第2話 転移者は現地人が大好きすぎて自立できない
「やってるか?」
「ケイさん!」
ドキドキしながら迎えた、異世界での就職一日目。下準備を終えて、看板をだしてきて、と店長のフィアンナさんに言われてお店を出たところ、ケイさんの顔を見て私はぱっと気持ちが上がるのを自覚しながら近寄った。
ケイさんは私がこの世界に落ちてきたのを拾って、今日まで面倒を見てくれてた大恩人だ。この世界の人間は色んな種族の人がいて、ケイさんは狼みたいなすっごくカッコよくて可愛い見た目をしている。もちろんそれ以上にめちゃくちゃ優しくて中身が素敵な人だけど、見た目も大好きで見るだけで癒される。
何の因果か、家族も友達も大事なものも何もかも失ってこの世界に落ちてしまった私だけど、ケイさんのおかげで絶望せず何とか元気に生きている。ケイさんが傍にいてくれるから、この世界もきっと素敵だし頑張らなきゃって思えたのだ。
元の世界でもケイさんみたいなビジュアルが大好きで、いつか大型犬と暮らしたいと思っていた私にはケイさんはまさに理想のお人だけど、だからって欲望のまま甘えてこのまま一緒に暮らすわけにはいかない。
大好きだからこそ、ずっとこのいい感じの関係を続けたいから頑張った。いくらケイさんが優しくても、それに甘え続けたら負担に思われるのは当たり前だ。恩を返して、対等なお友達になるんだ。
ケイさんに連れていってもらった食堂の店長が凄くいい人かつ、ちょうど人手不足と言うことで住み込みで雇ってもらえたのは本当に幸運だった。
スーパーでのレジ打ちはしていたけど、飲食店で働くのは初めてだ。ここは港町で色々なお客さんが来る。だから私みたいな全然見た目違う人間でも受け入れてもらえるんだけど、店員さんの立場となるとすごいドキドキして緊張していたから、甘えて申し訳ないけど、ケイさんの顔を見れてほっとした。
「来てくれたんだっ」
「ああ、まあ、たまたま。近くに来たからさ」
ケイさんは元々自炊もする人だし、細工師だから家でお仕事する人なので平日のこんな時間には外に出ることは私が住んでる時はなかった。そんな苦しい言い訳を首元の毛を自分でモフモフしつつ目をそらしながらするケイさんが可愛くて、抱き着きたくなるのを我慢しながらも笑顔がとまらない。
本当にケイさんは優しくて、すごく可愛い。大好き。と、ダメダメ。今はお仕事中なんだから。
「今、看板を出すところなんです」
「ん。そうみたいだな。折角だし、少し早いが食べていこうかと思うんだが、いいか?」
その伺うような様子に、くすっと笑ってしまう。オープンしている飲食店に入るお客さんに、悪いことなんてあるはずない。
「もちろんです。いらっしゃいませ」
私は店先のドアを最後まで開けて、看板をだしてからケイさんを招き入れた。
この世界は水道もコンロも冷蔵庫もあるので、私でも料理できなくないのだけど、食材や味の好みもあるし、お店に立てるような腕ではもちろんないので、普通にウエイトレスとしてのお仕事だ。
何故か言葉は通じるけど、さすがに文字は読めない。一応勉強して数字だけは同じ十進数だったし覚えられたけど、まだまだ勉強中だ。それでもそもそも識字率もそんなに高くないみたいだし、外国人も多い分工夫されているのでそんなに困らない。
「店長! お客様です」
「ああ、見えてる。ていうかケイ、過保護すぎるだろ」
「そ、そんなんじゃない。たまたまだ」
「はいはい。何食べる?」
「日替わりで」
ケイさんの返事に店長さんは何故か答えずに私を見た。一瞬見つめ合ってからはっとする。そうだ、私がオーダーをとらなきゃ!
「さ、三番席、一番入ります!」
カウンターの三番席で日替わりメニューは一番だ。ケイさんのおかげで緊張がほぐれたけど、ほぐれすぎてた。危ない。
「はいよ」
私の声に店長さんはニコッと笑うようにチロチロと長い舌をだして応えてくれた。
こうして幸先よく始められた初勤務だったけど、お昼を過ぎた時間まではやっぱり緊張の連続で、二回くらい運ぶテーブルミスっちゃったし、お金落としちゃったりして、最高の立ち上がりとは言えなかった。
「まあ、最初にしてはよく働いてるから落ち着きなよ。金勘定も間違えてないし、こけて落としたわけでもない。十分だよ」
「店長さん……私、頑張ります!」
「うんうん。カノンは可愛いからね、お客さんからも反応もいいし。あ、夜はお酒もだすから、しつこいようだけど気を付けるんだよ。私も気にかけるけど、変なこと言われたらすぐ言うんだよ」
「はい!」
店長さん、本当に優しい。と言うかこの街の人優しい人ばっかりじゃない? 異世界にきちゃったのは不幸だけど、ここで本当によかった。
店長さんはこことはまた違う国から来た人で、毛はなくて爬虫類っぽい肌の人種だ。かなり遠いところから来ているらしく、もふもふした毛の多い人種の多いこの街では珍しい方らしい。そのお陰で親近感を持ってもらえてる。
この街で一番多いのは猫系人種で、ケイさんに比べると小柄に見える。まあ、私が一番小さいのだけど。
私はどうやらこの世界ではかなり小さいらしく、世界的に小柄な種族のこの街の人たちの中でも頭一つ小さいので、可愛がってもらえている。
これでも一応成人はしているのだけど、大きなケイさんと比べると大人と子供みたいな体格差なので、ケイさんがよくしてくれているのはそれも大きいと思う。元の世界ではそんな小さくなかったので小さい小さいと扱われるのはちょっと複雑な気もするけど、まあ仕方ない。
このお店はお昼営業と夜営業の二部制だ。なので賄いをもらってから昼の片づけをして、夜の仕込みをする。酒場ではなくあくまで食堂と言うことだけどお酒もでるし、客層が変わるんだから気を付けないと。
まだお酒がのめない年齢だから、お父さん以外に酔っぱらいの相手もしたことないし。うーん、改めてちょっと不安になってきた。
こんな時、ケイさんがいてくれたら、なんて、精神的に頼りすぎだよね。いや、肉体的にももちろん頼りになりすぎるけど。よーし、頑張るぞ!
「そろそろ開けて……開けてやりな」
「え? はい。開けますっ」
時計もちゃんとある世界なのだけど、時間感覚は私の感覚とだいぶん違う。時計自体みんな持っているわけでもなく、なんとなくで大丈夫らしい。
グラスを並べていた私は店長さんのちょっともったいぶった言い方にちょっと首を傾げたけど、お客さんが待っていると言うことなんだろう。気合を入れて夜用の立て看板を持って入り口に向かう。
「いらっしゃいませー! って、え、ケイさん!?」
「ああ、まあ、たまにはな」
「ケイさん……」
そんな、お昼だけでもありがたかったのに、夜まで来てくれるなんて。優しすぎる。ちょっと泣きそう。
「来てくれてありがとうございます! 一番乗りですよ!」
「あ、ああ」
「客ならいいけど、いくらなんでも過保護すぎないかい?」
「たまたまだ」
中にはいったケイさんは店長さんの言葉にちょっとむっとしながら、お昼と同じ場所に座った。
それからすぐにお客さんは入ってきた。お昼はケイさんがお店を出てから混み始めたけど、夜はお仕事が終わる時間が大体同じなのか、急にピークがきはじめた。
今日のケイさんと同じように、昼も夜もこのお店と決めている人もいるようで、すでに知ってくれているお客さんも来てくれてほっとしつつ、新しいお客さんと昼間より騒がしい熱気の有る雰囲気に振り落とされないようなんとかついていった。
ケイさんはお酒をお代わりしながらずっと居てくれた。私を見守ってくれていて、申し訳ないとは思うけどそれと同時にすっごく勇気とやる気がわいてきて、私は大きなミスもすることなく勤務初日を終えることができた。
「はい、お疲れ様」
「お疲れ様です、店長さん!」
「ああ、頑張ったな」
「……いや、あんたはいつまでいるんだよ」
「て、店長さん、ごめんなさい。私が頼りないからケイさんは心配してずっと居てくれたんだと思います」
最後のお客さんを見送って看板を中にいれて入り口をしめた私にねぎらってくれた二人だけど、あまりにも当たり前のようにいてくれたケイさんに店長さんがジト目になっていて慌てて謝る。
たしかにお客さんとして来てずっと居たから、店長さん的には何故閉店後もいるのか、と思うのは仕方ないけど、でも私の為にそうしてくれたのだ。実際私もとっても心強かった。
「え? いや、わ、私もまあ、閉店してもいたのは図々しかったかもしれない。悪かったな」
だからケイさんは全然悪くないのに、一緒に頭を下げてくれた。ケイさん、本当に優しい。
そんな私たちに店長は呆れたようにしながら、夜の賄いを出してくれた。
「……はぁ。閉店後の片付け手伝うって言うなら、いてもいいぞ」
「も、もちろんそのつもりだ」
「え。ケイさん、そんな、悪いですよ」
「いいんだ。私がカノンと一緒にいたいんだ」
「ケイさん……」
ケイさんはもう晩御飯も食べているし、ケイさんはここから家に帰るのに手伝いまでさせるなんて申し訳なさすぎる。だと言うのに当然のようにいてくれようとして、あまつさえ、私の為じゃなくて自分が、なんて、そんな風に言ってくれるなんて。
それにまるで恋人に言うようなセリフにも聞こえてなんだかドキッとしてしまう。お、落ち着け私。ケイさんのふりふり動く尻尾をみて癒されて心を落ち着けよう。
……はあ、可愛すぎる。
「はいはい。じゃあさっさと食べて片づけるよ。ケイは軽くでいいでしょ」
「ありがとう」
こうしてケイさんの手厚い見守りを受けながら、私の就職一日目は無事に終了した。
「ふー、つかれたー」
片付けを終え、ケイさんも帰って店長さんにお家の説明もうけて一人になった。シャワーしかないのは残念だけど、そこまでは我儘言えないしね。お休みの日まで我慢しよう。
ベッドに入ると自然と声が出た。バイトで丸一日働いた経験はあるけど、新しい職場だし、やっぱり疲れた。朝は遅いけど、早めに寝てしまおう。
「……」
そう思って目を閉じると、何だかとても寂しく感じてしまった。この世界に来てから、いつでもケイさんがいてくれた。夜は特に、ずっと抱きしめてくれていた。抱きしめさせてくれた。
ケイさんのぬくもりがないことが、とても寂しい。
この世界にきてから、ケイさんに頼りっぱなしだった。それは自覚していたけど、改めて離れてしまうと精神的にも依存してたと思い知らされてしまう。
元の世界でも一人で寝ていたのに、ケイさんがいない1人寝がこんなに寂しいなんて。
幸いと言うか、心細いとか不安さはない。異世界であってもこの一ヶ月でなれたこの街の空気、隣の家に見知った店長さんが住んでるのもあり、治安に対する恐怖はない。
だけどそれでも、とても寂しい。別に何かあったときにとか、何をしてほしいとか、物理的に頼りにすることがなくても、ただ側にいてほしい。そう心が強く訴えている。
私って、駄目だなぁ。ケイさんに迷惑かけたくなくて、対等になりたいって本気で思ってるのに。こんなに心が弱い。
この世界にきてあんなに泣いて、なんとか気持ちを切り替えて乗り越えたはずなのに。全然強くなってない。今度は同じ街にいていつでも会えるケイさんと、いま会えていないだけで寂しいなんて。
私はクッションをぎゅっと抱き締めて自分を誤魔化しながらなんとか眠りについた。
きっと、数日我慢すればなれる、よね?
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