幕間 ローズ帝国

「……避けられそうにないか」

「無理でしょうね」


 リンドール・アストリウス辺境伯がクリムゾンドラゴンを討伐したという報告を受けた皇帝ロア5世は、宰相と多くの貴族当主たちと卓についていた。議題は、リードラシュ王国からの宣戦布告があるかどうかである。

 カーナリアス要塞が半壊したとの知らせを受けたロア5世は、それがもたらす今後のことまで考えていた。それは、リードラシュ王国がローズ帝国に宣戦布告して半壊状態のカーナリアス要塞を制圧することである。


「カーナリアス要塞は戦略的な要地です。向こうもこの機会は見逃さない……いえ、そもそもこの機会を作り出したのがリードラシュ王国でしょう」

「間違いないだろうな。リンドールからもそう報告が上がっている」


 宰相の言葉に皇帝も力強く頷く。

 どのような手を使ってリードラシュ王国がクリムゾンドラゴンを仕向けたのかはわからないが、今回のクリムゾンドラゴンによるカーナリアス要塞の強襲で最も得をしたのはリードラシュ王国の上層部だ。後は適当な理由をつけて宣戦布告してしまえば、リードラシュ王国の人間も納得するだろう。


「戦力差はどうだ?」

「……戦力差で考えた場合に、我らローズ帝国がリードラシュ王国に負ける可能性は存在しないと言えるでしょう」

「そう、か……」


 カーナリアス要塞は不落の要塞であったが、決して無敵の要塞と言う訳ではない。だが、リードラシュ王国はローズ帝国に攻め入ることは歴史上一度もできていない。その理由は、リードラシュ王国側の圧倒的な練度不足である。

 歴史的に何故か魔法を嫌うリードラシュ王国は、貴族くらいしか魔法を学ばないが、ローズ帝国は平民であろうとも固有魔法を使いこなすための環境を用意している。

 戦争になった場合に、仮にリードラシュ王国にローズ帝国の10倍以上の兵力があったとしても、固有魔法の有無だけで簡単に覆せてしまう。これは代々カーナリアス要塞を守っていたアストリウス辺境伯家が証明している。

 だからこそ、今回のリードラシュ王国の行動が全くわからない。要地で勝てず、魔法に差があり過ぎると言うのにクリムゾンドラゴンをけしかけ、簡単に戦争まで持っていく意図が、理解できないのだ。


「なにかしらの方法で兵力を用意した、と考えるのが妥当でしょう」

「うむ……一先ず、カーナリアス要塞を復興せず、アストリウスの領地に兵力を集めろ」

「要塞は復興しないのですか?」


 皇帝の指示に疑問を持ったバーンズ侯爵が手を上げて忌憚なき意見を投げた。その質問は予定されていた訳ではないが、周囲の貴族たちも思っていたことであり、それを代表する形で有力家のバーンズ侯爵が手を上げた。


「今から復興したところで戦争には間に合わん。なにかしらの策でカーナリアス要塞を奪われた場合を考えても、半壊の方が都合がいい」

「確かに、そうですね」


 単純に考えればリードラシュ王国はローズ帝国の敵ではないが、此度の戦争は敵の動きが不気味で奇怪だった。だからこそ、ロア5世は先を考えて手を打つ。それこそが帝国を守るための手段なのだと自信を持っていた。

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