第110話 思ったより深刻そうです

「は、離してくれ!」

「ダメダメ。だって一応捕虜なんだから」

「ライト君、王国兵を捕らえたと聞いたが……かなりの数だな」


 逃げ惑う王国兵を『大地操作』で作り出した簡易的な檻の中に幽閉した状態で、アストリウス辺境伯とバーンズ侯爵がやってくるまで適当にザリード先輩と雑談していた。

 やってきた辺境伯と侯爵は、俺が捕らえた王国兵の数を見て苦笑いを浮かべていた。確かに、逃げようとした連中を全員捕らえたのはやりすぎだったかなと思わなくもないが、何人捕らえてとか考えるのが面倒だったのだ。


「では、君たちには捕虜として最低限の生活は守ると、最初に誓っておこう。その上で、勇敢なる兵士である君たちに祖国を裏切れという無礼、どうか許して欲しい」


 侯爵が凄い下手に出て喋っているが、これは既に王国兵の戦意が喪失していると察しているからだろう。彼らに必要なのは力や痛みによる拷問ではなく、身の安全を確保してやることなのだと、理解しているのだ。


「……本当に、喋っても殺さないのか?」

「本当だとも。バーンズの名にかけて誓おう」

「わかった。なら、話すよ」

「おい! 祖国を裏切るのか!?」


 貴族が自分の名に懸けてと言ったのならば、それはかなりの覚悟があるのだと捕虜の一人は判断したのだろう。その場に座り込んで王国の内情を語ろうとしたところで、横から若い兵士がその男の胸倉を掴んだ。


「王国軍人としての誇りはないのか!?」

「黙れ! なにが王国軍人の誇りだ! あの愚王はもう、国民のことを振り返らないと言うのに!」

「貴様っ!? 不敬罪だぞ!」

「うるさい! 俺たち王国軍が帝国に進行する為に、幾つの村を滅ぼしたと思っているんだ!」


 捕虜と捕虜の言い合いで大体の察しはついてきた。

 胸糞の悪い話だが、どうやら王国は本当にギリギリのところで国としての体裁を保っているだけの様だ。村を滅ぼしたというのは、帝国の村を滅ぼしたのではなく、軍の食糧なんかを確保するために王国の村を切り捨てたのだろう。

 考えられる第一の理由は国全体の不作だが、山脈を隔てていると言ってもそこまで気候が変っていないはずの帝国ではそんなことが起きていないことを考えるに、恐らく不作ではなく重税だろう。


「国王オーウェル・ヴァン・ソレイユ・リーダリラは、一人の女にのめり込んで国を滅ぼしかけている」

「……女、か」


 よくある話だ。俺が生きていた前世の世界でも、傾国の美女と呼ばれ、その名の通り国を傾けた女は複数人、存在が語られていた。リードラシュ王国の国王オーウェルも、傾国の美女に金をかけ過ぎて国が滅んだ、といったところだろう。


「王妃ミスティーナは、国を滅ぼした女だ……俺は、恐ろしい」

「そうか。わかった……軍の内情や貴族たちのことを教えてはくれないか?」


 侯爵が頷きながら兵士と喋っている中、俺は兵士の言った王妃ミスティーナの存在が頭の中で引っかかる。

 ミスティーナは、平民から国王オーウェルに娶られた女性であることは、元王国民である俺も知っている。だが、ミスティーナが王の妻の一人となってから、立て続けに他の妻たちが自殺していった事件があった。結局、原因はわからないままの事件だったが、もしかしたらと噂されていたのがミスティーナだ。


「……王妃ミスティーナ、要警戒か」


 かつて賢王とまで呼ばれ、帝国との仲を急速に接近させたはずのオーウェルをも簡単に狂わせてしまったその女は、危険だ。

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