第4話 食しうるスープで乾杯

 旺鉄ナノは雌餓鬼姉妹にここから先のことを説明する。


 地を深く潜ると、マグネシウム溶岩のマグマントル層に至る。

 そこでは倥空こうくう母艦の潜れる速さはひと時に一里もない。

 千里の厚みを持つマグマントル層を越えるには、半年以上かかる。


『半年デ 空気ガ足リナクナル 窒息ダ』 

 

「それじゃ困るね」

 姉妹の誰かが言った。


「まぐまんまるそう?」

「マグまんとるそう?」

 別の雌餓鬼たちは音の響きが面白いと笑いあう。

 

 煉獄の地の炎を逃れた海中植物のおかげか、雌餓鬼たちは窒息を味わったことはない。なので、いったい何が困るのかピンとはこない。


 何人もの姉妹が黑鉄球を再び離れ、追いかけっこなどを始めたりする。


 そんな姉妹には構わず、旺鉄ナノは続ける。

『マグネシウム合金からナル マグまんとるソウは硬イ』

『ソコヲ 進むノハ大変』

『デモ モチロン 打つ手ハアル』

 

 阿鼻の魔災以降、マントル層に魔素が密に詰まり倥球こうきゅうが生じた。

 倥球こうきゅうは互いにつながり合い、今や灼熱の迷宮ダンジョンと化している。

 迷宮ダンジョン内ならば、倥空こうくう母艦は、ひと時に十里以上進める。

 1月ほどでマグマントル層を抜けられる計算だ。


 なので、母艦は迷宮ダンジョンに入り、惑星コアを目指す。

 迷宮ダンジョンの魔素からは、魔物モンスターが生じる。

 倥空こうくう母艦の裡にいても、魔物モンスターから害を受けることがある。


『ナノデ メスガキ姉妹ニハ 艦載機ファルケデ 魔物モンスターヲ倒シテ欲しい』


迷宮ダンジョン?」「艦載機ファルケ?」


 ララの妹分、リリが旺鉄ナノへ質問する。

「この先の、ファルケとやらに乗れるようになれということかい?」 

 旺鉄のナノは頷いた。


 ✧


『その前ニ 腹ごしらエ』

 ナノはそう皆に念話すると、黑鉄球の前の床を膨らませ円形のテーブルにした。


 そこに、塩灰、炭酸カルシウム水、二酸化硫黄、硝酸アンモニウムなどの物質を生じさせる。

 雌餓鬼たちが食しうるもの、だ。

 

 姉妹は〈食しうるもの〉が放つ刺激ある臭いに大喜び。


「コレ食べていいの?」

「いいよね」

「食べれるようにするよ」


 ナノは頷いた。


 姉妹は陰陽により、〈食しうるもの〉を黑鉄球の裡へと運んでいく。

 御尻様の前の穴ぼこに、いつもどおりに〈食しうるもの〉を奉る。

 そして、姉妹は変性の陰陽を駆使しはじめる。


 煮詰めた玉ねぎスープ(のようなもの)が少しずつ合成されていく。

 やがて玉ねぎスープ的な香りが漂い始め、黑鉄球の外にも広がっていく。

 

 その間、旺鉄のナノは、ステンレスらしき食器をテーブルに次々と生み出していった。

 食器は、倥空こうくう母艦内の燐光を反射し、金属的な明るい輝きを放つ。


 そんな食器が積み上がっていく様に、姉妹たちは興味津々。

「きれい」

「うん」

「臭わないね」 

 

『コレは食器』

『食器でスープを飲むと美味シイ』


 ショッキ、ショッキときらめき輝く食器に、姉妹たちは大喜び。

 

 良き変性の陰陽の使い手にして、味付け担当のリーシャにも『食器』の念話は聞こえてきた。

 

 リーシャはちょうど四つん這いとなり穴ぼこに舌を差し入れていたところ。

 「完(できたよ)」とお尻文字して、さらに「食(たべれる)」とお尻文字。

 そして、立ち上がると皆に尻を向けたまま、「き?」とためらいがちにお尻文字。

 

 聞かれても、黑鉄球の姉妹に「き」に心あたりはない。


 大好きなリーシャの尻文字を見ていた末妹のレムが言う。

「食キのき、見にいこうよ」

 

「レムはいう通りさ、ね」

 変成の陰陽のお目付け役の銀鬼が、レムを褒めるようなやさしい声音で同意する。

 食しうるものの変成を終えた姉妹たちも、テーブルの食キの方に向かっていく。

 

 旺鉄ナノを先頭に、皆ステンレスの食キで黑鉄球の穴ぼこからスープをすくっていった。食キの外側からスープが垂れそうになったりすると、皆ペロペロと器用に垂れる汁を舐めていく。

 


倥空こうくう母艦デハ コンナスープなら 毎日飲メル』


 喜びにどよめく姉妹。

 毎日スープが飲めるなんて。

 多くの姉妹が、倥空こうくう母艦を初めてありがたいと思った。


 雌餓鬼姉妹とナノは食キのスープで乾杯をした。


 

 ✧

 スープでお腹を満たした雌餓鬼姉妹に、旺鉄ナノは食器をテーブルに置くようにと言う。

 

『コノテーブル ノ辺リは 物質変換ノ要』


 そう言うなり、ナノは食キもろともテーブルを旺鉄の床に埋めていった。


『ヒトマズ タップリ寝テオコウ』 

 ナノは言った。

 

 言われずとも、姉妹の多くがおねむだった。

 炎の煉獄の地に食しうるものは僅かに残るのみ。

 食しうるものを口にできた日もできない日も、姉妹達は交代で良く眠りひたすら飢えをしのいできたのだった。

 

 スープを飲めた今宵、姉妹のほとんどは黑鉄球の裡に戻り、重なり合うように眠った。


 ララとリリなど若干の姉妹は黑鉄球の外で少し話しこんでいたが、やがて肩を寄せ合って眠りについた。

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