第6話 転移者はブラッシングにはまる

 ケイさんへの恩返しブラッシング、思っていた以上にケイさんは喜んでくれたし、私も思っていた以上にめちゃくちゃ幸せな気分になった。これはWINーWINすぎる。


 ケイさんにブラッシングする感触、抑えつつ自然に撫でられる手触り、ケイさんの気持ちよさそうないつにない可愛らしくとろけた声音、ぴくぴく動くお耳や尻尾、見た目も感覚もなにもかも幸せ。

 こんなに大きくて可愛い子が私に気を許してブラッシングさせてくれていることも、なんていうか、すごい精神的にも満足感がすごい。全部終わる頃には寝ちゃったところも、ぎゅーって抱き着きたいくらい可愛くて。

 それで、抜けた毛を集めてちょっとした毛玉になったのも、あー、いい。これこっそり集めてぬいぐるみとかにできたらなー。って思うけど、でもさすがに、それは本当の犬じゃなきゃだめだよね。

 逆の立場で私の抜け毛を集められたら怖すぎるし。……いや、ちょっと、念のため今日のところは置いといて明日聞いてみようかな。伸び続ける種族もいるって言ってたけど、もしかして羊人族とかもいて人種毛がウールなのかもだし。


 とにかく、すごい幸せ。これはケイさんが望むなら毎日しよう。美容院で頭洗ってもらうの気持ちいいし、そう言う気持ちよさなんだろうな。背中は流せない分、ブラッシングで頑張ろう。

 私はケイさんを動かせないので、そっとそのままの位置で掛布団をかけて寄り添って眠った。


「ケイさんー? おはよーございますー」

「……ああ、おはよう」


 そして翌朝、ケイさんはいつも通り私よりちょっと先に目を覚ましていて、寝ぼけながら挨拶する私に、ちょっと恥ずかしそうにしていた。可愛い。


 それにしても、お風呂は嫌がられるのにブラッシングでは脱ぐの嫌じゃないんだ。提案された時はびっくりしすぎて大丈夫です、とか意味不明なこと言ってしまった。

 だって確かにケイさんは元々寝間着、と言うにはこう、水着と言ってもいいくらいの布面積しかなかったとはいえ、それを着てるか着てないかでは全然違うでしょ。

 うーん、濡れている状態は無防備だから一人がいいとか? 裸になるのが恥ずかしいから抵抗があるって感じではないのかな。あ、濡れるとふわふわの毛がしとしとになっちゃうのが恥ずかしいのかな。異世界の文化は奥が深いなぁ。


「ねぇねぇケイさん、ブラッシングよかったでしょ? ケイさんがいいなら私、毎日するよ?」


 と文化の差を改めて実感し、少しでも早くなじめるようになりたいと思いつつ、朝食をとりながらケイさんにそう提案する。

 この世界は種族によって食べやすい食器が違う人もいるけれど、割と多くの人が洋風の感じで使っていて私的にも違和感がないし、朝のメニューもトーストにスクランブルエッグにハムと私のいた世界と比べて全く違和感のないものだ。


「ん? まあ、よかったが、毎日はしなくても大丈夫だぞ。自分でも週に一回するくらいだし、大変だろ」

「私は全然、楽しかったし、ケイさんのブラッシングするのすっごい幸せだったもん。むしろ毎日したいくらいだよ。もちろん毎日だと抜け毛が増えすぎるとか、逆に不都合ならしないけど」


 元の世界の動物だとブラッシングは毎日でもよかったはずだ。人間だって髪をとかして頭皮マッサージとか、普通に毎日して問題ないし。と思いながらも全然体のつくりが違うかもだし確認しよう。このあたりは慎重になるにこしたことはない。

 私の質問にケイさんは苦笑して軽くフォークを振って、そっとフォークをお皿に置いた。

 あー、思わずジェスチャーがでちゃうケイさん可愛い! ケイさんはジェスチャーがいつも大き目なんだよね。そう言うところ、大きくてパッと見いかつくも見えちゃうところとのギャップでより可愛いよね。


「そんなことはない。普通に綺麗好きで毎日する人もいる。毎日した方が血行もよくなると聞く。ただ私たち長毛種は毛が多い分大変、あ、と言うか抜け毛の処理までさせてしまったな。すまない」

「あ、ううん、全然いいの!」

「ん?」


 ちょっと言い出しにくいので後半に回そうと思っていた話題だけど、ついにケイさんから話題に出してきた。これはもしかして髪の毛を切ってもらった後の後片付けみたいな感覚なのかな? 

 思わず大きい声で否定しちゃった私に、ケイさんはちょっと首を傾げた。可愛い。じゃなくて、できるだけ気持ち悪くないように質問しないと。一歩間違うと、人の毛をあつめて呪いの人形をつくるような人間になってしまう。


「あのね、抜け毛って、とっておいたら変なのかな?」

「んん? え? 捨ててないのか?」

「あ、気持ち悪いならすぐ捨てるよ?」

「いや、んー、毛を記念にとっておく、と言うのもないではないし、別に気持ち悪いとは言わないが」

「ほんと? あの、ケイさんの抜け毛、ふわっふわだし、人形にしたら可愛いんじゃないかなーって」

「うーん? 聞いたことないが、まあ、やりたいなら、いいんじゃないか?」

「ほんと!? 嫌じゃない? 文化の差とかあるし、気持ち悪いとかなら全然我慢しないでいいからね?」

「いや……変わってるが、嫌じゃないさ。カノンがしたいならするといい。と言っても、そんな、抜け毛から人形なんてできるのか?」

「羊毛フェルトなら私よくやってたし得意だよ」


 って言ってから気付いてけど、専用の針が必要だけど、あるのかな。最悪頼んで作ってもらったりするから、お金かかるな。まあ、百均とかないからそれは仕方ないか。お金できたらの楽しみにしておこう。


「羊毛じゃないが、まあ、できるならいいんじゃないか」

「うん! ありがとう、ケイさん。大好き」

「! そ、そうか。まあ、私も好きだぞ」

「えへへ」


 記念に毛を残すのはあるんだー。やっぱり文化が変われば変わるんだね。特に気持ち悪がってないし、よーし、可愛いのつくろ。と言っても抜け毛から作るのは実際にやったことないんだよね。確か一回洗ってからするんだよね。とりあえずためて置いて、たまったら洗うのがいいかな。


 今日からまたお仕事だ。でも今日は先週と違って、毎日ケイさんと暮らしてブラッシングと言う合法的にくっつける機会も毎日ある。あー、幸せすぎる。今日もお仕事頑張ろう!








 こうしてはじまった私の新、新生活。ケイさんは夜に迎えにきてくれる、だけじゃなくてなんと、お店が閉まる一時間前から来てくれた。毎日飲み物を頼んでるし申し訳ない、と思うのだけどケイさんが仕事終わりの息抜きって言うし、店長さんも酔っぱらいが出たら対処してくれるなら一杯で居座るのも許可。と二人で話を決めてしまうのでそう言うことになった。

 もちろん嬉しいけど、なんていうか、そんなにしてもらっていいのかなっていうか。ケイさんちょっと過保護では? 先週はさすがに離れてるし寂しかったけど、今日は帰ったら一緒だし、迎えに来て貰うだけでも甘えてると思ったのに。


 私が成人してることは向こうから聞いてきたくらいだし、子供だと思われてる訳じゃないだろうし。まあ、成人してるって言ってもケイさんからしたら大人と子供の体格差だし、他の人と比べても弱っちいから心配かけちゃうのかな?

 うーん、でもじゃあ仕事を変えるってわけにもいかない。ケイさんがいいって言ってくれている以上、甘えるしかない。その分、家では頑張ってケイさんに恩返し、はあんまり言うと逆に遠慮されるから、えっと、家主のケイさんにご奉仕するぞ!

 ……うーん、ご奉仕もなんかちょっと違うような。と言うかケイさんと触れ合うのは私にとってもご褒美だし、直接触れ合わなくてもケイさんが喜んでくれるなら私も嬉しいし。正直家に居て何をしていてもWINーWINと言うか。


「ねえケイさん」

「どうした?」

「もしかして、私と一緒に居たら何してても楽しかったりする?」

「は? ど、どうしたんだ急に?」


 満足な毎日を過ごしているけど、ケイさんはどうなのかな? ケイさんは何でもいいよいいよって優しく言ってくれてるけど、実際問題、私はケイさんに迷惑かけてばかりだ。一人で暮らしていた今までに比べて手間ばかりかかっているはずだ。

 だけどケイさんの態度は無理している感じもしない。私が鈍感なだけじゃないなら、私がどんなにケイさんにあれこれしてもむしろ幸せなように、ケイさんも私のこと大好きで一緒にいるだけで満足してくれてる、と言うなら納得。と言うことで夜のブラッシング中に思い切って質問したのだけど、口に出してからすごい傲慢な言い方なことに気付いて慌ててしまう。そりゃあケイさんも目を白黒させて驚くよね。


「いや、ごめん。なんかすごい自意識過剰なこと言っちゃって自分でも恥ずかしいけど、私はケイさんと一緒にいるだけで楽しいし幸せだからこれからもこの生活続けたいけど、ケイさんはどうなのかなって」


 ちょっと恥ずかしいけど、いくら大丈夫って言ってもやっぱり迷惑かけてるよねって気にはなる。だってさ、いくら大好きって言って応えてくれても、私とケイさんはまだ二か月も付き合いのない関係なんだし。


 だけど私はそんなこと関係なくケイさんのこと大好きだ。今現在生活を助けてくれているって言うのもそりゃああるかもだけど、でももし、これからケイさんが怪我でもして仕事も家事もできないし面倒を見てくれって言うならそれは全力で面倒をみるよ。嫌って言ってもみるよ。恩返しだけじゃなくて、私がケイさん心配だし、ケイさんと一緒にいたいから。

 だからもしケイさんも会って間もないけど私の事そう言う風に思ってくれているなら、気を使ってるんじゃないって理解できるし、私も気にする必要は本当にないってことになる。


「……そうだ。私もカノンが好きだし、一緒にいるだけで、幸せを感じているよ。だからそう、頑張らなくてもいい」


 私の問いかけが真剣な物だってわかってくれたみたいで、ケイさんは照れくさそうにしながらも、私を見上げて手をのばして私の頭から頬まで撫でながらそう優しい顔で言ってくれた。

 それは気を使ってるとかじゃなくて、本気だって信じれる。今までだってそうだったから、そうなのかな。って思ってたけど、でもこうしてちゃんと言葉にされた以上、これ以上気にするのは失礼って言うものだ。


「うん! ふふ。ブラッシングは私がやりたいからむしろあれだけど、んー。じゃあ、恩とかあんまり考えないようにして、私がしたいようにするね。でもそれはそれとして、ケイさんに色々して喜んでもらえたら私も嬉しいから、これからも頑張るね」

「それ、私が答えた意味あるのか?」

「あるよぉ。とっても嬉しいし、幸せな気持ちになったよ。ありがと」

「ん……ならいいが」

「えへへ」


 私はケイさんの手を掴んで手でマッサージしながらおろして、ブラッシングを再開させた。


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