第75話 偵察します
宴会の翌々日、カーナリアス要塞は普段よりも強めの警戒態勢が取られていた。
「おはようございます」
「おう旦那。早いな」
辺境伯と一対一の決闘して勝利した俺のことを、傭兵たちが旦那と呼ぶようになったが、気にしないことにした。彼らはそういう生き物なのだ。理解しようとする方が無駄である。
俺が声をかけた傭兵は、夜間の警戒を続けていた当番である。現在、太陽が昇ってくる少し前の時間。地平線の向こうから微かに光が漏れ出ているくらいの時間に、俺は起きていた。
「旦那はなにか用事があるのかい? こんな早くに起きてよ」
「ちょっとね……偵察に行こうかと思ってる」
カーナリアス要塞が警戒態勢で、多くの傭兵や私兵が夜間の見回りをしている理由がそこにある。
宴会の翌日、山脈の頂に戻っていたはずのクリムゾンドラゴンが姿を消したという報告が届いたのだ。つまり、こちらはクリムゾンドラゴンの位置を把握しきれていない。幸い、宴会で緊張を振り払った兵士たちの士気は軒並み高く、今すぐクリムゾンドラゴンがやってきても迎撃できるだけの態勢が整えられてはいた。ただ、相手は伝承にも残るほど強大なモンスターである。なにが起こっても不思議ではない。
そんな中、俺は単独でクリムゾンドラゴンの偵察をしようとしていた。
「だ、大丈夫なのか?」
「勿論。偵察って言っても、ただ眼を飛ばすだけだよ」
「眼を、飛ばす?」
傭兵と共に横で聞いていたアストリウス辺境伯の騎士も首を傾げた。
まぁ、あんな変なことを言われたらそんな顔もしたくなるだろうが、この表現が一番正しい。この眼を使っていた古代の王本人が、そう表現していたという伝承が残っているのだから。
「ふぅ……」
俺は固有魔法『千里眼』を発動させてから、ゆっくりと瞼を閉じる。人間は瞼を閉じれば光を取り込むことができなくなり、目の前の光景すら見えなくなる。だが、瞼を閉じた俺の視界には、カーナリアス要塞の全貌が映っていた。
「……クリムゾンドラゴンの巣があると言われていた山脈は、どちらの方角ですか?」
「き、北だ」
「ありがとうございます」
カーナリアス要塞を上から俯瞰するような視点から、一気に北の方角へと移動させる。少し頭を揺さぶられて乗り物酔いに近い症状が出ているが、我慢できる範囲だ。そんなことよりも、今は一刻も早くクリムゾンドラゴンを発見しなければならない。
「……ありました。これが巣ですね……空のようですが」
「旦那は本当に眼を、飛ばしているのか?」
「恐らく、古代王が用いた『千里眼』だろう。アストリウス辺境伯から使えるとは聞いていたが……凄まじいな」
クリムゾンドラゴンが住んでいたであろう巣が、空の状態で放置されている。視界を切り替える要領で魔力の残滓を視認すれば、クリムゾンドラゴンがどの方角へ向かったのか知ることができるかもしれない。
クリムゾンドラゴンの持つ強力な魔力の残滓が、巣の周辺には渦巻いている。はっきり言って見辛くてイライラするのだが、これを我慢しなければクリムゾンドラゴンは追跡できない。
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