第3話 奴隷の治療

 購入した奴隷を抱えた私は、転送魔法でとある建物の前に移動すると、足で戸を開け勝手に建物に入った。


「ああ、誰だ…って、お前か。つーか、戸を足で蹴るなよ!?壊れんだろうが!…どうした。そいつ」


 ノックもせずいきなり入ってきた私を怒号で出迎えたのは、知り合いのサーガだった。彼はこの診療所の治癒師だ。戸を蹴った私に忠告をしてきた彼だったが、私の腕の中にいる存在に気が付くと、治癒師の真剣な眼差しに戻った。


「買った。死にかけているから治療よろしく」

「はぁ!?買ったって、お前!…いや、今はいい。奥の寝台に寝かせろ」

「ん」


 私は彼の指示に従い、奥にある治療室の寝台に奴隷を寝かせた。先ほどの隷属契約で体力を消耗したのか、大分ぐったりしている。サーガは直ぐに奴隷の手を取ると脈を図り、全身をくまなく診療し始めた。


「こりゃあ、大分やばいな。爺さんに頼まないと治療できない」


 そう言ってサーガは大声で爺さんを呼んだ。すると、ひょっこりと腰を曲げた老人が治療室にやってきた。老人は寝台に寝かされた奴隷を見ると、顔をしかめ奴隷の身体を見分し始めた。


「ふむ、これは酷いのぅ。だが、安心せい。わしなら治せる。もちろん、治療費はたんまりと頂くがな」


 ひっひっひと品のない笑顔を浮かべながら、老人は私に視線を向ける。私はそれで構わないと答えると近くにある椅子に腰を掛け治療の様子を見守った。


 彼の名はローグ。爺さんと呼ばれる通り、かなりの高齢な人間ではあるが、この診療所の最高治癒師であり、最も治癒魔法に長けている人だ。


 彼が奴隷の身体に手をかざし呪文を唱えると、奴隷の身体は激しい光に包まれた。みるみるうちに赤い肉の露出が激しかった全身が、本来の肌の色を取り戻していく。光が納まった頃には、奴隷は死にかけていた時とは見違えるほど本来の血色を取り戻していた。


「ふぅ、老体にはちと重労働じゃの。さて、治療は終わったぞい。流石に今日全てを治療するのは彼の身体に負担がかかりすぎて無理じゃ。とりあえず、傷をふさいで、内臓と粉々になった骨だけ直しておいた」

「ありがとう、ローグ爺。サーガも、助かった」


 流石はローグ爺だ。あれだけの傷を一瞬でここまで直すのは一般の治癒師にはできない。


「ふぉふぉふぉ、他ならぬ其方の頼みじゃしな。治療費はきっちり貰うが」

「勿論約束は守るよ。はい、これ」


 私はお金は入った袋をローグ爺へと渡す。ローグ爺はじゃらじゃらと袋の重さを確かめると、満足そうにうなずいた。


「ふむ。十分じゃ。ふふふ、早速、これで酒でも買ってこようかの~」


 そう言うとローグ爺はさっさと部屋を出て行った。そんな彼の様子を見て、サーガは呆れたように肩をすくめる。


「ったく、あの爺さん。相変わらず調子にのりやがって」

「ふふふ。別にいいんじゃない。元気な証拠だよ」


 ひょうきんでいい加減な性格が目立つローグ爺だが、皆その性格に救われている部分もある。私もそんなローグ爺に救ってもらった人間の一人だ。ローグ爺が元気なことは、とても嬉しいことだった。


 私の言葉にため息をつきながら、お前はローグ爺に甘すぎるんだよと額を抑えたサーガだったが、寝台に横たわる奴隷を見て、なぁと私に尋ねた。


「お前、あいつの事買ったって言ったよな?一体、どういうことだ?なんで突然奴隷なんか…」

「うーん、好奇心?」

「は?」

 

 私の答えに意味が分からないという声を出すサーガ。私は少し考えた後、さらに言葉を付け加えた。


「ほら、今流行ってるじゃん。奴隷を人間に戻して解放する物語。面白そうだから私もやってみようかなって」

 

 その言葉を聞いた瞬間、サーガは眉間に深い皺を寄せた。


「っ!お前!奴隷は玩具じゃないんだぞ!?そんな遊びみたいな軽い気持ちで―」

「ていうのは半分嘘」

「は…?」

 

 お怒りモードのサーガの額にさらに深い溝ができる。私は眉を下げながら正直な話を続けた。


「いや、確かに興味はあったんだけど…なんというか、重なったんだよね。昔、助けられなかった奴隷少年に…。今の私なら財力もそれなりにあるし、助けてあげられるかなって思って。完全なる自己偽善だけどさ…。気がついたら身体が動いてた」

「…そうか」


 サーガはかつての私のことを知っている。助けられなかった少年の奴隷のことも彼には話したことがあった。だから、私の心情を理解してくれたようだ。それ以上は何も言おうとはしなかった。


「とりあえず、明後日また治療しにこっちに連れて来てくれ。それと、今夜は骨折のせいで熱が出るだろうから、薬も出しておく。鎮痛剤も出しておくから、症状に合わせて使ってくれ」

「わかった」


 サーガから薬を受取ると、私は懐にしまい寝台に横たわっている奴隷を担いだ。そして移転魔法を唱える。最後にサーガに礼だけ述べて、私は血色が良くなった奴隷と共に帰宅したのだった。

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