第2話 廃棄奴隷

「いらっしゃ…ああ、これはこれは。ようこそいらっしゃいました、ウェネフィカ様」


 商館から人受けのよい笑顔で出てきた小ぶりの男は、私を見ると待っていたと言わんばかりの勢いで近づいてきた。私は共に転送してきた木箱を視線で示すと、男に声をかけた。


「依頼品を納めにきた」


 こういう時、私は基本的に油断ならない孤高の魔女を演じる。それが今までの人生で学んできた生きる術だ。いつもの緩い声から声のトーンを下げ、感情を表に出さないように冷徹な声を出す。今や自然と身についた技だった。


「ありがとうございます。早速、拝見させていただきましょう。どうぞ、中に」

「ああ」


 男は礼を言うと嬉々とした笑みを浮かべながら、近くにいた下働きのものに声をかけ木箱を持たせた。そして、入り口のドアを開けながら私に入るように促す。私は男に案内されながら建物の応接室へと移動した。


「ほほぉ。これは大変素晴らしいですね。想像以上の軽さです。これなら奴隷たちの負担も減るでしょう。ありがたく買い取らせていただきます」

「そうか。ご希望に添えたようで何よりだ」


 男が差し出してきた袋を受け取ると、私は中身をしっかりと確認してから懐にしまった。こんな大金を払ってまで奴隷の負担を軽くしようとするこの男は中々の変わり者である。この男に売られた奴隷たちはかなり運がいい。ここにいれば、かなりの好待遇を受けられるだろう。


「はぁ~、ようやくあの忌々しい足枷から解放してあげられそうでとても喜ばしいですよ。全く、なんであんな重いものをつけさせるのか。動きが鈍るし、怪我をするしでいいことなどないというのに」

「それには同感だな。隷紋で縛ってある以上、逃げる心配もないはずなのだが…。人間というものは悪趣味なものだな」

「全くでございますよ。早速ですが奴隷たちの鎖を変えてこようと思います。ウェネフィカ様はどうなさいますか?おかえりになるなら玄関までお見送りいたしますが」

「いや、私も同行しよう。魔術具に不備があったら問題なのでな。報酬を受け取った後だが、不備があれば修正する」

「そうですか。それはありがたい。それではこちらにどうぞ」


 男に案内され、私は奴隷たちが容れられている牢屋を訪れた。普通の商館なら鼻の奥にえずくような激臭が漂う場所であるが、ここはそこまで酷い匂いがしない。きちんと奴隷たちが清潔に保たれている証拠だろう。


 私は男の後に続きながら一つの独房に入った。そこにはひときわ重厚な足枷をつけている奴隷がいた。奴隷は私達の姿を見ると、警戒するような視線を向けたが、どうやら私が奴隷を買いに来たわけではなさそうだと分かると、興味を失ったように視線を逸らした。


「この奴隷はとても従順で、犯罪も盗難という軽犯罪なのですが、どうにも主人運がないようで、こんな酷い足枷をつけられてですね。日に日に枷ずれも酷くなっていくものですから、早くなんとかしてやりたいと思っていたんですよ」

「なるほど、これは確かに酷いな」


 その奴隷の足首は酷くえぐれていた。重くて窮屈な足枷が、奴隷の動きで擦れるたびに皮膚をえぐっていたのだろう。男は奴隷に動くなという命令をかけてから、足枷を外し、新たな足枷に付け替えた。私の作った足枷は軽いだけでなく、その者の足首の大きさに合わせてサイズが変化する。奴隷もそれに気が付いたのか、足枷を不思議そうにじっと見つめていた。


「ふむ。完璧ですね。流石はウェネフィカ様。貴方様に依頼して正解でした」

「問題がないようで安心した。確認も終わったので、私はここで失礼する」

「ああ、お持ちを。お見送りいたします」


 男の後ろに続き、独房を出てきた道を戻ろうとして、私は視界に映ったあるものに反応した。足を止めた私を男は不思議そうに見遣る。私の視線の先にあるものの正体に気が付くと、男は困ったように言葉を放った。


「あの者は今朝送られてきたんですよ。何でも、採掘場の奴隷だったそうですが、事故で片足を失い、重度の怪我を負い使い物にならなくなったそうで…。痛々しいのですが、足を失っていることといい、あの重症加減といい、廃棄奴隷の対象になってしまうので助けてやることもできないんですよね。正直参ってしまいます」


 廃棄奴隷。聞いたことがある。この国では奴隷は国の下で管理されている。この商館も国が運営しているものだ。たが、国には予算の限界があり、奴隷が増え過ぎると商館は立ち行かなくなってしまう。特に、売れ残りは商館にとって痛手だ。なので、労働が不可能になった奴隷や、治療費が一定基準を超える奴隷は廃棄処分の対象となる。廃棄奴隷たちは一定の帰還で買い手がつかなければ、そのまま殺され廃棄されてしまうのだ。何とも残酷な話である。


 冷たい床に転がり、浅く呼吸をしながら苦しむその姿は、いつかの少年奴隷を彷彿させた。あの時は少年を救うことはできなかった。治癒魔法が使えなければ、彼を買い取って治療に連れて行けるほどのお金を持っていなかった。


 しかし、今は違う。お金は十分すぎるほどあるし、治療に連れていくこともできる。考えるよりも先に、私は奴隷商の男に声をかけていた。


「あれはどんな罪を犯した」

「いえ、あの者は親が犯罪奴隷で、生まれた時から奴隷です」

「なるほど。いくらだ?」

「え…?あ、はい、あのような状態ですし、銀貨3枚ですね」

「買う。今すぐ手配を頼む」

「は、はい!ありがとうございます!直ぐに手配します!少々お待ちを!」


 男は驚いた表情を見せたが、直ぐに嬉しそうな表情になると部下たちに指示をしだした。あっという間に彼のいる牢が開かれ、そこに案内される。隷属契約をどうするか聞かれたので自分でやると答えた。かつては仕事にしていたのだ。何の問題もない。


 パッと手続きを終わらせると、私は購入した奴隷を抱えて商館を後にした。

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