかしてケイさんにとって私ってペット的な枠なのかな? ってちょっと気付いてしまった。


 上書き、とちょっとどこか自慢気のような、いたずらっ子のような感じの上目遣いで言ってきた表情がまた格好良くてどきどきしたし、もっと好きになっちゃったけど、ペットかぁ。


 そのくらい一方的にお世話になってるし可愛がってもらってる立場なのは理解してるけど、うーん、この状態だとますます、私はケイさんのこと恋愛的な意味で好きって言いにくいな。ほんとに新婚旅行になるまでは、まだまだ時間かかるのかも。


 まあ、でもペット枠でも私に独占欲もってくれるくらいは好きって思ってもらえてる訳だし、脈がないってことはない、のかな? うん。

 私はまたひとつ、ケイさんに告白するまでのハードルを発見しつつ、同時にこれ絶対ケイさんのこと勘違いだったり諦めたりできないなってくらい、好きになっているのを自覚した。


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