第4話 転移者はうきうきで恩を返す
ケイさんと良好な関係を末永く続けたいが為にケイさんの家をでたものの、やっぱりすごく寂しかった。休日に朝起きて、今日はもう会えないんだと思うと憂鬱すぎて、ケイさんがお店には私に会いたいから来てくれてたって言ってくれていたのに勇気をもらって、思い切って家を訪ねた。
アポなしになっちゃうのは申し訳ないけど、電話とかはないので仕方ない。ドキドキしていたけど、ケイさんは歓迎してくれてほっとした。
そして、自分から決めて出ていっておいて非常に申し訳なく、あわせる顔が無いくらいなのだけど、本当に恥ずかしいのだけど、やっぱりケイさんと暮らしたい!
そう思って未練たらたらなのが丸見えだったようで、ケイさんから一緒に暮らそうって言ってくれた。
嬉しくってたまらない。ケイさんも本気で私と一緒にいたいって思っていてくれたみたいだし、本気で私の気遣いは無駄で余計な空回りだったけど、でもそんなの全部どうでもいい。
ケイさんとまた一緒に暮らせるんだ!
「んふっ。ふふ、ははははっ」
ケイさんも私といて楽しいと思ってくれてたし、実はケイさんもスキンシップが嫌いじゃなかったみたいで、積極的に私に触れてくれるようになった。ケイさんはどこもかしこもふわふわだし、肉球もぷにぷにだし、全身どこが触れても気持ちいいしもちろんいつでもウェルカムだ。
ウェルカムなんだけど、舐められるのだけはくすぐったくてたまらない。ケイさんの見た目からして全然おかしくないし、元の世界にいる普通の人間にされるならともかく全然抵抗はないけど、やっぱりくすぐったい。
「そ、そんなにくすぐったいのか?」
「うんっ。ふふ、きっとなれだと思うけど。私、こういう経験ないから」
子供のころから犬が飼いたかったけど、親がアレルギーなので近づくこともできなかった。だからこういう触れ合いになれていない。ふわふわの毛並みに触れるだけでももちろん気持ちよかったけど、こういうのも犬を飼っているらしいふれあいでいいよね。
あ、もちろんケイさんは犬っぽい人間なだけで実際に犬じゃないし、飼ってるなんておこがましい。ケイさんの家だしなんなら私が飼われていると言ってもいい立場だ。
「な、なれる、か」
「うん。嫌だったら言うし、ケイさんのしたいようにしてくれていいよ。その代り、私も好きにするから、嫌なら言ってね」
「あ、ああ。わかった」
ついつい犬にしたかったみたいにケイさんに触れそうになるけど自重しなきゃ。とさっきまで思っていたけど、でも実際に舐めるコミュニケーションもあるみたいだし、生活が私の世界と似ていても接し方はやっぱり動物っぽいのもありなのかも。
思い込みで考えず、ケイさんと話し合ってすり合わせて、私とケイさんの関係を作ればいいよね。
私はケイさんがぺろぺろと長い舌で私の首筋までなめるくすぐったさに、くすくす笑いながらもケイさんと今日からまた一緒に暮らせる幸せを噛みしめた。
と言う訳でまたお引越しだ。時間はお昼過ぎなので余裕はある。さっそく店長さんに会いに行く。もちろんお仕事は続けるけど、店長さんには部屋を案内してもらったりしたのに申し訳ない。ケイさんも一緒に謝ってくれた。
ケイさんには何から何までお世話になって。独り立ちはできないけど、ケイさんも望んでくれているんだし、一緒にいて少しでもケイさんを支えていくことで恩返しすればいいよね。
「本当にすみません、店長」
「そう何度も謝らなくてもいいよ、どうせ長く持たないと思ってたし」
「え? えっと、そんな風に見えてました?」
「見えてた見えてた」
そ、それはちょっと恥ずかしい。そんなに私、ケイさんにべったりで親離れできないみたいに思われてたのか。いやまあ、結果その通りなんだけど。精神的にべっとり依存しまくってるけど。
だってもう、ケイさんのふわふわの毛並みにふれない生活なんて考えられないもん。離れるとか無理。ケイさんがいいって言ってくれてる限り絶対離れたくない。
「ま、働いてくれるだけで助かるからね。夜の時間に一人帰すのは心配だけど、どうせ迎えがくるから大丈夫だろうし」
「あ、あはは」
いや、うん、まあ。ケイさん過保護だしね。さすがにもう明日から仕事中まで来てくれることはないだろうけど、夜は私もちょっと不安だし私からもお迎えをお願いした。その時もケイさん二つ返事で受けてくれたし。
いやほんと、甘えすぎだと思うけど、でも元の世界でも夜遅くに外出ってしたことないし、向こうよりちょっと暗いし繁華街通って暗い住宅地も通るとなると多少治安も不安あるし、ね?
「カノン、戻ったぞ。荷物はもうそれだけだな?」
「あ、うん。ありがとう。ごめんね、往復してもらっちゃって」
「構わない。注文は早い方がいいだろう」
引っ越しと言っても私とケイさんが持てば一回で済むのだけど、せっかく私が長く住むことが決まったんだからとベッドを買ってくれることになった。
なので一旦大きな荷物を先にケイさんが家に運んでくれて、その間に多少の小物をまとめておいたのだ。二人して大荷物で買い物は大変だからね。
ベッドなんて、全然いらないしずっと一緒の布団で寝るのがいいのだけど、ケイさんが今まで一人で使ってたベッドにいれてもらってるんだから狭くて迷惑だろうし、仕方ない。
「にしてもベッドか。ケイの体格的に二人で寝るとなると特注になるだろうに、今まで頼んでなかったのか」
「え、いえ、私のですよ?」
「ん? 一緒に寝ないのか?」
当然のように聞かれて一瞬返事が出なくなり、私は目をそらす。この世界観、親しい仲だと普通に同じベッドで寝るのありだったの? え、だったら全然一緒に、いやでもケイさんから言い出したんだし、ケイさん的には狭いってことだよね。二人用を買いなおすのは特注になるだろうってことだし。
「私的には一緒がいいですけど、ケイさんはほら、大きいので窮屈でしょうしね」
もしかして、と思いちらちらケイさんを見ながら店長さんの問いかけに答えると、ケイさんは私と目があって一瞬きょとんとしてから照れくさそうに頭をかいた。
「わ、私は全然、カノンがいいなら一緒が、あー、まあ、なんだ。夏は暑いとかあるしな。一人で寝られるようにカノンのを買うが、とりあえず、並べて一緒に寝るか?」
「いいの!? じゃあそれで!」
ちょっと強引だった気がしないでもないけど、でも不都合が無い限りでいいので一緒に寝れるなら嬉しい! 確かにケイさんは長毛種っぽい。めっちゃふわっふわでそこが気持ちいいんだけど、夏はくっつかれたら熱いのかもね。
今は春だし、この辺りは夜は涼しいくらいだからくっついて寝るの気持ちいいしね! まだいいよね!
「はー。情熱的だねぇ」
「……フィアンナ、からかうな」
「何言ってんだい。まだ全然からかっていないけど?」
ちょっと元気に答えすぎちゃったかな? 店長さんはちょっと呆れ気味だ。でもケイさんだけじゃなくてどうやらこの世界的にスキンシップ度合い高めでよさそう。
ルームシェアする友人同士でも同じベッドが普通なんて、こっちの人は動物的外見なので見た目可愛いから全然ありだけど、元の世界だと一緒に同衾はちょっとえっちにすら感じるよね。私の願望に都合が良すぎる。
もしかして私記憶ないけど、こっちに来るときに死んでご褒美的に天国に来てる可能性あるのかな? うーん、考えても仕方ないけど。
「じゃあ店長さん、お休みなのにすみませんでした。ありがとうございます。また明日、お願いしますね!」
「あいよー」
と言う訳でベッドの発注もルンルン気分で向かう。
このあたりの人種の一般的なサイズで私より頭一つ大きい猫系の人たちなので、よくあるサイズくださいで十分すぎる。持ち帰りもできる、ということでケイさんがはこんでくれることになった。
「何となくそうだろうと思ってたけど、ケイさんってほんとに、力持ちだね」
「まあ、な」
「ほんとにすごい。カッコいーよね。私もちょっとは鍛えようかな」
「私は人より力がある種族だからな。こういうのは個人差もあるし、カノンはそのままでいい」
「そう? まあそりゃあ、ケイさんレベルは無理だけど」
鍛えたところでケイさんにとったら雀の涙とかなら、結局大して役に立たないのかもだけど。でもどっちにしろ、ケイさんがめっちゃ優しいのは変わらないか。
「うーん、なにかこう、ケイさんに目に見えてお役に立てることがあればいいんだけど」
「そんなに気しなくても、と思うけどな」
ケイさんはそう言ってくれるし、私が気にしすぎるのも逆に気を使っちゃうのかもしれないけど。でもほんとにお世話になってばかりだし、何かひとつくらいないかな。
ケイさんは今まで一人で生きてきたわけだし、家事をするといってもお手伝いみたいなものだ。ケイさんが自分一人じゃできなくて私がいるから助かる、みたいなの……あ。マッサージとかブラッシングとかどうだろ。背中とか自分で届かないだろうし。ああいうのは人にしてもらうのが気持ちいもんね。
お風呂を一緒は遠慮されるし、あんまり犬扱いみたいにならないように、と思ってたけど、体がこうなんだからそう言う文化になってもおかしくないもんね。後で提案してみよう。
「ただいまー、玄関開けるね」
「ああ、頼む」
さすがに両手がふさがっているので家に入って誘導する。ちょっとした組み立てが必要なのだけど、それも素手で簡単にすませてしまった。
いやほんとにケイさん凄いな。帰って来る時もまあまあ見られてたし、ケイさんも他所から来たってことだし、普通に地元の人からしてもすごいよね。
ケイさんはベッドの木枠を手に持って膨れた寝具は背中にしばりつけていたので、普通に一回でセッティング完了だ。うーん。でも並べても掛布団とか別れてるし、抱き着きにくいかな。夜、さり気なく入ったら気づかれるかな?
「さて、他にも足りないものはあるか? 今ならまだ買いに行けるが」
「んー、あるかもだけどすぐ思いつかないし、私のお給料入ってからで大丈夫。それより重かったし疲れたでしょ? そうそう、マッサージしてあげる」
「ん? いやべつに」
「座って座って」
リビングのソファに座ってもらい、後ろにまわって肩を――。
「んん」
ええ、肩揉めない。いやもちろんおっきいってわかってたよ? でも一応つかめるしって思ってた。でもこう、いざそのつもりで後ろからつかんでもほぼ指がかかってるだけで、これこのまま揉んでも全然ツボとかじゃなさそう。
「カノンは手も小さいし、無理じゃないか?」
「そ、そんなことないよ」
確かに素手では無理だけど、でもマッサージは器具をつかうのも全然一般的にありだもんね。私はケイさんに座ってもらったままキッチンに移動し、パン作りにつかうめん棒をもってくる。ちょっと大きいけど、めん棒つかってするマッサージもあったはず。確か前に見た時は自分でするセルフマッサージだから足につかってたけど。
「えっと、優しくするけど痛かったら言ってね」
「あ、ああ」
私の言葉にケイさんも緊張したような声で頷いた。だめだめ。リラックスしてもらわないと効果ないもんね。私が緊張したらそれがうつっちゃう。
私はまずは後ろから軽くだきついて、ケイさんの頭をなでなでする。
「はじめるから、体の力をぬいて。リラックスして。喋らなくてもいいからねー」
「……」
あー、ケイさんほんとにいつ撫でてもふわふわ、じゃなくて。私が癒されてる場合じゃない。
ケイさんの頭から肩までを撫でて無駄な力が抜けたのを確認してから、めん棒をつきたてて軽く押していく。二足歩行な以上、肩周りの筋肉のつき方は似た感じになるはずなので、肩を揉むときの感じで親指で押さえていたあたりを押して行く。
自分がマッサージしてもらっていた時を思い出し、ケイさんの反応もみながらなんとかマッサージできた、と思う。
「ふー、どう?」
「ああ。ずいぶんほぐれたよ。ありがとう」
「ほんと? よかった」
途中よさそうな声も出してくれていたけど、終わってからケイさんは肩をまわして機嫌よさそうに頷いてくれた。もちろん尻尾も機嫌よさそうに揺れてるし、耳も気持ちよさそうにぺたーんとしている。きっと本心だろう。よかった。
「ああ。疲れただろう。大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。なんなら毎日してあげる」
「さすがにそこまでは。だがまあ、たまに、また頼む」
「うん!」
やったね。これでまずひとつ! ケイさんの役に立てた!
この調子でどんどん、ケイさんにお返しして、私なしじゃ困るって思ってもらえるよう頑張ろ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます