第140話 リードラシュの悪魔6
リードラシュの悪魔の闇に、リリアナ殿下が飲まれてしまった。悪魔の操る『疑心の闇』は心に入り込み、その精神を操るもの。心に闇を持たない人間などこの世に存在しない以上、悪魔の操る魔法は絶対の力と言えるだろう。それでも、闇を停止させることができる俺とリリアナ殿下は、他の人間よりも遥かに安全に悪魔と戦える。はずだったのに。
「あんなに気高い感じの性格を見せていたのに、心の中は真っ黒だねぇ皇女殿下さんは」
「やめろっ!」
力なく項垂れるリリアナ殿下の横でケタケタと、心底愉快そうに笑っている悪魔を見ると思考が真っ黒に染まっていく感覚がする。絶対に相手を殺すという、原始的な欲求によって突き動かされそうな身体を、なんとか理性で抑えつけている。
「ほら、その闇であの男を……殺せ」
「……らいと、くん」
「リリアナ殿下っ!?」
悪魔の言葉に従うように、不可視の刃を片手に襲い掛かってくるリリアナ殿下を傷つけることは、俺にはできない。あんな綺麗に笑って、ずっと誇り高い姿を見せてくれていたリリアナ殿下の闇が、俺に襲い掛かろうとしている。
(ずる、い……ずるい)
「っ?」
(ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい)
リリアナ殿下がなにかを呟いていると思ったら、それは心の闇から聞こえてくる怨嗟の声だった。心の中にあったリリアナ殿下の闇が、こうして溢れ出しているのだ。心から闇が溢れるほど、それが身体を動かす膂力へと変わっていく。全身からドス黒い魔力を放出しながら、俺に向かって刃を振り下ろすリリアナ殿下は、心の闇を無理やり解放させられていた。
(ライト君は、アリスティナばかり。彼女の方が早く出会ったから? 違う……私の方が想いは大きいはずなのに)
「っ!? リリアナ殿下!」
(私はこんなに貴方を思っているのに……どうして、私に振り向いてくれないの? どうして貴方はアリスティナばかりを見ているの?)
「あはははっ! 醜い嫉妬心だねぇ!」
「くそっ!?」
悪魔はリリアナ殿下を盾にするようにしながら、ひたすら俺とリリアナ殿下の闇を嘲笑っていた。
リリアナ殿下の心から溢れてくる闇は、俺に向けていた好意の反動や、アリスティナに対する嫉妬心だ。彼女の心の内にしまい込まれていた、独占欲や嫉妬心、愛情が反転してしまった憎悪などが濁流のように俺に襲い掛かってくる。
(どうすれば、貴方は振り向いてくれるの? 嫌だ……こんな醜い心、貴方に見られたくない。どうすれば貴方は私の想いから逃げなくなるの? 嫌だ……貴方に嫌われるのは嫌だ)
「ふざ、けんなっ! 悪魔ぁっ!」
「あはははははは! 無駄無駄! ボクに向かって叫んだって無駄なんだよッ!」
リリアナ殿下は心の闇を操られながらも、心の中で抵抗している。俺に対して醜い心なんて見せたくないという想いが、闇に紛れて伝わってくる。
人の心に土足で踏み込み、それを荒らして嘲る悪魔に対する怒りが俺に中にどんどんと降り積もっていく。不思議と、怒りが積もれば積もるほど、逆に心の中の熱が冷めていく気がする。
今、俺は無性に悪魔を殺したくて仕方がない。この冷たさは、悪魔に対する殺意だ。
英雄のように封印するなんて考えは甘すぎる。絶対にあの悪魔は、ここで俺が殺す。
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