第83話 束の間の平和です

「はぁ……」


 クリムゾンドラゴン討伐の任を終えて、帝国魔法学園がある帝都グランゼルへと帰ってきたが、兵士たちの雰囲気がピリピリとしている。それを感じ取っている民衆も、近々なにかが起こるのではないかと小さな恐怖が目から確認できた。


「戦争、か」


 十中八九、リードラシュ王国絡みの問題で間違いない。

 アストリウス辺境伯には覚悟が出来ていると伝えたが、実際にあまり乗り気ではないのは確かだ。単純に、前世が平和な世界で生きていただけあって戦争と呼ばれる行為自体が、どこか遠くのことに聞こえる。俺が生きていた世界でも、住んでいた国以外では紛争なんかがあったが、やはり対岸の火事に本気になれる人間などいない。人は根本的に、自らが体験したことしか知り得ることができない。

 クリムゾンドラゴンとの戦いも、己の実力を知って自信は持っていたが、強大なドラゴンと相対して腰が引けていなかったかと言えば、強くは否定できない。

 俺は、人間として真っ当な感性で死を恐れている。それと同時に、真っ当ではない感性として、殺されたくないから相手を殺す精神性を持っていると自覚してしまった。


「嫌になっちゃうな……」

「なにがですか?」

「……殿下」


 学内のフリースペースで独り言呟いている方が悪いのだが、何故リリアナ殿下は俺の位置がすぐにわかるのだろうか。学内でも奥の方であまり人がこないフリースペースなんだが。


「そう言えば、直接アストリウス辺境伯から聞きましたよ? なんでも一対一の決闘で辺境伯を打ち破り、クリムゾンドラゴンにもとどめを刺したとか」


 あのおっさん、余計なことをベラベラと喋りやがって。


「まぁ……そうですね」

「もっと誇ればいいと思いますよ? 私も、将来の騎士が今から功績を上げていて嬉しいです」


 誰が将来の騎士だ。

 別にリリアナ殿下の騎士が嫌だと言う訳ではないが、今から将来をガチガチに固定されて生きていくのはなんだか嫌なのだ。

 リリアナ殿下は絶世の美女で、こんな顔面偏差値の暴力に対抗できる女は、俺の知り合いにはアリスティナぐらいしかいないけど、それでもなんだか選択肢を狭められるのは苦手だ。多分、前世の影響だろうけど。


「なんだか嫌そうな顔……そんなに嫌いですか?」

「いや、そんなことはないですけど……」

「ふふ、冗談です。でも、もっと誇った方がいいのは本当ですよ? 貴方は学生にして、帝国最強のアストリウス辺境伯を一騎打ちで打倒したのですから」


 まぁ、アストリウス辺境伯は完全な皇帝派閥なのでリリアナ殿下にベラベラと喋っているのだろうが。リリアナ殿下も皇帝の椅子に興味もなく、兄である第一皇子が次期皇帝になることを全面的に支持すると公言しているくらいだ。

 皇族王族というのはもっと悪魔みたいな性格した連中が、権力を求めて蠢いているというイメージだったけど、小説の読みすぎらしい。

 第一皇子であるロア・ローゼリア殿下は、他人から期待されるのならば応えない理由はないとして、次期皇帝に乗り気らしい。第一皇女であるリリアナ殿下はそんな第一皇子を支持している。

 小説とかでありがちな話だと、第二皇子が野心家で皇帝の椅子を狙う、みたいな話になりそうだが、実際の第二皇子であるセリアス殿下はゴリゴリの脳筋武官タイプで、政治に興味がないので継承権を破棄してもいいと言っている。

 続く第二皇女と第三皇子も、詳しくは知らないが趣味人らしい。


 なんとも平和な皇宮である。

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