第4話 帰宅
自宅についた私は、担いでいた奴隷を寝台に寝かせると、外套を脱ぎリビングに向かった。湯を沸かし茶を淹れると、ソファに座りながら一服する。
「男物の服と下着、揃えなきゃなぁ」
奴隷を買う予定なんてなかったから、当然何の準備もしていない。ほぼノリと勢いの買い物だった。買った以上は責任を持って世話をするつもりだ。今身に着けているパンツ一枚でこれからの暮らしを送らせるわけにはいかない。
「余り物の布を縫い合わせて簡易的な服にしちゃえばいいか」
あの様子ではしばらくベッドから動けないはずだ。布団を掛けているから寒くはないだろうし、簡易的な服でも問題はないだろう。まともな服は明後日、彼をサーガのところに治療へ連れて行った時にでも買いに行けばいいだろう。それくらいの待ち時間はあるはずだ。
「…とりあえず、水を用意して、スープでも作っておくかな」
彼が起きたら軽い食事をとらせて、貰った薬を飲ませるようにサーガに言われている。彼はしばらく何も食べていないはずだ。流石に固形のものは食べられないだろう。普段なら料理なんてせず、人参を丸かじりして食事を済ませる私ではあるが、スープぐらいなら作れる。私は全く使っていない新品同様の包丁とまな板を取り出すと、これまた綺麗すぎる鍋に切った野菜と腸詰め肉を入れ煮込んだ。
一通り作業が終わり、手持ち無沙汰になった私は彼の様子を見に私は寝室に戻った。ついでに持ってきた水差しとコップをサイドテーブルに置くと、近くの椅子に座り未だ静かに眠っているベッドの住人を眺めた。
―綺麗な顔だなぁ。
すらっと通った鼻筋に、薄い唇。陶器のような白い透明感のある肌。栄養失調で頬が痩せこけているが、きっと栄養を与えれば綺麗なフェイスラインを描くだろう頬骨。ぼさぼさに伸びた黒い髪と髭は清潔感を失わせているが、きっと綺麗に整えれば見違えるように清涼感がでるに違いない。
記録がないため彼の年齢は分からないようだ。18歳くらいだろうと商人は言っていたが、正直体つきは18歳には見えない。栄養が足りないからか身体が発達しきっていない感じがある。全体的に細かった。
不憫なものだ。親が奴隷だったせいで、生まれたころから自分も奴隷だったなんて。きっと彼は普通の子供には当たり前のはずの青空の下を無邪気に走り回る喜びを知らないに違いない。生まれてからずっと、主人の顔色を窺い殺されないようにひっそりと息をひそめながら生きてきたのだろうか。奴隷として過ごしたことのない私には想像がつかないが、あの痛々しい体を見た限りきっと碌な待遇を受けていないのだろう。
そこまで考えて私の中でムクムクと好奇心が沸き上がる。もし彼が、目覚めたら一体どんな声で言葉を紡ぐのだろうか。もし彼が、普通の人間としての暮らしを手に入れたら一体どんな反応をするのだろうか。もし彼が、人として生きる喜びを知ったのなら一体どんな風に笑うのだろうか。
未来を考えてこんなにワクワクするのは久しぶりだ。予定外の買い物ではあったが、偶にはこういうのも悪くないと私は思った。
ふと、寝台で眠っていた彼の指先がピクリと動き、閉じられた瞼が僅かに動かされた。どうやら意識を取り戻したようだ。私はその様子をグッと息を呑んで見守る。彼の宝石のように澄んだ青い瞳がゆっくりと姿を現した。まだ意識がはっきりとしていないのか、彼はぼんやりと天井を眺めている。少しして容体を確認しようと思った私は、ぼーっとしている彼に声をかけた。
「おはよう。目が覚めたみたいだね。気分はどう?」
彼の身体がビクリと大きく揺れた。大きく見開かれた瞳が揺れ、表情が強張っていく。そして、自分の状況を理解したのかガバッと飛び上がるように起き上がると、寝台から飛び降りようとする。いくら治癒魔法を施されているとはいえ、全ての傷が治っているわけはない。安静にしていてもらわないと困る。私は慌てて彼に近づくと、寝台から降りようとする彼を止めた。
「まだそこから動かず寝てて。表面の傷は塞いだけど、完治してるわけじゃないんだ。骨だってまだ一部折れてる。大丈夫。私に奴隷をいじめる趣味はない。そのまま安静にしてていいよ」
私がそう言うと、彼は戸惑いの表情を浮かべた。恐る恐るといった様子で私の顔色をうかがう。私はほらっと少し強引に彼をベッドへ押し戻した。彼は抵抗することなく、大人しくベッドに横になる。彼が大人しくなったのを確認して、私はベッドから離れサイドテーブルに置いてあった水差しに手を伸ばした。コップに水を注ぎ、彼に差し出す。横になっていても飲みやすいように、木のストローをコップに差した。
奴隷の彼は困惑したように木のストローを見ている。それを見て私は、彼がストローを使ったことがないのだということに気付いた。私はそのことに少しショックを受けながらも、ストローの使い方を彼に教えた。
何とか水を飲むことができた彼に少し安堵しながらも、私は彼の体調を確認するために額に手を当てた。ぶたれると思ったのか彼は目を固く閉じながら、ビクリと体を震わす。そんな様子にこれは先が長そうだと私は思った。
とりあえず、熱はなさそうだ。これなら少し食事もとれるだろう。私は彼にこのまま少し待つように言うと、スープを取りに寝室を出た。きっと彼も一人で自分の状況を確認する時間が必要に違いない。私がいると気を張って、落ち着く暇もないはずだ。そう考えた私はあえて時間をかけてスープの用意をするのであった。
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