第118話 事情聴取です
「なぁ、喋ってくれないか?」
「……お前に喋ることなんてない」
俺と戦闘したことで気絶させられたエルスに対して、王国全体や王都の状況を詳しく聞こうと思ったのだが、どうあってもエルスは喋らないらしい。リースター子爵領の状況を見れば、王国の中でリースター家が今どんな扱いをされているかぐらいはわかる。すぐにでも取り潰されそうな状況のはずなのに、エルスは王国の情報を吐こうとしない。その口の堅さは、愛国心から来るものなのか、情報を聞こうとしている相手が俺だからなのか。恐らく、俺だからなんだろうが。
「今更、こんな奴から聞くことなんてそんなにないわよ。さっさと王都に向かえばいいのよ」
「……キーニーの言うことも一理あるかもしれない」
「私もそう思います。手早く王都に向かうのが得策だと思います」
キーニー、スケールさん、リリアナ殿下が話を聞く必要はないと主張する。言葉にはしてないが、アガルマ先輩もリリアナ殿下の主張に静かに頷いた。スイッチさんは少し考えるように顎に手を当てていたが、俺はこの場合多数決に乗っかるのが一番いいと思った。実際、エルスの持っている情報に帝国が求めるような、王国を裏から操る存在の名前など出てくることはないだろう。
俺が内心でずっと考えていた、誰にも言えないような突拍子もない推測が当たっていたとしたら、王国を操る者の名前なんて出てくる訳がないんだが。
「そうだね。リースター子爵代行から得られる情報は少なそうだし、先を急ごう」
スイッチさんの判断に、俺も従うことにする。
俺以外の全員が、王都に向かう為の準備をするべく、制圧したリースター邸宅の客室へと向かっていった。扉に向きかけた足を止めて、俺はエルスの方へと振り返った。
「父は、生きているのか?」
「……わからない。王都に行って、数日帰ってきていない」
リースター子爵領から王都までは確かに往復で数日かかるが、緊急の事態になると貴族は魔力を扱った特殊な馬車で、往復数時間で王都まで行ける。戦争中の子爵当主の呼び出しなどまさに緊急事態であり、父は間違いなく魔法馬車を使っているはずだ。数日帰ってこないということは、何かしらの事情で王都に滞在しているか、もしくは既に命が失われているか。
エルスの顔には思い切り将来の不安に対する絶望のようなものが見て取れた。カーナリアス要塞が簡単に取り返され、帝国の少数精鋭部隊が潜入しているのだから、無理もない表情なんだが、なんだか昔の自分を見ているようで放っておけない。
勿論だが、無償で手助けするつもりはない。色々とされたことが過去のことになって、殺したいほど恨んでいないとはいえ、別に全く怒っていない訳ではないのだ。
転生して、普通の人間では考えられないような力も持っていると言っても、俺はただの人間で聖人君子になったつもりはない。俺の精神はどこまで行っても凡庸だ。だからこそ、かつて怒りを覚えるようなことばかりされた相手でも、肉親というだけで助けたくなってしまう凡庸さに、自分でも苦笑いが浮かんでしまう。
「……今のうちに帝国に亡命しておいた方がいい。俺の推測が正しければ、王国は直に滅びる」
「は?」
俺の言葉を聞いて、エルスは困惑の表情を浮かべた。
俺のことは兄とは思っていないだろうが、兄にあたる人物が突拍子もないことを言い始めたら、そうもなるだろう。しかも、王国が滅びると言われて思い当たることは帝国が攻め滅ぼす未来だけなんだろう。帝国に与しているお前が言うのかと憤怒の表情を浮かべるエルスの気持ちも、理解できる。
「俺がここで逃げたら、リースター領民はどうなる」
「……わかった」
そう言われてしまえば、俺には返す言葉もない。俺がエルスに亡命を勧めたのは、ただ弟を助ける為でしかなかったが、エルスは仮でも預かった領民を助ける為に自分の命を捨ててもいいと、間接的に言ったのだ。
理不尽に廃嫡されたことには納得していないが、やはりエルスは貴族の家を継ぐのに相応しい人間だと思う。
多少の身内贔屓は入っていると思うが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます