第98話 即席の協力です

 飛び出したキーニーがアサシンキマイラの首に鎌を振るうが、巨体からは考えられない俊敏な動きで刃を避け、炎の壁ギリギリの距離まで下がった。

 2等級指定の危険なモンスターであるアサシンキマイラは、キーニーの大振りで隙だらけの攻撃に対して全く反撃もせずに距離を取った。恐らく、本能的に彼女の身体から溢れ出している『浸食』を警戒しているのだろう。


「ライト君、遠距離でキーニーちゃんを支援してあげくれるかい? 僕はアサシンキマイラの行動を制限してみるよ」

「わかりました」


 固有魔法が戦闘向きではないスケールさんに遠距離での支援は難しいだろうから、俺がやらなければならない。そもそも『浸食』の詳細な能力はわからないが、味方がいると効果的ではない能力なのは確かなので、遠距離での支援しかできない。


 俺の持っている固有魔法のストックの中で、現在の状況にもっとも合っている魔法は……恐らく『衝撃』だろう。俺をリースター子爵家から廃嫡した父親であるレント・リースターの固有魔法である『衝撃』ならば、いくら素早いアサシンキマイラであろうとも捉えることができる。問題なのは、単純に俺がレント・リースターの魔法を使いたくないと言うエゴの部分だ。

 幼いころから何度も見せて貰い、最後には自分の身体で受けた固有魔法なんて幾らでも模倣できるが、使うことを避け続けていたのだ。だが、今は戦争中。今更そんなことは言っていられない。


「シアン、魔力を回してくれ」

『私の魔法は?』

「キーニーの魔法と相性が悪いからな。魔力だけでいい」

『わかったわ』


 シアンの『認識阻害』を使った状態ならば、アサシンキマイラと同じように姿を消して攻撃することもできるかもしれないが、キーニーの固有魔法である『浸食』との相性が滅茶苦茶悪い。


「キマイラが消えたわよ!」

「スケールさんはそのまま左方向にお願いします! キーニーは真っすぐ!」


 俺が『衝撃』の準備をしている間に、アサシンキマイラが周囲に擬態する能力を使って姿を消した。だが、擬態の能力の特性で身体を覆っている微弱な魔力を『千里眼』で見ることができる俺の目には、ぼんやりと輪郭だけが浮かび上がっている。

 キーニーとスケールさんの直線上にいたアサシンキマイラが、キーニーの右側から回り込もうとしているのを見て、スケールさんに詰めてもらってキーニーを突撃させる。『浸食』のことを警戒しているアサシンキマイラは、突っ込んでくるキーニーを見て動きを止めて後ろに飛ぶ。そして、そこには俺がいる。


「はぁっ!」


 固有魔法を起動させて見えない魔力の衝撃を発生させる。発動から着弾までが速く、威力も馬鹿にならない『衝撃』は、アサシンキマイラの腹部に直撃した。不可視の塊がめり込むように腹部がへこんだアサシンキマイラは、そのまま上空へと向かって吹き飛んでいった。


「ライト君、僕を上に!」

「わ、わかりました!」


 まともに『衝撃』を受けたが、アサシンキマイラはまだ息絶えていない。

 スケールさんの声に反応して、すぐに『翼』を展開してスケールさんの肩を持ち『加速』する。飛行速度を加速させたことで簡単にアサシンキマイラを追い抜いた所で、スケールさんの肩を離す。


「キーニーちゃん!」

「任せなさい!」


 空中まで追ってきたスケールさんと俺に向かって、アサシンキマイラが口から炎を吐いた。『未来視』でそれを事前に見ていた俺が『障壁』で炎を防ぎ、スケールさんがその横を抜けて尻尾の蛇を切断する。尻尾をもがれて苦しそうな声を出したキマイラに、再び『衝撃』をぶつけて地上に向かって叩き落すと、そこには既に『浸食』を展開しているキーニーが構えていた。


「食らい尽くせ!」


 身動きも取れず、そのまま地上へと落ちていったアサシンキマイラへ『浸食』を纏わせた鎌を振り抜いた。傷は小さなものだったが、キーニーの『浸食』は生易しい固有魔法ではない。胴体につけられた小さな傷から黒いヘドロのようなものが溢れだしたと思ったら、すぐにアサシンキマイラの身体を覆いつくしてしまった。


「……本当にえげつないなぁ」


 スケールさんを回収しながら地上に降りた時には、既にアサシンキマイラの身体は跡形もなく『浸食』されて消えていた。

 本当に危険だが強力な魔法だと思う。隣に立って戦いたいとは、全く思わないが。

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