第89話 名前を聞きます

『私と契約したい?』

「そう」


 人の言葉を話すことができ、精霊眼を持たないものにも姿を見ることができる上位精霊に、契約したいという趣旨を話していた。


 それにしても、随分と際どい恰好をしている気がするが、精霊にはそういう恥とかいう概念はないのだろうか。しかも、ミミーナに劣らないような大きさの胸がついている。そんな胸をつけているのに、そんな際どい格好しているのはやっぱり恥の概念がないのか。でも、さっきいい男とか言ってたよな。


『うーん……別にいいけど、私はあんまりお勧めしないわよ?』

「なんで?」


 上位精霊と呼ばれているぐらいなのだから、それなりに強力な力を持っているものではないのだろうか。少なくとも、今も周囲を漂っている小さな精霊たちとは比べものにならないパワーを感じるが。


『だって私、そんな役に立つ特殊能力持っている訳じゃないもの』

「……特殊能力?」

『人間で言うと固有魔法だっけ? 私、そこまで派手な能力じゃないわよ』


 精霊が固有魔法を持っているという所に驚いてリリアナ殿下の方へと視線を向けるが、本当に知らないといった表情で首を横に振っていた。固有魔法のことならフリム教授だと思って視線を向けるが、マリス先輩とアガルマ先輩と共に首を傾げられた。


「喋っているのか?」

「私たちには声なんて全く聞こえないぞライト君」


 なんてことだ。そもそも三人には精霊の姿は見えても声は聞こえてないらしい。確かに、上位精霊が姿を人間にみせることができるのならば誰とでも契約できることになってしまう。姿を見ることができる者と契約できるんだからな。だが、契約するには相手の名前が必要なんだ。つまり、見ることが条件ではなく声を聞くことが条件。見ることができるのは前提の話なのだ。


『それでもいい?』

「勿論。せっかくここまで来てくれたのに、魔法が弱いからで放り出したりしないさ」

『やだカッコイイ。本当にいい男の魔力はいいわぁ……若返るみたい』


 見た目だけならかなり若そうに見えるが、精霊なんて不思議生物の生態は知らないのでなにも言わないでおこう。それにしても流れる水のように綺麗な青色の髪だと思う。精霊と言われても納得できる絵画的な美しさを持っている。


『いいわ。私の名前を教えてあげる』

「ありがとう」


 なにはどうあれ、俺は精霊と契約することができそうだ。

 彼女一人と契約しただけで劇的に変化することはないと思うが、頼れる味方が増えると思えば十分だ。


『私の名前はシアン……触れた物の存在を自分以外から認識できなくすることができる能力を持っているわ』

「……え、強くない?」


 確かに、自己申告通り派手な能力ではないかもしれないが、役に立たない能力とは到底思えない。固有魔法として名付けるのならば『認識阻害』と言ったところか。使い方を考えればとにかく強力な能力になり得る。


『ありがとう。使い方は貴方に任せるわ』

「あ、あぁ……ありがとうシアン」


 俺から名前を呼んであげると、小娘みたいにキャっとか言いながらくねくね身体を動かしていた。そういう変態染みたところがなくなれば最高なのだが、とりあえずこれで、俺は自分だけの精霊と契約したことになるのか。

 くねくね身体を動かすと一緒に胸が揺れるので、自然とそっちに目が吸い寄せられそうになる。気のせいならいいが、リリアナ殿下の視線に殺気が混じっている気がする。


 契約したことを自覚すると、身体の内とは別の場所から魔力が流れてきている感覚があった。そっちの方へと視線を向ければ、未だにくねくねと身体を動かしているシアンの腕に繋がっていた。


「これが……精霊との契約」

「できたいみたいですね。これで、ライト君はこれまで以上の魔力を扱うことができるようになったはずです」

「……今までも規格外の量だった気がするが、誰も言わないのか?」


 マリス先輩のおっしゃる通りです。

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