異世界転移体格差人外もふもふ百合

川木

第1話 空から降ってきた転移者を受け止める現地人

 昔から可愛いものが好きだった。私の種族は雪深い地域でも生きられるよう毛が長く、冬眠するような分厚い脂肪もつらぬけるするどい牙と爪を持ち、頑丈さや強さと言うのがもてはやされた。

 険しい森の奥にある地元は人里には降りてこないような珍しい獣は高く売れるらしく、狩りをしてその処理をしているだけで他の食材などの必要品だけでなく、武器や嗜好品まで十二分に手に入った。


 だけどそんな生活は私には合わなかった。他の村で売れた売れ残り、として行商人がくれた、可愛らしい小物入れ。大した量もはいらないし、すぐに壊れてしまう繊細な切込み模様。他の人にはゴミを押し付けられたなと笑われるような、そんなものに私は魅了された。

 手先は器用だったので獣を綺麗に鞣し毛皮にできたし、細かいことを気にしない者が多いので少々変わり者でも問題なく生きることもできたが、私は成人してすぐに家を出た。


 南に行くと毛が短くなっていった。気温は暑かったがそれに反比例するように文化的な世界が広がっていた。色々な種族の間を通り抜け、様々なことを学んだ。

 そうして数年後、私はある港町にたどり着いた。交易が盛んなだけあって様々な種族のよそ者も多かったので、私もすんなりと街に受け入れてもらうことができた。ここに来るまでに身に着けた小物作りの腕前、学んだデザインにより十分な稼ぎを得ることはできたし、人付き合いもそれなりにこなせて、家を借りることもできた。もう立派な街の住人だ。それを否定する人はいないだろう。


 だけどどこか、馴染めない。わかっている。皆小柄で可愛らしいものばかりで、自分より大きな獣すら食い殺せる私とは存在の圧が違った。どんなに慣れても、一瞬恐いものを見たような反応をされる。それは仕方のないことだった。

 私は可愛いものが好きだった。村を出てそれを自覚した。このあたりが地元である一番多い猫族の者は皆小柄で、私より二回りは小さいのだ。本能的に恐れてしまうのは仕方ないことだ。

 そう、諦めていた。可愛らしい人々の近くで混じった気になって暮らせるのだ。それで十分毎日楽しい。そう半ば自分にも言い聞かせていた。なのにあの日、何もかもが変わった。


 ある月夜、珍しく深酒をしてしまい遅くなった人気のない帰り道、見上げた月が突如歪んだかと思うと、夜空が割れてこの少女が降ってきたのだ。

 空を超えて異世界から来た娘がこの世界の者と出会い共に国を興したと言う建国記を聞いたことがあった。この国ではなかったけれど、異世界と言う何とも幻想的なお話がなんだか可愛らしい話だと覚えていた。

 だから何となく、私はその娘を自分の家に連れて帰ることにした。もちろん落ちてきても気づかず眠りつづけ、見るからに弱そうだったのもある。無邪気に私にすり寄る様が可愛らしくて、腕の中の温かさが離れがたく感じられたのもある。これぞという明確な理由はなかった。

 ただなんとなく、起きるまでくらいは保護してあげようと思った。


 だけど目が覚めて私を見た少女は、寝ぼけ眼ながら私に抱き着いたのだ。


「か、可愛い! えー、めちゃくちゃ可愛い! わー、好き!」


 そう言って満面の笑みで私をわしゃわしゃと撫でる、名前も知らない少女。だけど私は確かにこの時、ずっとこうして撫でられていたいと思った。


 だけどそう言う訳にもいかない。落ち着かせて話をした。明るく積極的な子だと思ったのだけど、それはあくまで夢だと思っていたようで、途端に遠慮がちで敬語になってしまった。


 彼女の名前はカノンと言うそうで、話をすると本当に異世界から来てしまったらしく、相当なショックを受けていた。私は自分で故郷を捨ててきた。だけど喧嘩別れしたわけでもない。手紙をだせば連絡もとれるし、何もかもが駄目になれば戻ることだってできる。

 それを思えば、何の心構えもなしにこんな少女が何もかも違う世界に来てしまうなんて、どれだけ辛いことだろうか。


 泣きじゃくるカノンをみると、私の胸まで締め付けられるようで、力になりたいと強く思った。


 それから落ち着いたカノンと話し合い、カノンが独り立ちできるまで支える約束をした。カノンは申し訳なさそうにしていたけれど、権威付けの作り話と思われている建国記でしか聞いたことのない異世界人だと公にしてしまえばその物珍しさで騒ぎになるのは見えていた。

 目立ちたいわけでもないなら、これも何かの縁だから、と私は少し強引だったかもしれないけどそう請け負った。


 それから私はカノンと一緒に暮らした。カノンは最初こそ落ち込んでいたけれど、すぐに前向きに馴染もうと努力していて、明るい笑顔も見せてくれた。

 敬語はなしで遠慮なく過ごすようにと最初にお願いして、さすがにすぐではなかったけれど、少しずつ心を開いてくれたようで私との距離感はどんどん近くなっていった。

 仲良くなればなるほど、私はカノンに惹かれるのを抑えられなかった。カノンは簡単に片手で抱きかかえられてしまうくらい小さくて可愛いのに、私に対して一瞬も怯える事はなかった。

 近づく私に気付かなかった時も少しびっくりしてから、ぱっと笑顔になってくれた。まるで私のことを疑わない、警戒心の一切ない姿。そして私に対して、可愛いと心から言っていると信じられる真っすぐな言葉やその仕草。その全てが、愛らしくて仕方ない。


 私の手をとって頬ずりをしたり、抱き着いたり体に触れてくる、その無邪気さが、カノン本人が可愛いだけでなく、可愛がってくれる温かさを教えてくれた。

 カノンと出会うことで、本当は私自身が可愛くなりたくて、可愛がられたかったのだと、毎日寝る時に頭を撫でられる度に自覚させられる。


 このままずっと、カノンと一緒に居られたら。そう心から願うのに、カノンはそう思ってはくれなかった。

 私はカノンとの出会った日からなにもかも変わってしまったけど、カノンはそうではないのだ。


 私の負担になりたくないからと、私の家で家事を覚え、常識を学び、街の人とも仲良くなり、一か月ほどで就職先を決めてしまった。しかも住み込みで、さらに明日からって。

 夕飯の席でそのまま話すからびっくりして噴き出すところだった。なんとか堪えて平静を装ったけれど。


「そんなに慌てて出ていくこともないだろう。店が忙しいから明日からなのは仕方ないにしても、引っ越しは落ち着いてからでも遅くないと思うが」

「ありがとう。でもいつまでもケイさんに頼りっきりじゃ駄目だから。あのね……私、ケイさんと対等な友達になりたいの。だから、お世話になるだけじゃなくて恩も返していきたいし。居候じゃ、駄目でしょ?」

「そんなこと……」


 気にしなくていい、と言うのは簡単だろう。だけど私たちは赤の他人で、出会ったばかりだ。私が勝手に好きなだけで、カノンからしたら四六時中一緒なのは気まずい時もあるのかもしれない。

 こんなことならベッドは早めに買うべきだった。今までお客はこなかったし、最初に大きいベッドだから大丈夫と言うのに甘えて、合法的にくっつけるからと下心でベッドを買わなかったのが裏目に出てしまったのか。


「まあ、すぐ近くだし、また、落ち着いたら遊びに来させてね」

「ああ。いつでもきてくれ。私も店には顔をだすよ」

「はい。お待ちしております」


 カノンが働くのは私も良くいく飲食店だ。店主も知り合いだし、以前別の店員が済み込んでいたが結婚して出ていったので空いていて、家具もあり格安と言う好条件とのことだ。店主は私も信頼のおける相手だし、隣の家が店主の家だから普通の一人暮らしより安全面でも安心だ。

 それにしたって、明日からは早すぎると思うが。あいつも、私と住んでるのは知ってるんだから話くらい通しに来い。前の従業員がやめてから忙しいのは知ってるが。


「ん。でも敬語はいいから」

「あはは、でも本当にお客さんとして来たら敬語つかうからね?」


 寂しいから、行かないでほしい。だけどそれを言えば、強制になってしまう。私を恩人と思ってくれているから。気にしなくていいのに。

 いつ、対等な友達になれるのだろう。私は……本当は、それ以上にだってなりたい。一番大事な相手として一番近くにいたい。それは、いつ言葉にできるのだろう。


「それは……仕方ないから我慢する。でも今はやめろ」

「はーい。えへへ。実は、飲食店で働くの初めてなんだ。緊張するね」

「接客業は経験があるんだよな? じゃあ大丈夫だろう」

「そうかな。頑張る。応援してね、なんて」


 そうニコっとはにかむように笑ったカノンは可愛くて、ぎゅっと抱きしめたいほど可愛い。夕飯の席でよかった。テーブルが間にあるから、衝動的に動かずに済んだ。


「ああ。いつでも応援している」

「ん、ふふ。ケイさんは本当に、可愛いね。あ、そうだ。最後だし一緒にお風呂に入ろうよ。背中くらい流すからさ」

「! そ、それはいいって。狭いし、大変だろう」

「遠慮しなくていいよ?」

「明日から仕事なんだから、英気を養ってくれ」

「はーい。残念」


 私だって残念だし本当は一緒に入りたい。でもそんな、この感情を自覚していて一緒にお風呂とか無理だから。よこしまな目で見てしまう。それは駄目だろう。

 いや、カノンが服を着た状態ならまだセーフなのでは? カノンのブラッシングはとても心地がいい。背中を流してもらうのもまた別の気持ちよさがあるのは間違いない。……いやそんな、カノンは召使ではないのだから。してもらうことになれてはいけない。


 片付けを終えて入浴を済ませた。

 この辺りは平均気温が高いのでシャワーですませる家が多いが、故郷では体を温める為に定期的に湯船につかるのが習いだった。元々綺麗好きだった私だが、この辺りは故郷より汚れやすいのもあるがずっと簡単に湯を沸かせるので、毎日入浴するようになった。

 幸いなことにカノンも同じ習慣であったようで喜んでくれているのは嬉しいが、簡単に入浴を共にしようとするのは困ったものだ。


「ケイさん、ありがとう」

「……どうしたんだ、急に?」


 ベッドにはいるといつものように横から軽く抱きついてくるカノン。その様子はいつもよりしんみりしていて、彼女も私と離れるのを寂しいと思ってくれているのだろうか。そうだったら、いいのだけど。

 カノンは横向きに私の腕を抱きしめながら笑顔を向けてくる。


「急だけど、出会ってから毎日、感謝してない日はなかったよ。ケイさんがいてくれたから、前を向いて頑張ろうって思えたし。ケイさんがいなかったらきっと、今も毎日泣いてた」

「……力になれたなら、よかったよ」


 毎日泣いてるなんて、そんなことはないだろう。カノンは強い。少なくとも目を覚ました最初の日から、馴染もうと努力をはじめていた。

 もちろん夜には寂しいと泣いている時もあった。それでもそれをまぎらわすように私に抱きつくようになってからはそれもなくなった。


 一ヶ月、たった一ヶ月。普通の人だってまだ就職や住居が決まっていなくてもおかしくないのだ。知らない異世界で地に足をつけられたのは、泣いてるカノンにうまい言葉一つかけられずにただそばにいただけの私の力だなんて思わない。

それでも、カノンがそう思ってくれていたなら。私を必要としてくれていたなら。嬉しい。


 私はこれが最後になってほしくない。そう願いながら、カノンのぬくもりを抱きしめながら眠りについた。



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