第108話 楽な仕事です
ザリード先輩を要塞の反対側まで運んだ俺は、すぐに敵が全くいないことに気が付いた。
「……本当に援軍なんて来るんですか?」
「どうだろうな。ただの杞憂だと俺は思うが」
それは来ないと言っているも同義では?
そうなると、俺とザリード先輩はカーナリアス要塞の制圧が終わるまでここで待機しているだけなのか。面倒な仕事は確かにしたくないが、戦争中に何もせずにただの見張りだけと言うのもあまりいい気分ではない。
関係ない話だが、こうやってカーナリアス要塞の王国側を見るのは初めてだ。だから、山の上から遠くに自分が住んでいたリースター子爵領が見えるのは、なんだか感慨深かった。
俺はもう帝国の人間だが、やはり故郷にはそれなりに思い出が詰まっている。いつか帝国と王国の行き来が自由になったら、リリアナ殿下なんかと共に行ってみるも悪くないかもしれない。
「なんで、リリアナ殿下が出てくるんだ」
無意識的とはいえ、自分の故郷で共に歩いていることを想像していたのはリリアナ殿下とだった。
正直、半分くらいはリリアナ殿下の気持ちを受け入れてやってもいいんじゃないかとも思い始めているが、やはり踏み留まってしまう部分が俺にはある。
そもそも、前世も含めて30年以上恋愛経験すらない俺に、リリアナ殿下の重そうな感情を受け止めてやれと言うのが難しい話だとは思うが。もっと根本的な部分はあるんだが。
「……そういえば、いつでもいいから俺と決闘してくれないか?」
「決闘、ですか?」
思考の海に溺れていた俺を、突然ザリード先輩が引き上げた。
決闘と言われても、俺にはザリード先輩と戦う理由は全くないんだが。
「魔法祭では2対2だっただろ? だから、お前とはもう一度1対1で戦っておきたくてな」
「まぁ、卑怯な手段で倒してしまったのは事実ですね」
「俺は戦い方に卑怯も汚いもないと思うがな」
流石、実力主義の帝国貴族嫡子らしいことを言う。帝国と王国が今やっているような戦争中なら俺もそう思うが、仮にも学園祭であんな戦い方はあまり褒められたものではないと思っていた。しかし、それに関して誰か批判している者が一人も、学園内にいないというのは帝国らしいと言えば、らしい話だ。
「真正面から戦ってみたいんだよ。お前の本気と……今の力とな」
「……わかりました。暇ができたらやりましょうか」
ザリード先輩は、時間をかければ俺がどんどん強くなっていくことを正しく理解していた。それでもなお、俺と真正面から戦いたいと言う人の提案を断り続けるのは、良くないことだろう。
「ん? 援軍は来なくても、モンスターは来たようだぞ」
「本当ですね」
要塞内部から爆発音のようなものが聞こえてくる中、ザリード先輩と雑談していたら、長い坂を上ってカーナリアス要塞へとやってくるモンスターが何体か見えた。周囲に王国兵がいないことから、洗脳されているか微妙だが、今のカーナリアス要塞に近づかれるのは中々面倒だ。
「手始めに、お前の魔法を観察しながら戦うか」
「勘弁してくださいよ」
魔法師の戦いは事前の情報が5割。ザリード先輩に俺の『模倣』を観察されればされるほど、後でやると言った決闘が面倒なことになりそうだ。
まぁ、俺はザリード先輩の『燃焼』を模倣できる程度には知っているんだが。
お互い様だな。
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