第7話 現地人はお返しをする
カノンが私のブラッシングをしてくれるのはとても気持ちいいし、それで自分自身も喜んでくれているのもいいことだ。恋人としてのやりとりとしても健全でいいと思う。
だが、あまりに一方的にしてもらうばかりではないか。カノンも毛があればブラッシングを返したいが、素肌にブラシをかけるわけにもいかない。
もちろん、私からもカノンに隙があればグルーミングをしたりはしているが、頬からそれて耳や首元にいくとすぐくすぐったがってしまう。毛がないと普通よりくすぐったいのだろうか。そうなるとすぐに終わってしまう。どうすればカノンへ伝わるように愛情表現ができるだろうか。
「カノン、その、いつも私がしてもらっているから、ちょっと、いいか?」
「ん? うん!」
何を、とも言っていないのにカノンは嬉しそうにぴょこっと飛び上がるように喜んで私に背を向けるように座りなおした。その態度、可愛すぎる。やっぱり私からもちゃんとするべきだった。と少々後悔しつつ、まずはカノンからブラシを受け取り、髪から始める。
「カノンは、綺麗な髪だな」
「んー、そうかな?」
私にはよくわからないが、種族によって体の手入れは違うのでカノン用の洗剤を買いに行った時も、髪用に油も買っていた。私の毛は油は合わないが、カノンにはよく馴染んでいるようで、つやつやしていていつもすこし光っていて、とてもきれいだ。手で触れてもその輝きは失われない。
「私としては前つかっていたのと同じのはないから、ちょっとどうかなって思ってたけど、使い勝手はすごくいいけど、ケイさん的にいいなら、いいかな」
「ああ、油を使うと聞いて、最初はべたついたり汚れやすかったりするんじゃないかと思ったが、そんなことはないんだな」
「色んな種族がいる街でよかったよー。ケイさんは結構毛のお手入れとはなくて、素でふわふわで気持ちいいからいいけど、私はケアしないと海風で荒れちゃうから」
「そうなのか?」
そう言えば私もこの街にきてすぐは風の違いがしばらく気にはなっていた。匂いや体感的なもので毛がどうというのではなかったが、たしかに独特の空気を持っている。体質によっては影響を受けるのだろう。
異世界と言ってもある程度使っているものや文化は同じなんだな。とカノンを見ていると思う。同じように立って歩いて話しているのだから当たり前だが。
毛先まで丁寧にカノンの毛をブラシがけした。だがカノンの頭髪がいくら長くてもすぐに終わってしまう。これでは全然お返しとは言えない。私はブラシをおろして、そっとカノンの頭を撫でる。
上から下になでおろし、首筋。細くて片手で持ててしまう。ほんのすこし力をこめたら折れてしまいそうだ。肩。これもこうして後ろからつかむと本当に小さくて、手の平が余ってしまうほど小さい。
カノンを抱き上げたことはあるが、いずれも大切にそっと両手で持ち上げていた。だけど重さだけなら、片手どころか指二本だけでも持ち上げられそうだ。
こんなに華奢なカノンが当たり前みたいに、私の目の前で力を抜いて背中をむけている。その本能に逆らうような信頼感が、私にはとても心地いい。
初対面からなのだから、私だけではなくきっと誰にでもそうなのだろう。天性の危機感のなさ。簡単に人に騙されて、利用されて、食われてしまいそうな危うさだ。
だがそれでいい。カノンのことは私が守ればいい。
ちいさな体をそっとつまむように優しくマッサージをする。肉球で軽く圧迫する程度。爪先は引っ込めて、ひっかりのないように。
「ふふ。ケイさん、くすぐったいですよ。マッサージしてくれるなら、もうちょっと強くしてくれて大丈夫ですよ」
「そ、そうか? じゃあ、このくらいか?」
「うん、いい感じだよ」
ちょっと弱すぎたらしい。カノンはか弱く見えるし実際そうだが、寝ぼけてのりかかってしまっても簡単につぶれたりもしないからな。体をほぐすマッサージはちゃんと力を入れないといけないのか。といってもほどほどにだが。
「痛かったら言うんだぞ」
「はーい」
カノンの返事を聞きながら、ぐっと肉球を押し込んでいく。肩から腕に、指先まで。カノンがいつもしてくれているように。そして背中、お尻、足へと降りていく。足の指にふれるとカノンはやや恥ずかしそうにしていたが、私としてはまじまじと見たカノンの足は小指の爪まで可愛らしいとしか思えなかった。
「なんていうか、えへへ。自分がされると恥ずかしいね」
「気持ちよくないか?」
「ん、気持ちいい、よ」
無事マッサージの効果がでているようで血行がよくなっているのかカノンはいつも以上に体がほかほかで少し頬が赤い。可愛らしいが、今はマッサージの時間だ。舐めるのは我慢する。
力をぬいてごろーんとしているカノンを持ちあげ、背中から抱っこするようにして膝に乗せる。
「わー、気持ちいいけど、重くない?」
「カノン、それは冗談で言っているのか? カノンは羽のように軽いぞ?」
「いや、あの……まあ、ケイさんからしたら重くはないのかなって思ったけど。羽は言い過ぎでしょ」
「事実だが」
そもそもの体格もあるだろうが、体毛の有無や力が弱い分筋肉の量も違うのか、カノンは普通に同じくらいの大きさの子供とかより軽いと思う。これで本人ちゃんと食べてるし健康そうだからいいが、重さだけだと心配になるくらいだ。
後ろから抱きしめたのは何も私がしたいだけではない。残ったお腹をマッサージするのに手の平を当てるのにこの方がやりやすいからだ。
どうして事実を言って言い過ぎなどと文句を言われるのか分からないので、振り向いてジト目をむけてくるカノンの頭に顎をのせて文句を封じる。そしてお腹に手をまわしてそっと撫でる。
カノンは体毛がないので夜は少し冷えると言って割合しっかりした寝間着をしている。唯一カノンがこの世界に持ってきた私物だ。布もこの世界でなんら珍しくないものだが、質がよく柄も見事なチェック柄で裾に刺繍があり可愛らしいものだ。カノンの性格もあり、きっと裕福な家で幸福に生きていたんだろうと思わせられる。
肌触りのいいその生地ごしに、カノンの腹部を感じる。カノンはどこもかしこも柔らかい。お尻や太ももはカノンの全身の中では肉付きのいい方だが、張りがあって揉みごたえのあるものだった。腹部はそのどれとも違う、つついたら破れそうな柔らかさがあった。すぐ下に内臓があることを感じる危うさに妙にドキドキしてしまいながらそっと撫でていく。
「う……」
「強さは大丈夫か? また弱すぎたりするか?」
「ん、大丈夫だけど……その、ちょっと恥ずかしくて」
カノンはそう言いながら私の胸元に後頭部をぶつけるようにぐりぐりしながら身じろぎした。恥じらう様は可愛らしいが、私はカノンに抵抗が無いよう、カノンが私にブラッシングするのと同じ範囲しか触れていない。いつもは鼻歌でも歌いそうな軽い調子でしているのに、自分がされるとそんなに恥じらうのは可愛すぎるだろう。
「さっきもそう言っていたな。でもカノンが私にしているのと同じところしかしてないぞ」
「それはわかってるよー。だから別に文句とかじゃないけど、自分がされると恥ずかしいんだもん。って言うか、ごめん、もしかしてケイさん嫌だったから分からせるためにだったりする?」
「いや、まあ、そりゃあ私も多少恥ずかしさはあるが、相手がカノンだし、気持ちいいから普通にしてもらいたいが?」
そもそも恋人に触られて嫌な部分なんてないだろう。恥ずかしさとは別の話だ。そして本当に嫌だったとして、そんな回りくどいことをするわけがない。
「嫌ならちゃんとその時にそうカノンに伝えるし、カノンもそうしてくれ。ちなみに今、嫌か?」
「い、いやじゃないよぉ……でもなんか、うーん。こういうの、ほんと、なれないから」
「これからなれていけばいい。大丈夫だ。焦るつもりはない」
「う、うん……」
そうやって恥じらっていたカノンだが、ちゃんと気持ちよくはなってくれたようで、なんだか全身脱力しながら私に抱き着いて眠りについた。
実に可愛らしい。私がブラッシングで寝てしまうように、カノンもこうしてじっくりマッサージすると気持ちよくて寝てしまうらしい。これはちょうどいい。
これからは毎日交代でお互いの体をいたわっていくのがいいだろう。
翌日、目を覚まして寝ぼけながら抱き着いてくるカノンに忘れないよう提案したところ、カノンは何故か昨夜のマッサージ後のように顔を赤くしながら了承した。
毛がない分圧迫感がより直接伝わるから、自分が触れられるのに抵抗を感じるのだろうか? だがその割に自分からよく抱き着いてくるし、触れ合いが好きな印象しかないんだが。
まあ、カノンも自己主張ははっきりしている。嫌なら嫌というだろうし、照れつつも楽しそうにしているのだからいいだろう。
そしていずれカノンがなれたら、もう一段深い関係になれたらいいが、まあ、おいおいだろう。
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