第5話 現地人は転移者のテクニックに勝てない

 無事、カノンと再び一緒に暮らすことができる様になった。ベッドも買ったし、なんとくっつけて寝ることになったし、いいことづくめだ。フィアンナにも感謝しなければならないかもしれない。

 カノンはやっぱり私に一方的に世話になっている気分になるようで気にしているが、マッサージとかそう言う私といてくれる方向で一緒にいてくれるなら嬉しい。


 カノンは私と一生一緒にいてくれるつもりで、舌でのグルーミングも受け入れてくれた。だから同じ思いだ、と思いたいけれど、どうにもカノンの態度はその前と後であまり変わっていないようだ。

 実際には勘違いなのだろうか。グルーミングは相当親しい間柄でしかしないし、それを受け入れてくれた以上間違いないはずだ。だが丸一日たち、何度か私からしたけれど一度もカノンからは返してくれていない。


 くすぐったくてなれない、と言うように段階を踏んでいきたいだけかもしれないけど、どちらにせよあまり性急にことをすすめるのはよくないかもしれない。


「お待たせー」

「ああ」

「んふふー」


 お風呂からあがったカノンは楽しそうにやってきて、どすんと勢いよくベッドに飛び込むようにして私に抱き着いてきた。

 寝る時は基本的に上下ともに最低限の衣類しか身に着けていないので、お腹も出ている。カノンは何の抵抗もなく私のお腹に顔をすりつけている。


 うーん。くすぐったい。そして今まで以上に遠慮がない。昨日までは風呂上りも普通に腕に抱き着いていたのに。お腹って。ちょっと恥ずかしい。


「カノン、楽しいか?」

「うん! お風呂上りはいつも以上にふわっふわで、あとケイさん腹筋もすごいんだね。かたーい」


 私たち長毛種は普通にしていたら中々毛が乾かないので、専用の道具ですぐに毛を乾かすのが習慣だ。

 雨程度なら奥までしみ込まないのですぐに乾くが、湯船につかってしみ込ませると体を振るくらいでは足りないし、いくら拭ってもきりがなく、そのままでは地元だとすぐに風邪をひいてしまう。こちらでは濡れたままでも問題のない気候だが、そこは落ち着かないので普通にすぐに乾かしている。

 なので触れても濡れることはないが、カノンのほうが髪が少し濡れている。全身に毛がない分、私と同じ乾燥機は肌に悪いから使えない。私はカノンの首にかかっているタオルをとって髪を拭いてやる。


「あー、ありがとう。えへへ。気持ちいいよー」

「ならよかった」


 無邪気に喜ぶ姿は幼い子供の様だ。と、考えてからそう言えばカノンの年齢を聞いていないことに気付いた。

 勝手にすこし下くらいに思っていたが、人種が違うのだから見た目で年齢はわかりにくい。性格から判断するしかない。カノンは小さく子供のように可愛らしいが、しっかりしているし成人はしていると思っていたが、もしかして自国でも子供の可能性があるのでは?


「……カノン、念のため確認なんだが」

「なにー?」

「成人、してるよな?」

「え? してるしてる。去年したよー」


 カノンの気楽な返答にほっとしたが、思ったよりは幼い。種族により成人年齢は異なるが、成人したばかりならまだまだ仕事も見習でもおかしくない。年齢的に成人でも社会としてみればまだまだ幼い。

 成人しているならやはり恋人と言う認識を持ってくれているだろうし、実際に恋人になるのに問題はないだろう。とは言っても、カノンのペースに合わせるに越したことはない。向こうから返してくれるまではこちらもほどほどにした方がいいだろう。


「そろそろいいかな」

「うん、ありがと。そうだ、お礼に私、ブラッシングするよ」

「えっ、そ、そうか。ああ、お願いしよう」


 カノンのペースに合わせる、と決めた以上、カノンの提案に否はない。のだけど、ブラッシングって。

 舌を使ってのグルーミングほどではないが、ブラシをつかっての毛並みの手入れだって普通に身内か恋人同士でする行為だ。さっき一瞬不安になっていたが、やはりカノンも私をちゃんと恋人と認識していてくれている。

 そう改めて実感すると共に、カノンから毛づくろいを受けるなんて、ちょっと緊張してきてしまう。


 カノンは私が朝につかっているブラシを手にして、ベッドにあがって私の背後にまわる。しかしブラッシングも子供の時に親の膝にのってしてもらった時以来なのでかすかにしてもらったと言う記憶しかない。

 恋人同士のブラッシングはどういう風に受ければいいんだ? 私の方もまだ 頬と首筋しかなめれていないし、と少々挙動不審になっているのを自覚しながら私はそっとカノンを待った。


「えへへ。こういうの初めてするから、痛かったら言ってね」

「わかった」


 カノンはベッドの上で膝立ちの状態で私の頭にブラシをかけだす。頭のてっぺんからうなじまでかけられる。


「もっと力抜いてー」

「あ、ああ」


 肩をぽんぽんと叩かれたのでなんとか落ち着こうと呼吸をするが、なかなか緊張が抜けない。カノンは楽しそうに耳の下から首筋へ、そして肩へとブラシをすすめる。

 すると当然、寝間着にしている下着を兼ねた丈の短い上肌着の肩ひもにひっかかる。カノンはそれを気にせず通り過ぎたが、これではちゃんとしたブラッシングとは言えない。緊張のあまり脱ぐのを忘れていた。だがカノンは何も言わないし、このままがいいのだろうか?


「カノン、服は脱がなくていいのか?」

「え、だ、大丈夫です」


 大丈夫らしい。まあブラッシングには性的な意味まではないのだし、寝間着はいつも布面積は少な目だ。それほど支障はないのだろう。


「えっと、横になってもらってもいいですか?」

「ん、わかった」


 言われたとおりに横になり、カノンも腰を落としたのでの手が届きやすいように体を丸めて背中をむけた。カノンはブラシ、ではなく手で腰を撫でてきた。


「んー、可愛いですね」

「そ、そうか」


 いきなり腰は少しくすぐったいが、そのせいで逆に緊張も抜けてしまう。そんな私を見てカノンはくすくすと楽しそうに笑い、特に何も言わずにブラシを持ってブラッシングを再開した。


「かゆいところはございませんかー?」

「特にないが、どうして急に敬語を?」

「えへへ。つい。髪を切るお仕事とかってないんですか?」

「うーん? 聞いたことがないな。あ、いや、確か毛が伸び続ける種族がいて定期的に刈らなければならないときいたことがある」

「あー、なるほど?」


 首を傾げる様にしながらもカノンはブラッシングを続けてくれる。お互いになれてきたようで、優しいブラシの感触を気持ちよく感じられるようになってきた。


「ああ……あとは職業的にあまりに毛に汚れがこびりついて塊になるとかなら、その部分を切ることはあるが。私の種族とかは毛がなくなってしまうのは割と恥ずかしいことだからな。仕事にするほど頻繁に切るなんてことは、このあたりではないんじゃないか」


 だがそう言う質問をしてくると言うことは、カノンのいたところでは毛をカットする仕事があるということなのか。考えてみればカノンは全身に毛があるわけではなく、頭髪だけがかなり長い。私も頭髪は他の部位より伸びるが、カノンは特に長い。

 手をとられた。見上げるカノンは少し身をのりだしていて、長い髪が私の頭上でゆれている。肩から肘まで、肘から手首まで、そして手の指先まで、丁寧にブラシをかけてくれる。

 何だか少し眠気を誘うほど気持ちいい。話して意識をはっきりさせないと。


「もしかしてカノンは髪がもっと伸びるから、定期的に切らないといけないのか?」

「あ、うん。そうだよ。で、髪を切ってくれるところが頭を洗ってくれて、そう言う時にかゆいところはございませんかーってよく言う、って言う冗談。って、なんか、冗談自分で解説するの恥ずかしいね」

「カノンのことが知れて面白いし、どんどん言ってくれていいぞ」

「えー、ケイさん、馬鹿にしてない?」

「してないしてない」


 照れたようにはにかんだりむーっと眉を寄せたりするカノンだが、その手付きは変わらず優しい。何とも馴染む。両方の手が終わり、腰回りからお腹へとブラシが移動する。


「んふふ。くすぐったいから、もう少し強くしてくれ」

「はーい、このくらい?」


 お腹部分は他より少し毛が柔らかいからか、より優しくなってくすぐったかったのでお願いすると、すぐに同じくらいにしてくれた。毛量はむしろ多いので、そのくらいがちょうどいい。


「ああ。きもちいいよ。カノン、ブラッシングが上手だな。気持ちいいよ」

「えー、ほんとー? 嬉しい。えへへ。眠かったら寝てもいいからね」

「ううん」


 自分でも声が少しゆっくりした眠そうな感じになってしまったのを自覚する程度には眠くなってきた。


「ちゃーんと、端から端まで綺麗にしてあげるね」


 自分でも週に一度はきちんと全身のブラッシングをしているが、他でもないカノンに身をゆだねてしてもらっていると思うと、想像以上に幸せな心地よさだ。


 これは、ちょっと、耐えられないかもしれない。


 私はカノンが尻尾にブラッシングするのを感じながら、眠りに落ちるのだった。


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